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未完結打切:アブソリュート花園 8P打ち切り/腋臭大学生受/美少年攻め/イケメン攻め/腋コキ/体毛表現
アブソリュート花園 8 【未完打ち切り】
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インターホンを1回鳴らして、物音はしない。2回鳴らす。暫く待って3回目。頭の中では、初めて喋った日のことや、それから少しずつ話すようになった日々を思い出していた。今の相馬とは違う。全く。胸に大きな穴が空いたようだった。羽根のない扇風機のような。相馬の部屋には、それがよく似合う。4回目で応答無しなら帰るのがいいだろう。だが4回目を押すタイミングが掴めない。あの女の子にはなんて言おう。姫小路は、おそらくこれからは関わることのないあの女のことを考える。名前も知らない。どこ学部の何科の何年かも知らない。ただ相馬に告白をして、それから相馬は来ていないということを知っていて、そして原因が自分かも知れないという後味の悪い思考の厄介さだけは程度や種類が違えど分からないわけではない。扉の前で座り込んでしまう。姫小路の古いアパートは2部屋先のインターホンが間近に聞こえる。このアパートはそんなことはなさそうだが、それでも聞こえだろう。不在か在宅は分からないが、4回目のインターホンのタイミングに慎重になる。
あの女の子本人が来た方が嬉しいだろうに。他人事だった。姫小路は4回目のインターホンを鳴らす。どうせ出ない。あの女には、出なかったと伝えるつもりだった。行くだけ行った。留守なのかも知れないが、きちんと相馬のアパートに行ったのだ。それで会えなかった。伝えられなかった。それだけだ。溜息を吐いて、帰るところで、ガチャリと音がした。チェーンの上から顔が出る。色濃く隈の浮かんだ青白い顔が姫小路を捉えて、目を見開く。
「よ、よ…よぉ」
苦し紛れに腕を上げてみる。腋が開かれ匂いが強くなる。眉間や目元を泣きそうに歪め、扉は閉まる。あの子には無理だったと伝えようと決めた。眩しく温和に変わった男にもやはり陰気な側面はある。忘れかけていた。中学時代の相馬を。1人で陰気ではなかったか。変わったと思ったが根底から変わりなどしていなかった。いい思い出だったが、自分の手で汚した。残念だが、自身で選んだことだった。しかし、姫小路は扉の前から去れないでいる。相馬が一体何をしたのか。されたことは色々あるが、どれにも敵意や悪意はない。
かんかんと階段を上ってくる音がする。隣の住人だろうか。
「大ちゃん」
長い巻き髪と無防備な胸元。名も所属も知らないが、一方的に名は知られているあの女だ。
「ど、ども…」
ビニール袋を提げている。しまった何か持って来るべきだったと思った。相馬もそれは怒るのも無理はないと。緊張した様子で、きょろきょろと視線を泳がせる大きな黒い瞳。大きすぎない胸の膨らみの上で巻かれた毛先が転がった。
「清孝、いる?」
「い、いないみたい。4回インターホン鳴らしたんだけど、そろそろ…お隣さんにも迷惑だし…」
居るには居た。だが咄嗟に嘘をついてしまう。これ以上インターホンを鳴らすのも、扉の前で呼び掛けるのも躊躇われる。相馬も泣きそうな表情をしていた。この女と色々あるのだろう。計り知れない様々な駆け引きが。
「…そう。…ありがとう」
踵を返してから、思い出したように振り返って女は弱く微笑む。提げられたビニール袋が虚しく高い音を立てる。かんかんと、踵を削ぎ落としそうなハイヒールの足音がゆっくり遠くなっていく。姫小路は立ち尽くしたままそれを聞いていた。
「いただろ、オレ」
ゆっくり扉が開いて再び相馬が顔を見せる。頬が痩けている。
「…だってそんな顔見せたらさ、」
「誰のせいだよ」
「彼女はただ一途によっぴのこと…」
「もういいよ」
相馬が肩を落とすのを狭く開いた扉の奥に見た。
「じゃあ、な」
「待って。上がっていけよ。4回もピンポン押しといてさっさと帰るなよ」
チェーンが外され、扉が開く。姫小路は部屋に通される。綺麗に掃除されている空間を最後に見たが、今は衣類が脱ぎ散らかしてあった。キッチンも、カップラーメンの容器が割り箸を刺したまま重ねてある。ディフューザーはコンセントから外され、床に転がっていた。ラバランプもコンセントからプラグが抜けている。飾り気のない相馬の匂いが充満している。
「散らかってんのな」
呟いた姫小路の背中が温くなる。腹に腕を回されていた。
「…相馬?」
「前みたいによっぴって呼んで」
「よっぴ?…あの女の子が心配してたけど」
肩に顔を押し付け、相馬は力強く姫小路を抱き竦める。
「なんで、オレのこと避けんの…」
震えた声が肩に吸い込まれる。兵藤はその美しさに比例して変な嗜好を持つが、相馬はそうではないだろう。臭くないのだろうか。
「避け…てないっ…!」
「避けてる。避けてるよ、大輔オレのこと避けてるもん…なんで…?」
相馬は弱々しい声音で姫小路に縋る。組まれた手も簡単に解けそうだった。
「オレは大ちゃんのこと好きなのに…」
「眩しいから」
どうしてそういうことを言う。相馬のその相変わらずな優しさに姫小路は後ろめたさが残酷なものに変わっていく。
「え?」
「眩しいから!よっぴはなんでも完璧じゃん、カッコいいし、明るいし、優しいし、夢に向かって真っ直ぐでさ!それが…、それがオレは羨ましいんだよ。なんでオレはなんも無いんだろうって、惨めになるんだよ、よっぴといると!」
相馬の腕の中を出て、相対する。整ったシャープな顔は驚きと困惑であどけなく丸く歪む。濡れた瞳を向けられて、また胸がちくりと痛んだ。
「あんなかわいい女の子にも心配されてさ、よっぴは、オレといると優越感に浸れる?」
相馬の顔は強張り、勢いよく首を振る。
「やっぱさ、住む世界が違うじゃん。女の子フって落ち込んでるとか。オレには多分縁無いもん。しかもその子も可愛くて真っ直ぐでオシャレでさ」
腋が臭くて目立たないよう嫌われないよう過ごす自身と、明るく優しく人に囲まれる見目麗しい相馬。ただ中学が同じでたまたま大学も同じだったということに何故気付けなかったのだろう。相馬に感化され浮ついていたのか。
「あの女の子から伝言預かってるんだった。気にしないでほしいってさ。友達からまたやり直したいって」
「じゃあね。こういう役回り、もうごめんだから。元気出して大学来いよ。そういうの得意だろ」
帰り際に思い出した。ここに来た目的を。弁解や離別を口にするためではない。全てはこの無自覚に罪作りな男のせいだ。
「大輔」
相馬は怒っているようだった。それが何故か愉快だった。
「オレが完璧?優越感?何言ってんだよ」
けらけら笑う姿からは想像もつかない地に響くような低い声。
「女フって落ち込んでる?大輔ホント何言ってんの?」
相馬は姫小路の衣服を掴み、壁に押し付ける。筋肉質な厚い身体が鈍い音を立てた。
「自分で言っててつまらない妄想だと思わない?人の気も知らないでペラペラと…!」
怒りの中で瞳は濡れて姫小路を見据える。雫が溢れて光った。
「分かるわけないだろ。人種が違う、よっぴとオレじゃ」
やろうと思えば相馬を振り切れる。だがそうしなかった。怒りながら涙を垂らす姿に思考が止まった。
「違くない!どうしてそう突き放すんだよ!」
相馬が喚く。隣の部屋側の壁だ。
「オレは…オレは大ちゃんがいうような人間じゃない…!だらしないし、弱いし、本当はすげぇ気にしぃで、嫉妬深くて、好かれたくて仕方ねぇんだよ、勝手に分かった気になって勝手に離れていくなよ…!」
胸元を掴まれ、引っ張られる。俯いてしまった相馬を覗き込もうとして、ぐっと引かれた。唇が柔らかく締める。姫小路には何が起こったのか分からなかった。唇に何か触れた。
「よっ…ぴ…?」
「どうせ嫌われるんなら、言わせてくれ…」
薄い唇を噛んで、眉間を狭め、目元が潤んで歪み、滲んで溢れる。離された胸元の布が戻っていく音がやたらと大きく聞こえた。
「好き、ずっと。中学の時から、好きだった、ずっと。今でも」
相馬は鼻を小さく啜った。細い顎から光って涙が滴った。顔と身体を逸らされて、いつでも逃げていいという雰囲気を醸し出す。だが姫小路は壁に背中を合わせたままだった。
「べ、別にオレはよっぴのこと嫌いになったとかじゃなくて…好きか嫌いかで言えばオレだって好きだし…ただ、よっぴといるとオレ、自分が惨めになるんだよっ」
相馬は姫小路を振り返って、両腕でさらに壁へ強く押した。
「違ぇよ、まだ分かんねぇのかよ、そういう好きじゃねぇんだって!」
相馬に両頬を固定され、下を向かされる。何をするのか問おうとしたところで、背伸びをして、顔が近付く。また唇が柔らかく包まれた。
「な、あっ…え…」
「大輔、オレ今すげぇ怒ってるよ。なんで…あの子のこと気にしてんの?オレのことはどうでもいいのか…?教えてくれ、オレは大ちゃんにとって、何…?」
姫小路は自分の唇に触れた。何が触れたのかこの目でしっかりと見たが、視覚と認識が合致しない。
「こんな面倒臭いカノジョみてぇなこと…」
相馬は独言る。姫小路はへなへなと膝から力が抜けて、壁を伝いながら尻餅をつく。涙を滴らせる相馬が見下ろす。
「あの子に迫られた?かわいかっただろ?お洒落だし、声かわいい、胸もあるし、スタイルいいし」
姫小路の耳の横に腕を伸ばして、追い込まれる。無表情になった相馬の得体の知れない昏さに怯え、首を縦横に振ることも出来なかった。中学時代は中性的だったが端整さは欠かずに凛々しく成長した顔が近付く。唇に3度目の唇が触れる。香水とは違う相馬の穏やかな香りと、姫小路の焦りに比例した腋の臭いが混じり、圧倒し噎せ返りそうになる。
「…っはぁ、ッん」
相馬の舌が姫小路の唇を押し開く。
「…っふ、はっ、ぁんっふぅ、」
耳の裏を撫でながら塞がれ口腔で混ざり合う唾液の音とそれをかき鳴らす絡み合う舌の音が響く。相馬の優しい舌遣いに力が抜ける。逃げ惑うつもりが呆気なく捕らえられて力んでいたが全て抜けていく。首がこてんと傾いた。骨張った腕に支えられる。息を忘れ、呼吸を思い出すが息が出来ない。息をしていいのか分からない。混乱していた。半分は酔うようなキスに頭が働かないでいた。
「…ふ、ぅん…ァ、…くン、」
胸が跳ね、咳き込むと相馬の唇は離れたが唾液の糸が弛みながら2人を繋ぐ。姫小路は肩で息をする。持久力と肺活量には自信があったが、目の前の相馬は余裕があるようだった。
「…兵藤クンとは、付き合ってるの」
「え?」
「オレの好き、はそういう好きなの。キスしたいし、セックスだってしたい…」
姫小路の股間へ薄い掌が重なって。どくりと小さくそこが脈打つ。深いキスでわずかに反応を見せている。
相馬の問いの意味が分からず、そしてやはり頭が働かずに答えないでいると、形を確かめられる茎を強く抓られる。
「付き合ってるなら別れろ…!」
弱味を揉みしだかれながら迫られる。やはり問いの意味が分からず、口を噤むと再び唇を塞がれる。舌を差し込まれそうになり顔を逸らす。
「いきなり過ぎて、意味、分かんない…!」
「大輔が好き。ずっと。恋愛感情で、好き。付き合いたいと思ってた。ずっと、我慢してたのに、大輔があんまりにオレのこと、煽るから…!」
「煽ってない!」
「煽ってる!いきなり頼りだしてきたと思ったら避けるし、諦めようと思ってたら女の子がどうとか言って押し掛けてくるし!」
睫毛の数を数えられるほど近くで叱る口調で言われ、姫小路は後退ろうとするが壁に阻まれる。
「わ、分かんない…」
「…分かろうとしないだけだろ。大輔が好きなのは兵藤クンと女の子だもんな」
相馬はさらりと言って、身体を離した。
「帰れよ。もう終わりだ。さようなら。ありがとうな、嬉しかったよ」
「じゃ、じゃあ、あの子のこ―」
舌打ち。横をすり抜けようとして捕まった。
「あんたホンットにバカだな」
また泣きそうになって、そして相馬は泣いた。発達した胸筋に顔を預けながら、胸を叩かれる。姫小路は痩せた背に腕を回そうとしてやめた。
「ひでぇよ、なんで自分のこと好きだって言ってるヤツの前で、関係ない女の話すんだよ…!」
「か、関係なくない!あの子だって、よっぴのこと好きだったんじゃん、関係ないってなんだよ!」
「ひでぇよ、大ちゃん。ひでぇよ…」
相馬は姫小路の胸に爪を立てながら膝から崩れ落ちる。どうしていいのか分からない。目線を合わせることも出来ず突っ立ったまま相馬を見下ろす。
「ともちゃん、カノジョいるから。それにかわいい女の子に言い寄られるよっぴとは、やっぱ違うんだよ」
相馬の項垂れた姿を見下ろして、帰っていく。無駄だった。分かり合えなかった。分かり合えなかった?分かろうとしなかった。どちらが。分かるつもりがあったのかも分からない。分かったところで違うのだ。理解したところでその違いが段々と蝕んでいく。腋の匂いを纏わせながら、一目も気にせず帰路で泣いた。
「へぇ」
相馬に告白された点だけを除いて兵藤に話す。兵藤はファストフード店の定番のストロベリー味のアイスシェイクに挿さったストローを咥えながら興味無さそうに相槌をうつ。
「相馬クンだっけ?めちゃくちゃモテるでしょ。頼めば1人ひとりだいちゃんが解決していく気なワケ?放っておけば」
凍った中身をストローで掻き回しながら不機嫌な表情のまま。姿勢を崩し右を向いたせいで左腕の長い傷が目の前に晒された。白い肌にガムテープの切れ端が張り付いたように色を変えている。それを凝視してしまった。
「これ?気になる?」
首を振ったが実のところは気になった。兵藤は不機嫌な顔に陰険な笑みを浮かべた。退廃的な儚いながらもこびりついた偏執性を帯びた明媚さがある。
「弱った人間に、優越感に浸りにいったら爆発されたんだよ」
他人事のように語り、ストロベリーの甘酸っぱい香りを漂わせるアイスシェイクがしゃかしゃか鳴った。
あの女の子本人が来た方が嬉しいだろうに。他人事だった。姫小路は4回目のインターホンを鳴らす。どうせ出ない。あの女には、出なかったと伝えるつもりだった。行くだけ行った。留守なのかも知れないが、きちんと相馬のアパートに行ったのだ。それで会えなかった。伝えられなかった。それだけだ。溜息を吐いて、帰るところで、ガチャリと音がした。チェーンの上から顔が出る。色濃く隈の浮かんだ青白い顔が姫小路を捉えて、目を見開く。
「よ、よ…よぉ」
苦し紛れに腕を上げてみる。腋が開かれ匂いが強くなる。眉間や目元を泣きそうに歪め、扉は閉まる。あの子には無理だったと伝えようと決めた。眩しく温和に変わった男にもやはり陰気な側面はある。忘れかけていた。中学時代の相馬を。1人で陰気ではなかったか。変わったと思ったが根底から変わりなどしていなかった。いい思い出だったが、自分の手で汚した。残念だが、自身で選んだことだった。しかし、姫小路は扉の前から去れないでいる。相馬が一体何をしたのか。されたことは色々あるが、どれにも敵意や悪意はない。
かんかんと階段を上ってくる音がする。隣の住人だろうか。
「大ちゃん」
長い巻き髪と無防備な胸元。名も所属も知らないが、一方的に名は知られているあの女だ。
「ど、ども…」
ビニール袋を提げている。しまった何か持って来るべきだったと思った。相馬もそれは怒るのも無理はないと。緊張した様子で、きょろきょろと視線を泳がせる大きな黒い瞳。大きすぎない胸の膨らみの上で巻かれた毛先が転がった。
「清孝、いる?」
「い、いないみたい。4回インターホン鳴らしたんだけど、そろそろ…お隣さんにも迷惑だし…」
居るには居た。だが咄嗟に嘘をついてしまう。これ以上インターホンを鳴らすのも、扉の前で呼び掛けるのも躊躇われる。相馬も泣きそうな表情をしていた。この女と色々あるのだろう。計り知れない様々な駆け引きが。
「…そう。…ありがとう」
踵を返してから、思い出したように振り返って女は弱く微笑む。提げられたビニール袋が虚しく高い音を立てる。かんかんと、踵を削ぎ落としそうなハイヒールの足音がゆっくり遠くなっていく。姫小路は立ち尽くしたままそれを聞いていた。
「いただろ、オレ」
ゆっくり扉が開いて再び相馬が顔を見せる。頬が痩けている。
「…だってそんな顔見せたらさ、」
「誰のせいだよ」
「彼女はただ一途によっぴのこと…」
「もういいよ」
相馬が肩を落とすのを狭く開いた扉の奥に見た。
「じゃあ、な」
「待って。上がっていけよ。4回もピンポン押しといてさっさと帰るなよ」
チェーンが外され、扉が開く。姫小路は部屋に通される。綺麗に掃除されている空間を最後に見たが、今は衣類が脱ぎ散らかしてあった。キッチンも、カップラーメンの容器が割り箸を刺したまま重ねてある。ディフューザーはコンセントから外され、床に転がっていた。ラバランプもコンセントからプラグが抜けている。飾り気のない相馬の匂いが充満している。
「散らかってんのな」
呟いた姫小路の背中が温くなる。腹に腕を回されていた。
「…相馬?」
「前みたいによっぴって呼んで」
「よっぴ?…あの女の子が心配してたけど」
肩に顔を押し付け、相馬は力強く姫小路を抱き竦める。
「なんで、オレのこと避けんの…」
震えた声が肩に吸い込まれる。兵藤はその美しさに比例して変な嗜好を持つが、相馬はそうではないだろう。臭くないのだろうか。
「避け…てないっ…!」
「避けてる。避けてるよ、大輔オレのこと避けてるもん…なんで…?」
相馬は弱々しい声音で姫小路に縋る。組まれた手も簡単に解けそうだった。
「オレは大ちゃんのこと好きなのに…」
「眩しいから」
どうしてそういうことを言う。相馬のその相変わらずな優しさに姫小路は後ろめたさが残酷なものに変わっていく。
「え?」
「眩しいから!よっぴはなんでも完璧じゃん、カッコいいし、明るいし、優しいし、夢に向かって真っ直ぐでさ!それが…、それがオレは羨ましいんだよ。なんでオレはなんも無いんだろうって、惨めになるんだよ、よっぴといると!」
相馬の腕の中を出て、相対する。整ったシャープな顔は驚きと困惑であどけなく丸く歪む。濡れた瞳を向けられて、また胸がちくりと痛んだ。
「あんなかわいい女の子にも心配されてさ、よっぴは、オレといると優越感に浸れる?」
相馬の顔は強張り、勢いよく首を振る。
「やっぱさ、住む世界が違うじゃん。女の子フって落ち込んでるとか。オレには多分縁無いもん。しかもその子も可愛くて真っ直ぐでオシャレでさ」
腋が臭くて目立たないよう嫌われないよう過ごす自身と、明るく優しく人に囲まれる見目麗しい相馬。ただ中学が同じでたまたま大学も同じだったということに何故気付けなかったのだろう。相馬に感化され浮ついていたのか。
「あの女の子から伝言預かってるんだった。気にしないでほしいってさ。友達からまたやり直したいって」
「じゃあね。こういう役回り、もうごめんだから。元気出して大学来いよ。そういうの得意だろ」
帰り際に思い出した。ここに来た目的を。弁解や離別を口にするためではない。全てはこの無自覚に罪作りな男のせいだ。
「大輔」
相馬は怒っているようだった。それが何故か愉快だった。
「オレが完璧?優越感?何言ってんだよ」
けらけら笑う姿からは想像もつかない地に響くような低い声。
「女フって落ち込んでる?大輔ホント何言ってんの?」
相馬は姫小路の衣服を掴み、壁に押し付ける。筋肉質な厚い身体が鈍い音を立てた。
「自分で言っててつまらない妄想だと思わない?人の気も知らないでペラペラと…!」
怒りの中で瞳は濡れて姫小路を見据える。雫が溢れて光った。
「分かるわけないだろ。人種が違う、よっぴとオレじゃ」
やろうと思えば相馬を振り切れる。だがそうしなかった。怒りながら涙を垂らす姿に思考が止まった。
「違くない!どうしてそう突き放すんだよ!」
相馬が喚く。隣の部屋側の壁だ。
「オレは…オレは大ちゃんがいうような人間じゃない…!だらしないし、弱いし、本当はすげぇ気にしぃで、嫉妬深くて、好かれたくて仕方ねぇんだよ、勝手に分かった気になって勝手に離れていくなよ…!」
胸元を掴まれ、引っ張られる。俯いてしまった相馬を覗き込もうとして、ぐっと引かれた。唇が柔らかく締める。姫小路には何が起こったのか分からなかった。唇に何か触れた。
「よっ…ぴ…?」
「どうせ嫌われるんなら、言わせてくれ…」
薄い唇を噛んで、眉間を狭め、目元が潤んで歪み、滲んで溢れる。離された胸元の布が戻っていく音がやたらと大きく聞こえた。
「好き、ずっと。中学の時から、好きだった、ずっと。今でも」
相馬は鼻を小さく啜った。細い顎から光って涙が滴った。顔と身体を逸らされて、いつでも逃げていいという雰囲気を醸し出す。だが姫小路は壁に背中を合わせたままだった。
「べ、別にオレはよっぴのこと嫌いになったとかじゃなくて…好きか嫌いかで言えばオレだって好きだし…ただ、よっぴといるとオレ、自分が惨めになるんだよっ」
相馬は姫小路を振り返って、両腕でさらに壁へ強く押した。
「違ぇよ、まだ分かんねぇのかよ、そういう好きじゃねぇんだって!」
相馬に両頬を固定され、下を向かされる。何をするのか問おうとしたところで、背伸びをして、顔が近付く。また唇が柔らかく包まれた。
「な、あっ…え…」
「大輔、オレ今すげぇ怒ってるよ。なんで…あの子のこと気にしてんの?オレのことはどうでもいいのか…?教えてくれ、オレは大ちゃんにとって、何…?」
姫小路は自分の唇に触れた。何が触れたのかこの目でしっかりと見たが、視覚と認識が合致しない。
「こんな面倒臭いカノジョみてぇなこと…」
相馬は独言る。姫小路はへなへなと膝から力が抜けて、壁を伝いながら尻餅をつく。涙を滴らせる相馬が見下ろす。
「あの子に迫られた?かわいかっただろ?お洒落だし、声かわいい、胸もあるし、スタイルいいし」
姫小路の耳の横に腕を伸ばして、追い込まれる。無表情になった相馬の得体の知れない昏さに怯え、首を縦横に振ることも出来なかった。中学時代は中性的だったが端整さは欠かずに凛々しく成長した顔が近付く。唇に3度目の唇が触れる。香水とは違う相馬の穏やかな香りと、姫小路の焦りに比例した腋の臭いが混じり、圧倒し噎せ返りそうになる。
「…っはぁ、ッん」
相馬の舌が姫小路の唇を押し開く。
「…っふ、はっ、ぁんっふぅ、」
耳の裏を撫でながら塞がれ口腔で混ざり合う唾液の音とそれをかき鳴らす絡み合う舌の音が響く。相馬の優しい舌遣いに力が抜ける。逃げ惑うつもりが呆気なく捕らえられて力んでいたが全て抜けていく。首がこてんと傾いた。骨張った腕に支えられる。息を忘れ、呼吸を思い出すが息が出来ない。息をしていいのか分からない。混乱していた。半分は酔うようなキスに頭が働かないでいた。
「…ふ、ぅん…ァ、…くン、」
胸が跳ね、咳き込むと相馬の唇は離れたが唾液の糸が弛みながら2人を繋ぐ。姫小路は肩で息をする。持久力と肺活量には自信があったが、目の前の相馬は余裕があるようだった。
「…兵藤クンとは、付き合ってるの」
「え?」
「オレの好き、はそういう好きなの。キスしたいし、セックスだってしたい…」
姫小路の股間へ薄い掌が重なって。どくりと小さくそこが脈打つ。深いキスでわずかに反応を見せている。
相馬の問いの意味が分からず、そしてやはり頭が働かずに答えないでいると、形を確かめられる茎を強く抓られる。
「付き合ってるなら別れろ…!」
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「いきなり過ぎて、意味、分かんない…!」
「大輔が好き。ずっと。恋愛感情で、好き。付き合いたいと思ってた。ずっと、我慢してたのに、大輔があんまりにオレのこと、煽るから…!」
「煽ってない!」
「煽ってる!いきなり頼りだしてきたと思ったら避けるし、諦めようと思ってたら女の子がどうとか言って押し掛けてくるし!」
睫毛の数を数えられるほど近くで叱る口調で言われ、姫小路は後退ろうとするが壁に阻まれる。
「わ、分かんない…」
「…分かろうとしないだけだろ。大輔が好きなのは兵藤クンと女の子だもんな」
相馬はさらりと言って、身体を離した。
「帰れよ。もう終わりだ。さようなら。ありがとうな、嬉しかったよ」
「じゃ、じゃあ、あの子のこ―」
舌打ち。横をすり抜けようとして捕まった。
「あんたホンットにバカだな」
また泣きそうになって、そして相馬は泣いた。発達した胸筋に顔を預けながら、胸を叩かれる。姫小路は痩せた背に腕を回そうとしてやめた。
「ひでぇよ、なんで自分のこと好きだって言ってるヤツの前で、関係ない女の話すんだよ…!」
「か、関係なくない!あの子だって、よっぴのこと好きだったんじゃん、関係ないってなんだよ!」
「ひでぇよ、大ちゃん。ひでぇよ…」
相馬は姫小路の胸に爪を立てながら膝から崩れ落ちる。どうしていいのか分からない。目線を合わせることも出来ず突っ立ったまま相馬を見下ろす。
「ともちゃん、カノジョいるから。それにかわいい女の子に言い寄られるよっぴとは、やっぱ違うんだよ」
相馬の項垂れた姿を見下ろして、帰っていく。無駄だった。分かり合えなかった。分かり合えなかった?分かろうとしなかった。どちらが。分かるつもりがあったのかも分からない。分かったところで違うのだ。理解したところでその違いが段々と蝕んでいく。腋の匂いを纏わせながら、一目も気にせず帰路で泣いた。
「へぇ」
相馬に告白された点だけを除いて兵藤に話す。兵藤はファストフード店の定番のストロベリー味のアイスシェイクに挿さったストローを咥えながら興味無さそうに相槌をうつ。
「相馬クンだっけ?めちゃくちゃモテるでしょ。頼めば1人ひとりだいちゃんが解決していく気なワケ?放っておけば」
凍った中身をストローで掻き回しながら不機嫌な表情のまま。姿勢を崩し右を向いたせいで左腕の長い傷が目の前に晒された。白い肌にガムテープの切れ端が張り付いたように色を変えている。それを凝視してしまった。
「これ?気になる?」
首を振ったが実のところは気になった。兵藤は不機嫌な顔に陰険な笑みを浮かべた。退廃的な儚いながらもこびりついた偏執性を帯びた明媚さがある。
「弱った人間に、優越感に浸りにいったら爆発されたんだよ」
他人事のように語り、ストロベリーの甘酸っぱい香りを漂わせるアイスシェイクがしゃかしゃか鳴った。
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