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【小説家になろう企画】仮面・魔女 ハロウィン2021/未完2種/最終話プロット公開
グレープジュースが渋くて 2 【打切り】
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随分と前に自分から打ち明けた、それも自虐じみたコンプレックスを彼が真に受け、自分のことのように感情を揺り動かされている。晶明としては中学時代にすでにそのコンプレックスはコンプレックスというほど深刻なものにはなっていなかった。慣れもある。名前に関する悩みは自分だけではないこと、思うほど男性のみを示す名でもないことも知った。
「それで、怒ってるんですか」
「怒ってるというよりか落ち込んでるね。それから武浪氏に悪いなって。辞退しよっか。拙者、言ってくる。代わりに吾輩が仮面男爵、務まるか分からないけど……」
普段の、記号的なヲタクのステレオタイプみたいな身形に寄せている風采とは違う彼に晶明はまだ少し慣れない。また第三講義室に戻ってしまいそうな先輩の腕を引いた。穏和な臥龍岡はすまなそうに、だが朗らかに笑っている。
「ちょっと言って来るよ」
晶明の胸にじんわりと温かいものが込み上げた。
「やります、わたし。仮面男爵、やります」
「でもあの美容同好会の子、怖そうじゃない?ハキハキしてて」
「だ、大丈夫です。なんか台本も書き換わるとかいう話だし……」
そうなったことに彼女はいくらか自責の念を感じていた。この名の持主であることも、記名したくじの紙が箱から漏れ男性用の抽選ボックスに戻されたことも、くじ運も不可抗力に近かったけれど、事の発端になってしまったことには変わりない。このまま事態すれば現場を掻き回すだけ掻き回して去っていくみたいだ。
「部長、ミステリーツアー行きたいんでしょう?頑張りますから。部長はミステリーツアーの計画でも立てて、旅のしおり作ってるといいですよ」
晶明の口は調子づいたことを言った。臥龍岡はきょとんとしている。
「わたしもミステリーツアー、楽しみにしてますよ」
「無理しないでよ、武浪氏。ミステリーツアーの前に合同演劇楽しみにするからね?約束どおり凹んだ時はケアするから」
自棄になって放って一言がここにきて効いた。
合同企画のミーティング会場はどこか陰気な感じがした。しかしそれは来栖が顔を出す前までのことだった。その場の空気を塗り替える圧倒的な華がある。高慢さも否めない。彼はちらりと晶明を瞥見したが、彼女は気付かなかった。その吊り気味の大きな目には何やら複雑な情念が窺えた。爪の先まで油断なく、しっかりと手入れの行き届いたしなやかな手が打ち鳴らされる。室内にいつ者たちの注目を集めた。
「百合川くんは来てないね」
集まった面々を一度見渡してから、見透かしていたように彼は艶やかな唇を歪めて笑う。百合川なる人物は来ていないというのに、予想が当たったという点で勝ち誇っているようだ。それから晶明を強い眼で射す。
「武浪さんは来てくれてよかった。どちらも居ないのは困るから」
意味深長な表情を向けられて彼女はそのまま目を逸らしてしまう。誘惑的で挑発的な眼差しだった。
「台本、届けてくれるかな。おれが行くとどうせまた言い合いになるし」
来栖はひとりひとり席に赴いて台本を配り、晶明には2冊渡された。
「わたしが……ですか」
百合川という人物とは話したことがない。
「どうせ今後の相手役になるんだから、恥ずかしがることはないよ。百合川くんに台本を渡すのが早いか遅いかで練習期間も左右されるんだから、君にかかってるよ」
そこには意地の悪さがある。
「頼んだから」
有無を言わせず来栖は次の席に回っていってしまった。晶明は目の前のある2冊の台本を見下ろす。百合川を探さなければならなくなったが彼女は彼の大学生活の習慣を知らない。独裁者の、そう大柄でもない後姿を一瞥した。しかし来栖は淡々と台本を配るだけである。
「放っておけば?」
部室の窓際で紫煙を吹きながら女が言った。晶明にとっての先輩で同じくオカルト同好会の一員である。シルエットの華奢な真っ黒のワンピースを身に纏い、ゴシックな雰囲気の服装と化粧をしている。髪も大きくカールし、左右に括っていた。他の者がやれば滑稽だっただろうが、そのヘアスタイルも彼女にかかるとよく似合っていた。
「でも……」
「自己責任でしょう?アナタの責任じゃないでしょうに」
目当ての人物が見つからずオカルト同好会の部室のソファーで途方に暮れているところ、彼女が現れた。臥龍岡と付き合っているという噂の虎杖満莉乃である。身形は奇抜だが晶明の見る限り、大学一の美女でもある。
「いいんですかね……」
「そのクリスチャンなんとかってヤツも随分な責任転嫁するじゃない。後輩いじめないでって文句入れてやろうか?」
青みの強いワインレッドのリップカラーが塗られた唇が開いて煙が揺蕩う。
「い、いいえ!それは、さすがに……」
「なんだかんだアンタってイイコだから、利用されるだけ利用されるんじゃないよ」
「イイコだなんて、そんな……」
「都合の良い子ってイミ。バカね」
窓の外へ紫煙が消えていくのを晶明はぼんやりと眺めていた。
「百合川くんだっけ?イケメンなんでしょう?剣詠が言ってた」
剣詠は臥龍岡の下の名である。
「イケメンっていうか……ちょっと暗い人です。陰気っていうか……」
晶明のいう“イケメン”は陽気でなければならなかった。もしかすると顔立ちの美醜よりも重要視されていた。陽気でなければ“イケ”ていないというのが彼女の主張である。
「私が探してきてあげようか。なんなら届けてきてあげる」
そもそも異性と話すのが得意ではなかった。臥龍岡は話しやすい。それだけでなく―……
部室のドアが開く。
「うわぁ、またタバコ吸ってるでやんすかぁ?喫煙所行ってくだしあ~」
大仰に鼻の前で手を振り現れたのは臥龍岡だ。額のバンダナ、瓶底眼鏡、チェック柄のシャツの裾を入れたロールアップのジーンズ。今日はミーティングの予定はないらしい。
「うるさいのが来た。窓際だしいいでしょう。細かいことは気にしないでちょうだい」
そう言いながら虎杖満莉乃は吸いかけの煙草を灰皿に押し付ける。
「武浪氏~、合同演劇のほうはいかがでやんすか~?順調?」
「はい」
「嘘おっしゃい。相手役と上手くいかなくて足踏み状態じゃないの」
彼女は窓際から晶明の隣に座る。煙草に紛れたバニラの香りがふわりと鼻腔を擽った。
「相手役?相手役って、あのイケメン氏?上手くいかないって、どういうこと?」
晶明が話すよりも早く虎杖満莉乃が説明する。いくらか来栖に対しての悪意で盛られている。
「失敗したら武浪氏の所為だって言われたの?」
「いいえ……そこまでは言われてませんが………」
臥龍岡は拳をわなわなと震わせている。
「許すマジ。マジで許さない」
「先輩?」
「オカルト同好会の総力を上げて、武浪氏を支えるでやんす!来栖殿に負けるな!世はまさに群雄割拠の時代!あのイケメン氏を逃がすな!」
円陣を組まんと彼は女性部員2人の前に手を突き出すが、そこに手を重ねる者はいなかった。
「それで、怒ってるんですか」
「怒ってるというよりか落ち込んでるね。それから武浪氏に悪いなって。辞退しよっか。拙者、言ってくる。代わりに吾輩が仮面男爵、務まるか分からないけど……」
普段の、記号的なヲタクのステレオタイプみたいな身形に寄せている風采とは違う彼に晶明はまだ少し慣れない。また第三講義室に戻ってしまいそうな先輩の腕を引いた。穏和な臥龍岡はすまなそうに、だが朗らかに笑っている。
「ちょっと言って来るよ」
晶明の胸にじんわりと温かいものが込み上げた。
「やります、わたし。仮面男爵、やります」
「でもあの美容同好会の子、怖そうじゃない?ハキハキしてて」
「だ、大丈夫です。なんか台本も書き換わるとかいう話だし……」
そうなったことに彼女はいくらか自責の念を感じていた。この名の持主であることも、記名したくじの紙が箱から漏れ男性用の抽選ボックスに戻されたことも、くじ運も不可抗力に近かったけれど、事の発端になってしまったことには変わりない。このまま事態すれば現場を掻き回すだけ掻き回して去っていくみたいだ。
「部長、ミステリーツアー行きたいんでしょう?頑張りますから。部長はミステリーツアーの計画でも立てて、旅のしおり作ってるといいですよ」
晶明の口は調子づいたことを言った。臥龍岡はきょとんとしている。
「わたしもミステリーツアー、楽しみにしてますよ」
「無理しないでよ、武浪氏。ミステリーツアーの前に合同演劇楽しみにするからね?約束どおり凹んだ時はケアするから」
自棄になって放って一言がここにきて効いた。
合同企画のミーティング会場はどこか陰気な感じがした。しかしそれは来栖が顔を出す前までのことだった。その場の空気を塗り替える圧倒的な華がある。高慢さも否めない。彼はちらりと晶明を瞥見したが、彼女は気付かなかった。その吊り気味の大きな目には何やら複雑な情念が窺えた。爪の先まで油断なく、しっかりと手入れの行き届いたしなやかな手が打ち鳴らされる。室内にいつ者たちの注目を集めた。
「百合川くんは来てないね」
集まった面々を一度見渡してから、見透かしていたように彼は艶やかな唇を歪めて笑う。百合川なる人物は来ていないというのに、予想が当たったという点で勝ち誇っているようだ。それから晶明を強い眼で射す。
「武浪さんは来てくれてよかった。どちらも居ないのは困るから」
意味深長な表情を向けられて彼女はそのまま目を逸らしてしまう。誘惑的で挑発的な眼差しだった。
「台本、届けてくれるかな。おれが行くとどうせまた言い合いになるし」
来栖はひとりひとり席に赴いて台本を配り、晶明には2冊渡された。
「わたしが……ですか」
百合川という人物とは話したことがない。
「どうせ今後の相手役になるんだから、恥ずかしがることはないよ。百合川くんに台本を渡すのが早いか遅いかで練習期間も左右されるんだから、君にかかってるよ」
そこには意地の悪さがある。
「頼んだから」
有無を言わせず来栖は次の席に回っていってしまった。晶明は目の前のある2冊の台本を見下ろす。百合川を探さなければならなくなったが彼女は彼の大学生活の習慣を知らない。独裁者の、そう大柄でもない後姿を一瞥した。しかし来栖は淡々と台本を配るだけである。
「放っておけば?」
部室の窓際で紫煙を吹きながら女が言った。晶明にとっての先輩で同じくオカルト同好会の一員である。シルエットの華奢な真っ黒のワンピースを身に纏い、ゴシックな雰囲気の服装と化粧をしている。髪も大きくカールし、左右に括っていた。他の者がやれば滑稽だっただろうが、そのヘアスタイルも彼女にかかるとよく似合っていた。
「でも……」
「自己責任でしょう?アナタの責任じゃないでしょうに」
目当ての人物が見つからずオカルト同好会の部室のソファーで途方に暮れているところ、彼女が現れた。臥龍岡と付き合っているという噂の虎杖満莉乃である。身形は奇抜だが晶明の見る限り、大学一の美女でもある。
「いいんですかね……」
「そのクリスチャンなんとかってヤツも随分な責任転嫁するじゃない。後輩いじめないでって文句入れてやろうか?」
青みの強いワインレッドのリップカラーが塗られた唇が開いて煙が揺蕩う。
「い、いいえ!それは、さすがに……」
「なんだかんだアンタってイイコだから、利用されるだけ利用されるんじゃないよ」
「イイコだなんて、そんな……」
「都合の良い子ってイミ。バカね」
窓の外へ紫煙が消えていくのを晶明はぼんやりと眺めていた。
「百合川くんだっけ?イケメンなんでしょう?剣詠が言ってた」
剣詠は臥龍岡の下の名である。
「イケメンっていうか……ちょっと暗い人です。陰気っていうか……」
晶明のいう“イケメン”は陽気でなければならなかった。もしかすると顔立ちの美醜よりも重要視されていた。陽気でなければ“イケ”ていないというのが彼女の主張である。
「私が探してきてあげようか。なんなら届けてきてあげる」
そもそも異性と話すのが得意ではなかった。臥龍岡は話しやすい。それだけでなく―……
部室のドアが開く。
「うわぁ、またタバコ吸ってるでやんすかぁ?喫煙所行ってくだしあ~」
大仰に鼻の前で手を振り現れたのは臥龍岡だ。額のバンダナ、瓶底眼鏡、チェック柄のシャツの裾を入れたロールアップのジーンズ。今日はミーティングの予定はないらしい。
「うるさいのが来た。窓際だしいいでしょう。細かいことは気にしないでちょうだい」
そう言いながら虎杖満莉乃は吸いかけの煙草を灰皿に押し付ける。
「武浪氏~、合同演劇のほうはいかがでやんすか~?順調?」
「はい」
「嘘おっしゃい。相手役と上手くいかなくて足踏み状態じゃないの」
彼女は窓際から晶明の隣に座る。煙草に紛れたバニラの香りがふわりと鼻腔を擽った。
「相手役?相手役って、あのイケメン氏?上手くいかないって、どういうこと?」
晶明が話すよりも早く虎杖満莉乃が説明する。いくらか来栖に対しての悪意で盛られている。
「失敗したら武浪氏の所為だって言われたの?」
「いいえ……そこまでは言われてませんが………」
臥龍岡は拳をわなわなと震わせている。
「許すマジ。マジで許さない」
「先輩?」
「オカルト同好会の総力を上げて、武浪氏を支えるでやんす!来栖殿に負けるな!世はまさに群雄割拠の時代!あのイケメン氏を逃がすな!」
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