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雨と無知と蜜と罰と 弟双子/気紛れ弟/クール弟
雨と無知と蜜と罰と 32
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シーツと掛布団の繊維の擦れる音に意識が浮上する。抜け出そうとした男の寝間着を摘んだ。闇夜に溶け込むような暗い色のパジャマだ。夜よりも暗い。死神みたいだ。
「夢遊病なんですか」
加霞は目を擦った。
「起こしてしまいましたか。すみません」
「むしろわたしの寝相が悪かったんじゃないですか」
嚏を失敗したときのような強めの息吹きが聞こえた。笑ったのかも知れない。夜目が利いても背を向けた生天目の表情は分からない。
「それはないです。ソファーをお借りします」
「……生天目先生」
彼女の心地はまるで夢の最中のようであった。喜びの絶頂にあることを夢というが、喜びという喜びはなかった。ただ死神と喋っている非現実が夢の中のようだ。
「なんですか」
「厄介な柵に巻き込んですみませんでした」
「厄介な柵というと?」
「わたしが、そういう点でだらしなかったということです」
すべてを話してしまった。気を回していた可憐な存在はもういない。この教師が妙な偏見を向ける先も、今となってはもういない。
「厄介な柵と表現なさるんですか」
「先生を、泥のついた手で触っているみたいで……」
「僕もいい歳の大人で、良い悪いははっきりさせられる限り、はっきりさせなければならない側の人間で、はっきりしろと言う立場の人間です」
彼はベッドに腰を下ろした。そこに吸い寄せられるように行きかけて、躊躇った。
「久城さんが何かコンプレックスがあったとして、僕に引け目があるのも分かりますけれど、僕も思うところがあるのなら、こうして一緒に寝そべるということはありませんよ」
白い顔が振り向いた。眼鏡が無いと厳格そうに見える。
「僕は個人的な付き合いに関していえば、そこまで相手を思いやれる人間ではありません。相手を傷付けても構わないと思う性分す。僕は僕の意思でここにいます」
彼は座りながらさらに加霞のほうを向こうとする。
「久城さんこそ、こういう人間を懐に入れかけてしまっているんです。よく考えてください。考えていただけるように、僕も出来るだけ、自分を曝け出せるよう努めます」
夜中であり、相手が寝起きでまた眠ることを考慮してか、生天目の声はいつにも増して静かに響いた。
「少し喋り過ぎました。おやすみなさい」
「……寒かったら、狭いですけれど、また戻ってきてください」
生天目は加霞を見て無言でいる。その眼差しがよく見えない。
「当分は、抱き枕になります。まだ、関係に名前は付けないでおいて」
彼はまた布団に潜った。加霞は彼の胸元に頭を寄せ、またすぐに眠ってしまった。
◇
握飯を2つとたくあんが2切れ、プラスチック製の簡易テーブルに置かれた。両手を合わせる。弟は写真の中で笑っている。ホラー映画や心霊映像などのように、たまには落ち込んでもいい。その時は心配しない。彼に対しては最も恐れていたことが起きたのだ。
自室から気配を感じて振り返る。生天目がやってきた。
「おはようございます、久城さん」
「先生、おはようございます」
加霞が立ち、生天目が入れ違いに簡易テーブルの前に腰を下ろした。手を合わせ、黙祷している。担任の教師を前にしても弟は無邪気に笑っている。まだ実感がない。どこか泊まりに行っているのだと思わないこともない。しかし柩を見た。青い土気色の顔をして蝋人形のように眠る亡骸を見ている。白い服はよく着ていたくせ、白い和装の襟は似合わなかった。
加霞はぼうっとしていた。生天目が振り向く。
「朝ごはんできていますから。お弁当もよかったら持っていってください」
「至れり尽くせりですね」
「先生にはお世話になっていますので」
「これでは、お世話になっているのは私のほうです」
週に生天目のやって来る回数が増えた。彼は加霞のベッドで寝て、加霞は嵐恋の部屋で寝るようになった。
「せめて今月分は生活費、僕にも払わせてください」
「だめです。受け取りません。実家からの援助もありますし……先生が来てくださることで、わたしも落ち着きますから。遠慮しないでください。むしろ、窮屈なんじゃないかって……」
「では、もし何かあれば請求してください。それから、外食の際は僕に払わせてください。窮屈ということはないです。僕からしてみれば、久城さんは波長が合います。お察しかも知れませんが、僕はマイペースですから、久城さんが合わせてくださっているのかも知れませんけれど」
生天目がダイニングテーブルにやって来る。白米に焼き鮭とえのきの味噌汁と漬物が並んでいる。
「今日も朝から豪勢ですね」
「そうですか?量が多かったでしょうか。無理せず残してくださいな。朝が弱い人がいることを忘れていました。ごめんなさい」
「いいえ。そういう意味ではなく。久城は朝から元気でしたからね。ホームルーム前に牛乳を飲んでいるのを見た時は、強い子だなと思ったものです」
「そんなところまで気に掛けてくださったんですね。あの子は朝ごはんはよく食べたんですけれど、寝起きはもう本当に子供みたいでした。まだ、全然、子供なんですけれど」
「見ていました、久城のことは。元気で明るい、クラスの中心人物でしたから……」
生天目は両手を合わせて一言告げると朝飯を食いはじめた。
泊まり慣れているらしきところを節々に感じた。持参した生天目のトレードマークみたいな野暮ったい服に着替えて、彼の出勤の準備は整った。加霞は生天目が来ている間、亡弟の部屋を使っていた。8つ下の可愛い弟の匂いはすでに鼻の粘膜に染み込み、嗅ぎ分けることができない。
身支度を終えると玄関では弟の担任の教師が待っていた。途中まで一緒に行くことになっている。
「素敵です」
玄関ホールに立つ加霞の足元から脳天までを眺め、彼はぼそりと言った。
「……ありがとうございます。恥ずかしいですよ。そう言われると」
「ではもう言いません。思うだけにします。伝わったらすみません。発言までするのは少し軟派でした」
「先生、予想外のこと言ってくださるので、面白いです。そういう返事をするんだなっていう」
「そうですか……?」
生天目は首を傾げている。玄関を出て鍵を閉め終わると、手を差し出された。彼は手を繋ぐのが好きらしい。大体いつも手を繋ぐことを求められる。それは男女を思わせるものであれば、保護者の情感を持っていることもあった。掌どころか手首まで合わせる握り方のときもあれば、小指同士を引っ掛けるだけの繋ぎ方のときもある。気紛れだった。しかし人懐こい。彼に手指を預けた。
「今日は少し早く帰れるかも知れません。面談などが入れば分かりませんが」
「そうですか。では、もし早く帰れたときのために合鍵を渡しておきます」
分かれる道まで来て、2人同時に立ち止まる。
「いってらっしゃい、先生」
「行ってきます。お気を付けて……久城さん」
振り返るタイミングも重なった。加霞から手を振ると、律儀な教師は上半身を傾けるだけだった。
◇
―久城嵐恋は不義の子だ!
異様な伝言を加霞は職場で受け取った。久城加霞に宛てられていたという。若い男の抑揚のない声だったらしい。皆目見当がつかないが、彼女は気の触れた義弟が2人いたことを思い出した。
気が触れて、人並みの正気を得るかと思えば、相変わらず根から頭がおかしいらしかった。片方の気が狂えば、もう片方も気違いにならなければ気が済まないらしい。そこに末弟の死など何も響かない。その辺りのドブで釣り上げたザリガニの死のほうがまだ悲しいと思えるくらい、彼等に情は無かった。
怪伝言が3日続く。1日に何度も掛かってくるわけではないらしかった。4日目に加霞が電話を取った。定型文を名乗らずとも、先に容赦なく、「久城嵐恋は不義の子だ!」と流れ、名乗らせる間も与えず通話が切れた。投げ付けるような受話器の音が聞こえる。細く横に長いディスプレイに表示されるのは電話番号ではなく"非通知"の3文字だ。
声は弟の双子のどちらかに思えたが、どちらなのか、電子音ではなく肉声であっても彼女に判別できなかった。2人が同じところで並んで喋らなければ違いが分からない。片方はねっとりと舐め回し喘ぐように喋り、片方は人を小馬鹿にしながら嫌味たらしく陰険に喋るが、長弟か次弟か、この姉は分かっていない。忘れてしまう。覚えようという気もなかった。
―久城家は托卵されている!
―久城加霞は余所者を育てた!
―久城嵐恋は寄生虫だ!
週末にやって来る生天目と酒を飲む。互いに気遣いはない。手酌だった。
「法的措置は考えているんですか」
彼はあまり酒を飲まず、加霞の作った酒肴というよりも主菜のような料理ばかり突いていた。
「職場にこれ以上迷惑がかかるなら」
反対に彼女は苦く臭い液体ばかり腹に入れていたが、度数の高く値段の安い酒缶ではなかった。生天目の買ってきた瓶酒を割って飲んでいる。
「どういうご事情かは僕には分かりませんが、わざわざ職場に電話するあたり、久城に対する侮辱ですよ。内容も悪意があるようですし。早めの対応がいいと思います。電話番号を知られているのなら、職場も特定されていそうですから」
彼は鶏肉で作った酒肴が気に入ったようだ。
「そうですね……」
「少し朝が早くなっても構わないのなら、僕がいる日は職場まで送らせてください」
「いいですよ、そんな……悪いです。反対方向じゃないですか」
「少し早く寝ることになりそうですが、朝ドライブしましょう。朝活というんですか。朝型生活が向いているので、僕は別に構いませんけれど」
淡々と彼は言うが、朝は混むのだ。そこに出勤前の教師を巻き込むわけにはいかない。
「大丈夫ですよ。駅から職場、近いですし。人通りも多いですから」
生天目は顔を伏せ、じとりと上目遣いになって酒を飲む。
「傷付いているんですか。そういう電話が来たこと」
生天目お得意のテンポずらしが加霞に起こった。
「何度か、意地の悪い弟たちに……あの子からすると兄たちに、わたしが言われたことがあって…………父からも、本人にではなく、わたしに対してなんですが、あの子は久城の子ではないと…………それはその、本当にそういう意味ではなくて、期待に応えられなかったりすると……という感じで」
酔っているのか、まだ上目遣いで相槌もなく彼は加霞を見つめている。
「上2人の弟は何事も卒なくこなすタイプでした。器用だったんです。学業成績も悪くなくて。縹緻も良かったから、スカウトなんかもあったり。あの子も兄弟としてデビューさせないか、なんて話が来たんですけれど」
表情のなかった生天目の眉が持ち上がる。
「初めて聞きました。人に歴史あり、ですね。久城にそんなことがあったなんて」
「あの子は知りません。あの子に言ったらやりたがるに決まっています。上2人の兄とあの子は4つ違うのですが、いじめられても、あの子は良く言えばお人好しで、悪く言うと鈍感というか、兄たちに憧れがあったと思うんです。弱い自分がいけないと思っていたくらいなんじゃないですか、あの子は。上2人はきっと、あの子にとって強さの象徴でしたから。アイドルってわたしも憧れました。でも、あんな毎日毎日笑顔振り撒いていないといけない仕事、壊れちゃいますよ。あの子は素直ですが、顔に出るというものではなくて、相手に染められやすいという意味で……」
生天目はやはり黙って聞いていた。咀嚼によって動く頬がリスを思わせる。彼は意外とあどけないところがある。
「とにかく、親の目からしても上2人とあの子には大きな差がありました。わたしもその差を感じていました。わたしもあまり要領のいいタイプではなかったから……わたしがあの子を看なければいけないと思いました。義務感というほどではありません。姉として、なんてそんな殊勝なものではなく……今更なんですよ」
加霞の声音がわずかに変わった。生天目の眼もぎょろりと動く。
「あの子が不義の子でも、血が繋がっていなくても。血の繋がり、こだわらなきゃいけない場面もあるのかも知れないですけれど、もうそんなことはどうでもいいんです。あの子はあの子だった。あーくんがあーくんとして生きていてくれたなら、もう今となってはそれだけでよかった。もうわたしの姉としての情はあの子にあって、もし他に知らない同胞がいたとしても、わたしの弟はあの子だけです」
生天目は長い睫毛を伏せた。
「だから、あの子の正体が誰でも、誰かがあの子のものを引き取りたいと言っても渡す気はないです。可愛い子だったな……可愛い子でした。とにかく」
彼女は甘い炭酸水で割った苦液を飲み干した。
「幸せでした。あの子が自立してから……知りたかったものですが。あの子と暮らした日々…………幸せでしたね……思い出すと」
加霞の目はぼんやりした。頭を転がすようにリビングの隅にいる無邪気な笑顔を見つめる。ダイニングテーブルの上のライトだけで、薄暗い中に佇んでいる。互いに焦点は合っていない様子だった。
「ごめんなさい、わたしの話ばっかり」
「いいえ。久城と久城さんの話を聞きたいんですから」
不器用な愛想笑いか、寛いだ無表情ばかりの教師の口元に柔らかな笑みが咲く。
「私は満遍なく生徒を看ているつもりで………贔屓というわけではありませんが、私にとっても、久城は一際目を惹く生徒でした」
一度ビールを呷ると、彼もぽつぽつと話しはじめた。加霞は首を傾げる。上半身の瘢痕について一悶着あったり、頭髪検査に引っ掛かったり、家族に芸能人がいたり、家庭環境についてなど、それなりに注目を集めてしまう要素はあったが、弟個人としてみると姉から見て地味で控えめで良くも悪くも目立つところのない人物だったはずだ。
「最初に謝っておきますが、僕はひとつ久城さんに嘘を吐きました」
「……どのような?」
生天目には愁然とした危うい雰囲気を纏っていた。吐き気を堪えるような仕草に加霞は立ち上がりかけたが、その前に彼は口を開いた。
「歳の離れた弟がいるというようなことを言ったかと思います。久城は、僕の弟に似ていました。顔かたちではなく、雰囲気や、性格なんかが。僕の弟と言っても、片親は違います。教育熱心な母に、いい加減な父はついていけなかったみたいで。僕から見ても、母と父は互いに婚期を逃した同士、焦った末の結婚だったんだと思います」
その口角が吊り上がる。似合わない。
「歳が離れていたというのは嘘です。歳は2つ3つしか違いませんでした。離婚した翌年には、もう妊娠結婚していましたね。そこそこ教育熱心な家庭でしたから、中高一貫の学校に合格して中学生の時分から僕は一人暮らしで、弟も合流したんです。そのまま大学まで一緒に暮らすつもりでした。田舎の安アパートでしたし、実家は祖父母と同居でしたから、特別大金持ちな家の生まれというわけでもないのは先に申し上げておきます」
照れたような笑みを彼は覗かせた。加霞も生天目の聞き方に合わせ、相槌を挟んだりはせず、酒で喉を潤す。話が過去形になっているところで、終尾がみえている。
「弟は正義感の強い子でした。明るくて。弟の父にもおれたちの母にも似ていませんでした。見栄張りで情緒不安定でヒステリックな母を支えなければなりませんでしたから、そういう生い立ちによるものだと思います。仲は良かったと思っています」
彼はビールの缶を口元で傾け、表情を失くし、少しの間黙っていた。
「顔立ちは似ていません。姿も。弟は大柄でしたが、なんとなく久城と、見る人にもよるのでしょうが、おれには久城が、弟と重なって見えました」
また惑っている。一口、鶏皮を焼いたのを食らっていた。
「7、8年ほど前にあった市立堀田高校の暴力事件ってご存知ですか。ニュースにもなったのですが」
「あの……集団リンチがあったとかいう………」
朧げな記憶だが、高校と暴力事件という組み合わせでで来るのはその新聞記事だった。体罰問題が注目され、臨時アンケートが配られた覚えがある。
「それです。おれの弟は……リンチに遭って、長いこと……苦しみました。苦しみました、は言い過ぎかも知れません。意識がなかったんですから。人間、寝たきりになると身体中の傷が治っても、動けないために全身の筋肉が落ちて、浮腫んで、随分と人相が変わって見えました」
彼はぼけっとして加霞のさらに奥を見ているようだった。
「弟はいじめを庇ったんです。恐ろしい話ですが、高校の近くに公園があって、そこで、いじめられていた生徒を1人ひとり殴るという……そういういじめだったみたいです。集団暴行ですね、つまりは。そういう場で誰が、いじめの主犯格に逆らえるでしょうか。もしかしたら逆らわずとも拒める人間が1人でもいたら変わったのかも知れません。けれども主犯格が厄介な立場にある人間だったらどうでしょう。たとえば県の議員の孫、たとえば校医の息子、たとえばどこか有名企業の身内……」
青白い指が醤油味で赤らむピーナッツのスナックを摘まむ。口腔で粉砕される音が耳に届いた。
「まぁ、そんなドラマみたいなことはありません。よくある一般家庭の息子です。学校が学校なので、"よくある一般家庭"というには意識の高さは否定できませんけれど」
加霞と目が合うと、彼は強張った笑みを浮かべる。
「弟は、拒んだんですね。後から聞いた話によると、殴られたいじめの被害者を庇っていたと聞きました。おれは、ろくでもない人間ですよ。いじめをやっていた人間を恨むのが真っ当な筋でしょう。そして止められなかった学校や、弟の味方をしてはくれなかった同級生たちを恨み、憎むのが人としての筋でしょう。ですがおれが恨んだのは、いじめの被害者です。彼さえいなければと思いました。彼が自分で解決さえしていてくれば、こんなことは起こらなかったと思いました。ターゲットが変わるだけなのかも知れませんし、本当にそのいじめ被害者の排除が目的だったのかも知れない。そのいじめの目的がどういうものなのか、分かりませんでしたが、おれは、………おれは、はっきり顔も名前も知っているいじめ被害者を憎み、恨みました」
すでに蛻みたいな顔が、さらに魂を抜かれたみたいな顔になっている。
「頭では分かっていても、おれの怒りの矛先は、まだ当時のいじめの被害者にあります。頭では、彼は悪くないと思っているんですけれど……分かっていて、理解しきれていないんです。あの場にいながら弟と同じように逆らうことはできないと、おれは傍観していた同級生に同情してしまったんです。はたから見れば、いじめの主犯格がもちろん一番悪い。けれどおれの感情と直感はそうではなかった。彼を庇ったために、後日になって殴られ蹴られ、焼かれて引き摺られる弟を、彼もその場にいたクセに守ってもくれなければ、見舞いに来てもくれなかった。線香すら上げに来てはくれませんでした。彼なりの遠慮や忖度が分からないわけではありませんが……彼は……自分を守ったはずの弟を、いじめの主犯格に言われるままに、殴ったんだそうです。彼を庇ったはずなのに、弟はあの瞬間に、裏切りを感じたのかも知れません!裏切りとまではいかなくても、絶望を覚えたのかも分かりません!已むなしと思ったのかも、今となっては……!もちろん、そんなことを命じた主犯格が悪いんです!それは分かっていて……!」
「生天目先生」
「ッ―……」
嘆きに近くなっている教師を呼び止めた。彼はぴたりと言葉を止めた。目を見開いて、加霞を見つめている。
「……すみません」
先程の興奮こそが嘘みたいだった。
「止めてしまって、こちらこそ、ごめんなさい」
「面白い話ではありませんでした。お酒が不味くなります。申し訳ない」
「それは大丈夫です。ただ、生天目先生のことが心配になってしまったんです。このまま気持ちだけ、どこかに行ってしまいそうな」
弟に好くしてくれていた優しい知り合いの静止がふと思い出された。彼もこういう気持ちだったのならば、悪いことをしてしまった。その者が、弟がどのように苦しみ、どのような最期を遂げたのか生々しく知る必要はない。しかし知っていて欲しくなってしまった。その恐ろしさを内心に留めておけなくなってしまった。
「ここからは、僕の話ですが……僕はその後、教師を目指しました。進路を変えて。実家にはとても怒られましたよ。子が教師になれば喜ぶ家庭もあるのに、僕の実家は、教師は安月給だ、奴隷労働だ、やり甲斐のない公僕だなんていうんですから」
彼はすっかり落ち着いて苦笑いを浮かべている。
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