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雨と無知と蜜と罰と 弟双子/気紛れ弟/クール弟
雨と無知と蜜と罰と 12
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頭を固定され、動き方を指導される。緩慢な律動だ。汗ばんで蒸れた手や時折力む指は、彼の身の内に哮り狂う劣情をどうにか抑えているらしいのが窺えた。
「いいよ、姉さん。すごく上手だ」
徐々にピストン運動は速度を上げた。頭を前後に揺すられて目が回る。熱芯の擦れる唇からは涎が溢れて垂れている。
「姉さん……慣れてきたら自分で動くんだ。今日は…………っ、姉さん………………―ッ!」
劣情に負けた男は自分の腰を前後させる。切ない声で何度も呼ばれ、口の中が掻き混ぜられる。ぐいと喉奥まで大きなものが突き刺さった。
「ふ、ぅ…………ン、」
支えにしてた硬い腿を引っ掻く。何か勘違いさせたらしく、その手を仲睦まじげに繋がれた。
「口の中は………苦しいだろう」
激しい動き止まった。加霞の口から霙恋の巨茎が抜かれた。
「顔に出すのは困るか」
彼女は返事をしなかった。目の前には猥褻な光景が繰り広げられる。
「舌、出せ………姉さん…………出して、出したい、姉さん…………イかせてくれ、姉さん…………イかせて、イきたい…………姉さん」
自ら性器を扱き、霙恋は甘えた声で懇願した。おそるおそる舌を出す。
「姉さん………出る、」
手の残像から白いものが飛ぶ。粘度があり、形を持っている。口の中まで入ってきた。蘞みのある青草を思わせる風味が鼻奥を通り抜けた。最後の一滴まで姉の舌の上に搾り出す。快感に蕩けた目はぼんやりと精を受ける女を見下ろししている。
「飲めるか?無理はしなくていい」
長いこと舌を突き出し、白濁混じりの涎が落ちていく。彼女は手探りでティッシュを探した。ローテーブルの下部にあるラックにあるのを霙恋が取った。
「姉さん…………」
彼は陰部を拭き取り、精液や唾液を吐き出す姉に抱き着いた。執拗に頬を擦り寄せ、匂いを嗅ぎ、締め殺さんばかりである。
「あーくんは、無事なんだよね………?」
身体中を撫で摩る手が止まる。返事がない。そのことに特別な意味があるような気がして彼女は霙恋を突っ撥ねる。
「あーくんは?あーくんに酷いこと、しないよね?」
「二言目には嵐恋か」
「当然でしょ。じゃなきゃどうしてあなたたちなんかに……」
長弟は鼻を鳴らした。見透かすような態度は今までの彼である。先程の甘えて媚びたことなど無かったことのようになっている。
「俺たちも、それを見込んで嵐恋を使った」
「本当に最低……」
「他の男に嵐恋を人質に取られても、簡単に身を許すな」
少しでも気を緩めれば唇を奪われる。彼は何度も接吻を繰り返し、加霞は再び腕の中に幽閉されている。
「あの男は、最近出入りしていないらしいな」
「関係ない……」
「フったのか?いいや、フられた……?」
大雑把な手櫛が通っていく。鼻先が埋められる。
「答えろ」
「フられたんじゃないの」
投げやりに答える。事実関係はどちらでも良い。この男が知る必要はないことだ。
「妬ける話だ。嵐恋とは頻繁に出掛ける仲だったそうだな」
肯定も否定もしなかった。人形遊びが好きなようには到底思えないような風体で霙恋は姉を遊ぶ。髪を梳かし、匂いを楽しんで、縛ろうとする。破綻した姉弟としても彼にそういう一面があったとは知らなかった。
「嵐恋はそろそろ兄が欲しいんじゃないか?姉さん次第で、俺たちが嵐恋の兄になる」
「あーくんに、あんたたちなんか要らない……何したか忘れたの?傷付けていじめて怪我させて…………」
「嵐恋はどう言うか楽しみだな」
それは自信に満ちていた。虐待の日々を忘れたかのような口振りだった。拳を上げた側は容易く忘れられるのかも知れない。加霞は霙恋の胸をぽす、と叩く。
「嵐恋がまた兄を兄と呼びたいと言ったら、姉さんはどうする?覚悟をしておけ。嵐恋、嵐恋と鳴くからには………」
もう一度強く抱き締められる。そう長くはない。あっさりと弟は腕を放した。
「買い出しに行ってきます」
暫く彼女は思考を空にしていた。珍しさも変わったところもない一点を凝らし、しかし見ていたわけではない。だがふと今日するべき大切なことを思い出した。
「車を出そうか」
「いい……」
身形を適当に整える。随分と時間を潰してしまった。時計を見る。混む時間帯だが、明日の弟の弁当に入れるものがない。せめて卵でも買えたならオムライスとあと少し残っている冷凍食品で明日はどうにか乗り越えられる。
「乗っていけ。早く帰ってきてもらわないと困る」
「いい……放っておいて」
着替えてから出掛けたかったが、そうしていられる場合ではなかった。彼女はヒステリックに吐き捨てる。腕を掴まれるが、振り払ってしまった。
「留守番させておくほど俺を信用してくれているのか?」
挑発的な物言いに加霞は目を逸らす。
「行こう。姉さんと買い出しデートしたい」
「その言い方、やめて」
霙恋は外でも手を繋ぎたがった。指を絡められるたびに放す。彼はウレタンマスクをしていた。髪を脱色してピアス穴を空け、サングラスをしていても雫漣と間違われることは少なくないらしい。最寄りのスーパーマーケットに駐車場はなく、徒歩だった。散歩気分の金髪男が楽しそうなのが気に入らない。
「姉さんともっと……たくさん遊びたかった」
「……そう」
「姉さんを女として見る前に…………いいや、初めて会った時から姉として見られなかった」
「その話、気持ち悪い」
霙恋は口を噤む。彼と昔話に浸るつもりはない。受精卵から共に在った双子の相方と仲良くやっていればよかったのだ。否、結託していた。2人で弟を散々にいじめ、甚振り、嬲り倒して痛め付けた。それが彼女なりの見方である。この久城家の長男次男に対して加霞が姉として省みるところはない。久城家を乗っ取られた。彼等の意思ではどうしようもない家庭的な事情で、長男次男を恨んでもいることを彼女はこの瞬間に自覚した。
生卵、牛乳、冷凍食品、保冷剤兼デザートのゼリーと野菜を少々、それから鶏肉だ。明日の弁当は照り焼きチキンになる。夕飯は鯵を焼き、えのきの味噌汁を作るだろう。ポテトサラダは既製品を買った。あともう一品、嵐恋には炒り卵を作れば食べ盛りの彼には足りるだろう。
「持つ」
「食べなさいよ」
店の前で待っていた霙恋が手を出す。その上に買ったばかりのアイスを乗せた。甘さのあるコーヒー味のアイスで容器に入っている人気商品だ。
「姉さん……」
何か食っていれば口を開かないだろう。くだらない、気持ち悪い話を聞かないで済む。
「嬉しい。持つよ、姉さん。重いだろう」
「いつものことだし別に平気」
買い物袋を取ろうとする手を躱す。弟はアイスを吸った。隣からしゃりしゃりと聞こえる。食っている間は加霞の目論見通り、彼は喋らなかった。子供みたいな仕草で容器を齧り、なかなか溶けないアイスを押す。加霞は家事の段取りや、夕飯と明日の弁当の配分を考えていた。やはり明日はオムライス弁当にして、明後日に照り焼きチキンでも良い。嵐恋が今日、昼飯に焼き魚を選んだとは考えづらいが魚を食べたというのなら、今晩が照り焼きチキンで、今買った鯵は解し身にして明日の弁当にする手もある。不本意な同行者がいるにもかかわらず帰り道のルーティーンに不思議と耽ることができた。
久城家の三男が加霞にとっての生活の中心だった。それは哀れみと償いだったのかも知れないが、単純な家族間の情愛の念だったのかも知れない。
―その弟は騙されていることも知らず、本来の人の好さと愛情に飢えたその境遇から易々と兄を信じてしまった。虐げられ、罵倒された日々も彼は忘れたらしい。つらい記憶は水に流してしまいたいのか。許すことで決着してしまうことのほうが、過去を掘り起こし恐れ悲しむよりも安らげるのか……
嵐恋は雫恋の隣で笑っていた。頭が良く、学業成績も良かった霙恋に数学の課題を教えてもらっている。自分をいじめていた兄たちに気を許しているのが居た堪れない。宝生 に見せていたような内気で引っ込み思案な様子がない。舞夏に対するのとそう変わらない。簡単に穴を埋めてしまったみたいだ。結局は血縁者である。血の甘えであり、血の赦しがある。
加霞は飯を作りながらそれを見ていた。魚を焼きながら明日の弁当のために鶏肉を切り、下味をつける。
筆記具を置いた霙恋は立ち上がる。
「そろそろ仕事があるから帰る……雫恋もさっさと帰れ」
ソファーに座っている雫恋は不服の声を漏らす。どこか白々しい。嵐恋は計算する手を止め、長兄をきょとんと見上げている。霙恋は帰りの挨拶とばかりにキッチンへやってきた。
「姉さん、俺はもう帰る。明日また来るからな。姉さん……」
兄弟が目の前にいることも忘れたのか、霙恋の距離は近い。姉弟にしても近い。
「あなたの双子の弟も一緒に連れて行きなさいよ」
嵐恋に届かぬよう小声で言った。
「そうしたいが、嵐恋も懐いてるみたいだな」
「早く帰りなさい。仕事があるんでしょう?」
真横にいる長弟のほうを一度も見ずに彼女は作業を続ける。余った鶏肉を綺麗に包んで冷凍庫へ、タレに漬けたほうは冷蔵庫へしまっていく。
「姉さん」
「忙しいから……」
「じゃあ、また明日」
以前にホストクラブで働いていると言っていた。雫恋の冗談かと思われたが、時間帯からいうと本当なのかも知れない。脱色の頻度を見てもそれが窺えた。
「もう来なくていいから……」
「嵐恋はどう思うだろうな」
リビングからは見えないところで霙恋に手を触られていた。加霞は嵐恋を見たつもりだったが、ソファーからこちらを向いていた雫恋と目が合ってしまう。
「仲良いな、姉貴と霙恋は」
それはすぐ真下のローテーブルでプリントを広げている嵐恋に聞かせているらしかった。霙恋にとっての長弟の牽制に彼はすっと姉から身を離す。
「霙恋くん何の仕事してるの?」
帰り際の兄に嵐恋が訊ねた。
「こら、あーくん。そういうことは訊かないの」
16、17にしてはやはり幼い感じのある嵐恋の表情は即座に青褪めた。怯えが走る。己の失態の先に死罪が待っているかのような有様だった。
「ご、ごめん……なさ………」
「酒飲んで、客を楽しくする仕事だよな。俺の仕事とそんな変わらない。な、霙恋?」
雫恋は嵐恋の後ろにいるのをいいことに嫌味たらしい笑みを浮かべていた。嵐恋を挟み、雫恋と霙恋の間に有刺鉄線めいた目交ぜのやり取りがある。加霞はそれを薄ら寒く端から見ていた。
「そうだな。嵐恋も大人になったら一緒に飲もう」
「う、うん!」
「なに緊張してんだよ」
「わ、わぁ!」
雫恋は自分の弟の両腋に手を突っ込んで擽っている。何も知らなければ仲の良い兄弟の戯れ合いだと呑気に思えただろう。だがこれは計画であるらしかった。
課題を終えた嵐恋が一度自室に戻っていった。雫恋はひょいとソファーから立ち、キッチンへやってくる。
「やっと姉貴に近付けた。霙恋ばっかりズルいよ。霙恋のほうが優しい?」
加霞は無視していた。顔を覗き込まれ、顔ごと逸らす。
「俺も優しくする」
「あーくんに関わらないで」
「姉貴とは逆だね、アンタの弟は。霙恋のことは怖いみたいだけど俺には懐いてるよ」
「怯えてるのが分からないの?」
双子は両方ともねちねちと自分たちの弟を叩き、蹴り、詰って謗って貶めて卑しんだが、その中でもどちらか片方は常軌を逸していた。加霞にその区別はつかなかったが、金髪やピアスなどの違いで目印がつけられるとあれは雫恋のほうではないかと推測される。
「それならやり方を変える。アドバイスありがと、姉貴」
「やめて。あーくんを弄ばないでよ」
「人質がないと姉貴は俺と遊んでくれないじゃん。どうせまたドアチェーン芸に警察芸でしょ?」
霙恋と同じく位置に立ち、雫恋は姉の腰を引き寄せる。
「蜂須賀とは夕飯もご一緒したみたいだけど、俺は誘われなかったしそろそろ帰ろっかな。霙恋出し抜くと後々面倒だし」
「あなたとご飯だなんて反吐が出る」
「ふぅん。蜂須賀はいいおかずだったわけね。2つの意味で」
「早く帰って」
雫恋は肩を竦めた。
「可愛い弟に帰りの挨拶しておかないと」
「要らない」
「家族で遊んだって話のネタが増えたよ」
「嘘ばっか!」
離れていく背中に手に持った物を投げつけてしまいそうだった。
「蜂須賀の代わりになってやるよ」
「頼んでない!」
思わず叫んでしまった。足音に鼓動が速まる。
「ね、姉ちゃん……?」
自室から弟が駆けつけてくる。ここで2人で暮らすようになって彼に感情を見せたことは数えるほどしかない。機嫌を取ろうとしつつも困惑している姿が胸を裂く。
「何でもないよ、嵐恋。じゃ、またな。姉貴も」
末弟は自分の兄に手を振る前に、ちらと姉の顔色を窺った。許可を取るみたいな様が健気で、同時に支配者を恐れているようでもある。
「うん……」
加霞は低く唸るように相槌をうってキッチンに戻った。兄弟ごっこの会話が聞こえる。兄と弟で丸く収まったのならいいことだ。おそらくは。だが何か胸元に穴が空いて隙間風が吹きすさぶ。ダイニングテーブルを拭き、箸を置く。取り皿を揃えて飯を盛った。弟が喜ぶのならそれでいい。弟が赦すのなら弟を甚振った点についての不快感を加霞も忘れるつもりである。
嵐恋が戻ってきて自宅の手伝いをする。味噌汁を運び、焼いた魚を配っていく。準備が整い、向かい合って飯を食った。「いただきます」の一言以後、彼は喋らない。余程腹が減っていたのかも知れない。不自然なほどに霙恋と霙恋の話が出てこない。加霞も振らなかった。それが答えである。
「あーくん」
「うん?」
焼き魚を解す弟が顔を上げる。おとなしく感じられる。いつも食事時はこうだったのか、意識すればするほどに分からなくなる。生まれた時から一応の兄がいて、とりあえずの兄がいたまま育ち、兄代わりに懐き可愛がられたこの子供には年長者の男が必要なのかも知れない。
「ちょっと疲れちゃった?」
「う、うーん。ちょっとだけで、でも霙恋くんたちが来てくれたし、課題……すぐ終わった。霙恋くんの説明、すごく分かりやすくて塾の先生してるのかと思っちゃった」
「……そう」
彼等が弟に向けている優しさはすべて作為的なものだ。湧き起こったものではない。それでも弟は何も知らずにただ受け入れていればいいのか。加霞には判断ができない。
「姉ちゃんは?いつも弁当作ってくれるじゃん。美味しくて、めちゃありがたいケド、学食とかのが楽ならおで、全然……」
「ううん。それは平気。あれれ、学食のほうがもしかして美味しい?」
努めて冗談の色を強く残す。
「そんなことない!姉ちゃんの弁当美味しいもん。いつも、一緒に食べてる奴等に1コ寄越せ[D:12316]って、玉子焼き取られちゃうん」
「あらら、そうなの?じゃあ今度から少し多く作ろうかな」
「いいよ、いいよ。だいじょぶ、だいじょぶ」
「卵1コ足すだけだから別にいいのに」
出汁巻き玉子はオムライスや炒飯、炊き込み飯や混ぜ込み飯でない白米の日には毎回入れている。嵐恋は味醂や砂糖ではなく白出汁や顆粒出汁を溶いた玉子焼きが好きだった。時折、ポテトやほうれん草を挟んだりした。弁当が空になって返ってくるのが喜びだった。たまに残して帰ってくることもあるけれど、それを叱ったりはしない。弟が可愛い。哀れで愛しい。それだけに彼の兄たちの仕打ちが心苦しかった。少し塩気の強いのを誤魔化すために大根をおろしたが、それとはまた異質に味が鈍った。ただ目の前で美味そうに夕食を食らう弟の存在に救われる。
「明日はお友達と遊んでくる?」
出来ればそうして欲しい。友人たちと買い食いして遊ぶだけの金は毎月渡している。
「ううん。明日も雫恋くん、来るって言ってたし。いつ仕事で忙しくなるか分からないから、今のうちにって」
へにゃ、と笑う嵐恋が無理をしているように見えるのは彼の兄たちの企みを知っているからなのか。
「おでの友達が雫恋くんのファンなんだ。今度、サインくれるって」
雑誌やテレビ、看板で雫漣は目にする。職場でもファンを公言する者はいる。だが嵐恋の口から聞くと彼の兄が有名人であることを尚強く感じた。
「そうなんだ……良かったね。そのお友達もきっと喜ぶよ。でも、知ってるの?あーくんのお兄ちゃんってこと」
「知らないと思う。言ってないから。びっくりさせちゃうかな?やっぱやめとこ。雫恋くんに迷惑かけちゃうかもしんないから」
霙恋も雫恋もこの弟との間では禁句に等しかった。非日常だ。彼の口からその兄たちの名が出るたびに飯を嚥下する喉が痞える。
◇
弟が目を離した隙に雫恋は加霞の肌に触れた。むしろ双子で結託し、嵐恋の注意を引きつけてさえいる。この家は乗っ取られてしまった。霙恋が課題を看ると言って弟と自室に消えた途端に人の好さそうな兄の貌から一変し、牙を隠さず姉を食らう牡と化した。リビングを出た加霞を捕まえ、襲いかかる。彼女は玄関ホールの壁に縫い留められ、執拗な口付けに遭う。顔面を潰し合い、減り込ませるようなキスは呼吸もできない。顔を逸らせど、首を曲げど、雫恋は追ってくる。わずかな隙間も許さない。
「買い物………行かな、きゃ………」
なんとか逃げて、否、雫恋が手加減をして、自由を与えられた合間に溢す。爛々とした目交いの濡れた妖光に炙られ、彼女は横に目を流す。
「うん。行こ?イってから」
リップカラーが落ちた唇を彼はもう一度吸う。
「しない」
「じゃあ俺が勝手にする」
「や、だ……!」
「静かにしろよ。愛しの"あーくん"に聞こえちゃうだろ?」
抵抗を示した片手は口に持っていかれる。雫恋はカメラの前ではしないような陰湿な笑みを浮かべた。抱き寄せられたのと同時に下着の中に彼の手が入り込む。
「姉貴、俺が全力で気持ちヨくしてあげるから、そんなに早く買い物行きたいなら集中して」
声を堪えようとする手を雫恋は甘く噛みながら口で剥がそうとする。
「キスさせてよ。ベロチュウしたい。姉貴も好きだろ?」
加霞は首を振る。彼女の目はすでに涙ぐんでいた。下腹部の底に忍んだ指が内側から焔を起こしている。親指で珠を弾かれ、もう情液が滲んでいる。彼等が訪問した時から加霞は末弟の陰で胸先を捏ねられ、敏感なところを擽られ、口腔を遊ばれていた。的確な箇所へのもどかしい刺激に彼女の肉体はすでに埋火を擁し、また火の粉を散らす。
「姉貴……」
雫恋が姉の潤みに気付かないはずはなかった。蜜泉に指が浸る。至近距離で照る真剣な眼差しが恐怖と興奮を混ぜてしまった。
「ぁ……っ」
内肉が侵入者に波立つ。治まるのを待たず、下着の中で弟の指が蠢く。衣擦れだけではなく粘着質な水音が真っ赤になった彼女の耳に届く。
「あ………あっ、う、んっ………」
「声聞かせてよ」
ぶるぶると震えながら加霞はさらに口を手で押さえる。嵐恋の部屋のほうから引戸の転がる音がした。
『手洗いに行ってくる』
出てきたのは霙恋だった。まるで面接直後のような堅い仕草でやって来る。玄関ホールの淫事に目を留め、そこに彼も参加した。冷めた視線に助けを乞うだけ無駄である。
「手、剥がして、霙恋」
表情も愛想もない顔が彼にとっての弟が言うままに加霞の口元にある手を外させた。
「や、ぁっんっあっあっ!」
雫恋の手が水音を奏で、そこに甘い声が合わさる。
「可愛いな、姉貴。俺も苦しくなってきた」
臍の裏周辺に孕んでいる悦楽の玉をリズムよく抉られ加霞の腰が悶える。膝は内側を向き、脹脛はがくがくと頼りない。
「だ、め…………や、ぁっあっ、!んっ、」
「ダメじゃないだろ、姉貴。気持ち良くて仕方ないんだろ?イけよ。早く買い物行こうぜ」
「あっあっあぁ……っ!」
姉の限界を悟ったのか、雫恋の手が動きを変えた。布の伸び縮む間隔も変わる。加霞の眉が泣きそうなほど大きく歪む。
「もぅ………ゃ、アんっぁあ!」
弟の指に貫かれ、彼の腕の中に閉じ込められながら加霞は達した。焦らされた後に叩き込めれた激しい快感に下半身だけでなく、上半身まで震わせている。だが雫恋によって強烈な感覚を逃すための行動は制限された。脳が霧散するようだった。
「気持ち良かっただろ、姉貴」
耳元の囁きも、それは弟のものであるくせ牡として捉え、肉体は性の番いを求める。
「したくなった?これは指だよ、姉貴。そんな締め付けてもダメだよ」
「あ…………あ、」
「可愛い"あーくん"に声聞こえちゃったかもな。今日の晩飯は奮発してあげなきゃ」
弟の指が抜かれ、蜜が滴り落ちた。加霞はひとりで立てなかった。霙恋に支えられる。
「いいよ、姉さん。すごく上手だ」
徐々にピストン運動は速度を上げた。頭を前後に揺すられて目が回る。熱芯の擦れる唇からは涎が溢れて垂れている。
「姉さん……慣れてきたら自分で動くんだ。今日は…………っ、姉さん………………―ッ!」
劣情に負けた男は自分の腰を前後させる。切ない声で何度も呼ばれ、口の中が掻き混ぜられる。ぐいと喉奥まで大きなものが突き刺さった。
「ふ、ぅ…………ン、」
支えにしてた硬い腿を引っ掻く。何か勘違いさせたらしく、その手を仲睦まじげに繋がれた。
「口の中は………苦しいだろう」
激しい動き止まった。加霞の口から霙恋の巨茎が抜かれた。
「顔に出すのは困るか」
彼女は返事をしなかった。目の前には猥褻な光景が繰り広げられる。
「舌、出せ………姉さん…………出して、出したい、姉さん…………イかせてくれ、姉さん…………イかせて、イきたい…………姉さん」
自ら性器を扱き、霙恋は甘えた声で懇願した。おそるおそる舌を出す。
「姉さん………出る、」
手の残像から白いものが飛ぶ。粘度があり、形を持っている。口の中まで入ってきた。蘞みのある青草を思わせる風味が鼻奥を通り抜けた。最後の一滴まで姉の舌の上に搾り出す。快感に蕩けた目はぼんやりと精を受ける女を見下ろししている。
「飲めるか?無理はしなくていい」
長いこと舌を突き出し、白濁混じりの涎が落ちていく。彼女は手探りでティッシュを探した。ローテーブルの下部にあるラックにあるのを霙恋が取った。
「姉さん…………」
彼は陰部を拭き取り、精液や唾液を吐き出す姉に抱き着いた。執拗に頬を擦り寄せ、匂いを嗅ぎ、締め殺さんばかりである。
「あーくんは、無事なんだよね………?」
身体中を撫で摩る手が止まる。返事がない。そのことに特別な意味があるような気がして彼女は霙恋を突っ撥ねる。
「あーくんは?あーくんに酷いこと、しないよね?」
「二言目には嵐恋か」
「当然でしょ。じゃなきゃどうしてあなたたちなんかに……」
長弟は鼻を鳴らした。見透かすような態度は今までの彼である。先程の甘えて媚びたことなど無かったことのようになっている。
「俺たちも、それを見込んで嵐恋を使った」
「本当に最低……」
「他の男に嵐恋を人質に取られても、簡単に身を許すな」
少しでも気を緩めれば唇を奪われる。彼は何度も接吻を繰り返し、加霞は再び腕の中に幽閉されている。
「あの男は、最近出入りしていないらしいな」
「関係ない……」
「フったのか?いいや、フられた……?」
大雑把な手櫛が通っていく。鼻先が埋められる。
「答えろ」
「フられたんじゃないの」
投げやりに答える。事実関係はどちらでも良い。この男が知る必要はないことだ。
「妬ける話だ。嵐恋とは頻繁に出掛ける仲だったそうだな」
肯定も否定もしなかった。人形遊びが好きなようには到底思えないような風体で霙恋は姉を遊ぶ。髪を梳かし、匂いを楽しんで、縛ろうとする。破綻した姉弟としても彼にそういう一面があったとは知らなかった。
「嵐恋はそろそろ兄が欲しいんじゃないか?姉さん次第で、俺たちが嵐恋の兄になる」
「あーくんに、あんたたちなんか要らない……何したか忘れたの?傷付けていじめて怪我させて…………」
「嵐恋はどう言うか楽しみだな」
それは自信に満ちていた。虐待の日々を忘れたかのような口振りだった。拳を上げた側は容易く忘れられるのかも知れない。加霞は霙恋の胸をぽす、と叩く。
「嵐恋がまた兄を兄と呼びたいと言ったら、姉さんはどうする?覚悟をしておけ。嵐恋、嵐恋と鳴くからには………」
もう一度強く抱き締められる。そう長くはない。あっさりと弟は腕を放した。
「買い出しに行ってきます」
暫く彼女は思考を空にしていた。珍しさも変わったところもない一点を凝らし、しかし見ていたわけではない。だがふと今日するべき大切なことを思い出した。
「車を出そうか」
「いい……」
身形を適当に整える。随分と時間を潰してしまった。時計を見る。混む時間帯だが、明日の弟の弁当に入れるものがない。せめて卵でも買えたならオムライスとあと少し残っている冷凍食品で明日はどうにか乗り越えられる。
「乗っていけ。早く帰ってきてもらわないと困る」
「いい……放っておいて」
着替えてから出掛けたかったが、そうしていられる場合ではなかった。彼女はヒステリックに吐き捨てる。腕を掴まれるが、振り払ってしまった。
「留守番させておくほど俺を信用してくれているのか?」
挑発的な物言いに加霞は目を逸らす。
「行こう。姉さんと買い出しデートしたい」
「その言い方、やめて」
霙恋は外でも手を繋ぎたがった。指を絡められるたびに放す。彼はウレタンマスクをしていた。髪を脱色してピアス穴を空け、サングラスをしていても雫漣と間違われることは少なくないらしい。最寄りのスーパーマーケットに駐車場はなく、徒歩だった。散歩気分の金髪男が楽しそうなのが気に入らない。
「姉さんともっと……たくさん遊びたかった」
「……そう」
「姉さんを女として見る前に…………いいや、初めて会った時から姉として見られなかった」
「その話、気持ち悪い」
霙恋は口を噤む。彼と昔話に浸るつもりはない。受精卵から共に在った双子の相方と仲良くやっていればよかったのだ。否、結託していた。2人で弟を散々にいじめ、甚振り、嬲り倒して痛め付けた。それが彼女なりの見方である。この久城家の長男次男に対して加霞が姉として省みるところはない。久城家を乗っ取られた。彼等の意思ではどうしようもない家庭的な事情で、長男次男を恨んでもいることを彼女はこの瞬間に自覚した。
生卵、牛乳、冷凍食品、保冷剤兼デザートのゼリーと野菜を少々、それから鶏肉だ。明日の弁当は照り焼きチキンになる。夕飯は鯵を焼き、えのきの味噌汁を作るだろう。ポテトサラダは既製品を買った。あともう一品、嵐恋には炒り卵を作れば食べ盛りの彼には足りるだろう。
「持つ」
「食べなさいよ」
店の前で待っていた霙恋が手を出す。その上に買ったばかりのアイスを乗せた。甘さのあるコーヒー味のアイスで容器に入っている人気商品だ。
「姉さん……」
何か食っていれば口を開かないだろう。くだらない、気持ち悪い話を聞かないで済む。
「嬉しい。持つよ、姉さん。重いだろう」
「いつものことだし別に平気」
買い物袋を取ろうとする手を躱す。弟はアイスを吸った。隣からしゃりしゃりと聞こえる。食っている間は加霞の目論見通り、彼は喋らなかった。子供みたいな仕草で容器を齧り、なかなか溶けないアイスを押す。加霞は家事の段取りや、夕飯と明日の弁当の配分を考えていた。やはり明日はオムライス弁当にして、明後日に照り焼きチキンでも良い。嵐恋が今日、昼飯に焼き魚を選んだとは考えづらいが魚を食べたというのなら、今晩が照り焼きチキンで、今買った鯵は解し身にして明日の弁当にする手もある。不本意な同行者がいるにもかかわらず帰り道のルーティーンに不思議と耽ることができた。
久城家の三男が加霞にとっての生活の中心だった。それは哀れみと償いだったのかも知れないが、単純な家族間の情愛の念だったのかも知れない。
―その弟は騙されていることも知らず、本来の人の好さと愛情に飢えたその境遇から易々と兄を信じてしまった。虐げられ、罵倒された日々も彼は忘れたらしい。つらい記憶は水に流してしまいたいのか。許すことで決着してしまうことのほうが、過去を掘り起こし恐れ悲しむよりも安らげるのか……
嵐恋は雫恋の隣で笑っていた。頭が良く、学業成績も良かった霙恋に数学の課題を教えてもらっている。自分をいじめていた兄たちに気を許しているのが居た堪れない。宝生 に見せていたような内気で引っ込み思案な様子がない。舞夏に対するのとそう変わらない。簡単に穴を埋めてしまったみたいだ。結局は血縁者である。血の甘えであり、血の赦しがある。
加霞は飯を作りながらそれを見ていた。魚を焼きながら明日の弁当のために鶏肉を切り、下味をつける。
筆記具を置いた霙恋は立ち上がる。
「そろそろ仕事があるから帰る……雫恋もさっさと帰れ」
ソファーに座っている雫恋は不服の声を漏らす。どこか白々しい。嵐恋は計算する手を止め、長兄をきょとんと見上げている。霙恋は帰りの挨拶とばかりにキッチンへやってきた。
「姉さん、俺はもう帰る。明日また来るからな。姉さん……」
兄弟が目の前にいることも忘れたのか、霙恋の距離は近い。姉弟にしても近い。
「あなたの双子の弟も一緒に連れて行きなさいよ」
嵐恋に届かぬよう小声で言った。
「そうしたいが、嵐恋も懐いてるみたいだな」
「早く帰りなさい。仕事があるんでしょう?」
真横にいる長弟のほうを一度も見ずに彼女は作業を続ける。余った鶏肉を綺麗に包んで冷凍庫へ、タレに漬けたほうは冷蔵庫へしまっていく。
「姉さん」
「忙しいから……」
「じゃあ、また明日」
以前にホストクラブで働いていると言っていた。雫恋の冗談かと思われたが、時間帯からいうと本当なのかも知れない。脱色の頻度を見てもそれが窺えた。
「もう来なくていいから……」
「嵐恋はどう思うだろうな」
リビングからは見えないところで霙恋に手を触られていた。加霞は嵐恋を見たつもりだったが、ソファーからこちらを向いていた雫恋と目が合ってしまう。
「仲良いな、姉貴と霙恋は」
それはすぐ真下のローテーブルでプリントを広げている嵐恋に聞かせているらしかった。霙恋にとっての長弟の牽制に彼はすっと姉から身を離す。
「霙恋くん何の仕事してるの?」
帰り際の兄に嵐恋が訊ねた。
「こら、あーくん。そういうことは訊かないの」
16、17にしてはやはり幼い感じのある嵐恋の表情は即座に青褪めた。怯えが走る。己の失態の先に死罪が待っているかのような有様だった。
「ご、ごめん……なさ………」
「酒飲んで、客を楽しくする仕事だよな。俺の仕事とそんな変わらない。な、霙恋?」
雫恋は嵐恋の後ろにいるのをいいことに嫌味たらしい笑みを浮かべていた。嵐恋を挟み、雫恋と霙恋の間に有刺鉄線めいた目交ぜのやり取りがある。加霞はそれを薄ら寒く端から見ていた。
「そうだな。嵐恋も大人になったら一緒に飲もう」
「う、うん!」
「なに緊張してんだよ」
「わ、わぁ!」
雫恋は自分の弟の両腋に手を突っ込んで擽っている。何も知らなければ仲の良い兄弟の戯れ合いだと呑気に思えただろう。だがこれは計画であるらしかった。
課題を終えた嵐恋が一度自室に戻っていった。雫恋はひょいとソファーから立ち、キッチンへやってくる。
「やっと姉貴に近付けた。霙恋ばっかりズルいよ。霙恋のほうが優しい?」
加霞は無視していた。顔を覗き込まれ、顔ごと逸らす。
「俺も優しくする」
「あーくんに関わらないで」
「姉貴とは逆だね、アンタの弟は。霙恋のことは怖いみたいだけど俺には懐いてるよ」
「怯えてるのが分からないの?」
双子は両方ともねちねちと自分たちの弟を叩き、蹴り、詰って謗って貶めて卑しんだが、その中でもどちらか片方は常軌を逸していた。加霞にその区別はつかなかったが、金髪やピアスなどの違いで目印がつけられるとあれは雫恋のほうではないかと推測される。
「それならやり方を変える。アドバイスありがと、姉貴」
「やめて。あーくんを弄ばないでよ」
「人質がないと姉貴は俺と遊んでくれないじゃん。どうせまたドアチェーン芸に警察芸でしょ?」
霙恋と同じく位置に立ち、雫恋は姉の腰を引き寄せる。
「蜂須賀とは夕飯もご一緒したみたいだけど、俺は誘われなかったしそろそろ帰ろっかな。霙恋出し抜くと後々面倒だし」
「あなたとご飯だなんて反吐が出る」
「ふぅん。蜂須賀はいいおかずだったわけね。2つの意味で」
「早く帰って」
雫恋は肩を竦めた。
「可愛い弟に帰りの挨拶しておかないと」
「要らない」
「家族で遊んだって話のネタが増えたよ」
「嘘ばっか!」
離れていく背中に手に持った物を投げつけてしまいそうだった。
「蜂須賀の代わりになってやるよ」
「頼んでない!」
思わず叫んでしまった。足音に鼓動が速まる。
「ね、姉ちゃん……?」
自室から弟が駆けつけてくる。ここで2人で暮らすようになって彼に感情を見せたことは数えるほどしかない。機嫌を取ろうとしつつも困惑している姿が胸を裂く。
「何でもないよ、嵐恋。じゃ、またな。姉貴も」
末弟は自分の兄に手を振る前に、ちらと姉の顔色を窺った。許可を取るみたいな様が健気で、同時に支配者を恐れているようでもある。
「うん……」
加霞は低く唸るように相槌をうってキッチンに戻った。兄弟ごっこの会話が聞こえる。兄と弟で丸く収まったのならいいことだ。おそらくは。だが何か胸元に穴が空いて隙間風が吹きすさぶ。ダイニングテーブルを拭き、箸を置く。取り皿を揃えて飯を盛った。弟が喜ぶのならそれでいい。弟が赦すのなら弟を甚振った点についての不快感を加霞も忘れるつもりである。
嵐恋が戻ってきて自宅の手伝いをする。味噌汁を運び、焼いた魚を配っていく。準備が整い、向かい合って飯を食った。「いただきます」の一言以後、彼は喋らない。余程腹が減っていたのかも知れない。不自然なほどに霙恋と霙恋の話が出てこない。加霞も振らなかった。それが答えである。
「あーくん」
「うん?」
焼き魚を解す弟が顔を上げる。おとなしく感じられる。いつも食事時はこうだったのか、意識すればするほどに分からなくなる。生まれた時から一応の兄がいて、とりあえずの兄がいたまま育ち、兄代わりに懐き可愛がられたこの子供には年長者の男が必要なのかも知れない。
「ちょっと疲れちゃった?」
「う、うーん。ちょっとだけで、でも霙恋くんたちが来てくれたし、課題……すぐ終わった。霙恋くんの説明、すごく分かりやすくて塾の先生してるのかと思っちゃった」
「……そう」
彼等が弟に向けている優しさはすべて作為的なものだ。湧き起こったものではない。それでも弟は何も知らずにただ受け入れていればいいのか。加霞には判断ができない。
「姉ちゃんは?いつも弁当作ってくれるじゃん。美味しくて、めちゃありがたいケド、学食とかのが楽ならおで、全然……」
「ううん。それは平気。あれれ、学食のほうがもしかして美味しい?」
努めて冗談の色を強く残す。
「そんなことない!姉ちゃんの弁当美味しいもん。いつも、一緒に食べてる奴等に1コ寄越せ[D:12316]って、玉子焼き取られちゃうん」
「あらら、そうなの?じゃあ今度から少し多く作ろうかな」
「いいよ、いいよ。だいじょぶ、だいじょぶ」
「卵1コ足すだけだから別にいいのに」
出汁巻き玉子はオムライスや炒飯、炊き込み飯や混ぜ込み飯でない白米の日には毎回入れている。嵐恋は味醂や砂糖ではなく白出汁や顆粒出汁を溶いた玉子焼きが好きだった。時折、ポテトやほうれん草を挟んだりした。弁当が空になって返ってくるのが喜びだった。たまに残して帰ってくることもあるけれど、それを叱ったりはしない。弟が可愛い。哀れで愛しい。それだけに彼の兄たちの仕打ちが心苦しかった。少し塩気の強いのを誤魔化すために大根をおろしたが、それとはまた異質に味が鈍った。ただ目の前で美味そうに夕食を食らう弟の存在に救われる。
「明日はお友達と遊んでくる?」
出来ればそうして欲しい。友人たちと買い食いして遊ぶだけの金は毎月渡している。
「ううん。明日も雫恋くん、来るって言ってたし。いつ仕事で忙しくなるか分からないから、今のうちにって」
へにゃ、と笑う嵐恋が無理をしているように見えるのは彼の兄たちの企みを知っているからなのか。
「おでの友達が雫恋くんのファンなんだ。今度、サインくれるって」
雑誌やテレビ、看板で雫漣は目にする。職場でもファンを公言する者はいる。だが嵐恋の口から聞くと彼の兄が有名人であることを尚強く感じた。
「そうなんだ……良かったね。そのお友達もきっと喜ぶよ。でも、知ってるの?あーくんのお兄ちゃんってこと」
「知らないと思う。言ってないから。びっくりさせちゃうかな?やっぱやめとこ。雫恋くんに迷惑かけちゃうかもしんないから」
霙恋も雫恋もこの弟との間では禁句に等しかった。非日常だ。彼の口からその兄たちの名が出るたびに飯を嚥下する喉が痞える。
◇
弟が目を離した隙に雫恋は加霞の肌に触れた。むしろ双子で結託し、嵐恋の注意を引きつけてさえいる。この家は乗っ取られてしまった。霙恋が課題を看ると言って弟と自室に消えた途端に人の好さそうな兄の貌から一変し、牙を隠さず姉を食らう牡と化した。リビングを出た加霞を捕まえ、襲いかかる。彼女は玄関ホールの壁に縫い留められ、執拗な口付けに遭う。顔面を潰し合い、減り込ませるようなキスは呼吸もできない。顔を逸らせど、首を曲げど、雫恋は追ってくる。わずかな隙間も許さない。
「買い物………行かな、きゃ………」
なんとか逃げて、否、雫恋が手加減をして、自由を与えられた合間に溢す。爛々とした目交いの濡れた妖光に炙られ、彼女は横に目を流す。
「うん。行こ?イってから」
リップカラーが落ちた唇を彼はもう一度吸う。
「しない」
「じゃあ俺が勝手にする」
「や、だ……!」
「静かにしろよ。愛しの"あーくん"に聞こえちゃうだろ?」
抵抗を示した片手は口に持っていかれる。雫恋はカメラの前ではしないような陰湿な笑みを浮かべた。抱き寄せられたのと同時に下着の中に彼の手が入り込む。
「姉貴、俺が全力で気持ちヨくしてあげるから、そんなに早く買い物行きたいなら集中して」
声を堪えようとする手を雫恋は甘く噛みながら口で剥がそうとする。
「キスさせてよ。ベロチュウしたい。姉貴も好きだろ?」
加霞は首を振る。彼女の目はすでに涙ぐんでいた。下腹部の底に忍んだ指が内側から焔を起こしている。親指で珠を弾かれ、もう情液が滲んでいる。彼等が訪問した時から加霞は末弟の陰で胸先を捏ねられ、敏感なところを擽られ、口腔を遊ばれていた。的確な箇所へのもどかしい刺激に彼女の肉体はすでに埋火を擁し、また火の粉を散らす。
「姉貴……」
雫恋が姉の潤みに気付かないはずはなかった。蜜泉に指が浸る。至近距離で照る真剣な眼差しが恐怖と興奮を混ぜてしまった。
「ぁ……っ」
内肉が侵入者に波立つ。治まるのを待たず、下着の中で弟の指が蠢く。衣擦れだけではなく粘着質な水音が真っ赤になった彼女の耳に届く。
「あ………あっ、う、んっ………」
「声聞かせてよ」
ぶるぶると震えながら加霞はさらに口を手で押さえる。嵐恋の部屋のほうから引戸の転がる音がした。
『手洗いに行ってくる』
出てきたのは霙恋だった。まるで面接直後のような堅い仕草でやって来る。玄関ホールの淫事に目を留め、そこに彼も参加した。冷めた視線に助けを乞うだけ無駄である。
「手、剥がして、霙恋」
表情も愛想もない顔が彼にとっての弟が言うままに加霞の口元にある手を外させた。
「や、ぁっんっあっあっ!」
雫恋の手が水音を奏で、そこに甘い声が合わさる。
「可愛いな、姉貴。俺も苦しくなってきた」
臍の裏周辺に孕んでいる悦楽の玉をリズムよく抉られ加霞の腰が悶える。膝は内側を向き、脹脛はがくがくと頼りない。
「だ、め…………や、ぁっあっ、!んっ、」
「ダメじゃないだろ、姉貴。気持ち良くて仕方ないんだろ?イけよ。早く買い物行こうぜ」
「あっあっあぁ……っ!」
姉の限界を悟ったのか、雫恋の手が動きを変えた。布の伸び縮む間隔も変わる。加霞の眉が泣きそうなほど大きく歪む。
「もぅ………ゃ、アんっぁあ!」
弟の指に貫かれ、彼の腕の中に閉じ込められながら加霞は達した。焦らされた後に叩き込めれた激しい快感に下半身だけでなく、上半身まで震わせている。だが雫恋によって強烈な感覚を逃すための行動は制限された。脳が霧散するようだった。
「気持ち良かっただろ、姉貴」
耳元の囁きも、それは弟のものであるくせ牡として捉え、肉体は性の番いを求める。
「したくなった?これは指だよ、姉貴。そんな締め付けてもダメだよ」
「あ…………あ、」
「可愛い"あーくん"に声聞こえちゃったかもな。今日の晩飯は奮発してあげなきゃ」
弟の指が抜かれ、蜜が滴り落ちた。加霞はひとりで立てなかった。霙恋に支えられる。
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