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蒸れた夏のコト 全36話+α(没話)。年下男子/暴力・流血描写/横恋慕/高校生→大人
蒸れた夏のコト 36 【完】
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『お兄たむたむは早とちりして指輪を買うほど恋愛ベタで、それでもそれなりにあの人を本当に好きだったんだと思うし、負け惜しみとかするような人でもなかったから、冷静に考えれば別に恨んだりしてないです。家庭の色々ゴタゴタがあったし、兄の死は兄の死なので、ちょっと複雑なのはホントだケド、それはこっちが遺族本人だからって問題です。南波くんの考え過ぎだよ。気を遣ってくれてるならありがとうだけど、もう大丈夫です。今でもお兄てゃを慕ってくれて圧倒的感謝』
……
『鯉月さん。決めました。僕、舞夜さんの仇を討ちます。もし僕の身に何かあったら、このメールを公表してください。これは僕が僕なりの利益のためにやったことで、たまたま鯉月さんのためにもなってしまうだけで、貴方は無関係です。いずれにせよ、娑婆ではさようなら』
『祭夜兄ちゃん。かすみさんといる?前の話だケド、戸締まりには気を付けて。私も今から行くから、インターホンを3回鳴らすのでそれまで出ないで。大袈裟でごめん』
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…
『海霧くんへ
突然ですが、僕はある事件を起こします。その時に、僕の両親に託すのではあの人たちのことですから隠蔽するに決まっています。海霧くんにこの手紙を託すことを許してください。僕が犯罪者になったとき、もし機会があれば、然るべき機関に提出してください。
海霧くん、僕は犯罪者になります。その時もしかしたら僕のことについて語るときが来るでしょう。そのときは、僕との関係を無かったことにしてください。僕とのことはきっぱりなかったことにして、海霧くんの思い出に欠落を作った僕をどうぞ恨んでください。今までありがとう』
『父さんと母さんへ。
父さん、貴方が母さんを陵辱し快感を得て姉さんと僕が生まれました。母さんのナカは気持ちよかったですか。母さん、貴方の雌としての自己満足で姉さんと僕が生まれました。父さんのペニスは気持ちがよかったですか。
父さんはいい成績を取りいい大学に入って有名な会社に入れと言いましたね。僕もそのつもりで、それこそが幸せになる道だと信じて生きてきました。母さんは僕に子供が欲しいといいましたね。僕もいずれは家庭を持ち、家族に恵まれるものだと信じて生きてきました。けれどつまずいてしまいました。僕は負け犬です。バカで軽率な男でも適当に女を引っ掛け、その日暮らしで幸せに生きられることを知ってしまったのです。
負け犬にも意地があります。僕は犯罪者になります。生きていられるか、生きていられないか、僕も分かりません。ですがこの家とは長い別れになります。今の時代は人権が尊重されますから、家族にも仕事にも周りの人にも時代にも恵まれず路上で眠る人や、社会保障を受けられずに餓死する人よりも塀の中で食うにも健康にも困らず屋根の下で眠ることができるので、いい成績を取る必要もいい大学に入る必要もありません。
父さんは母さんの腹に姉さんや僕を仕込むとき、母さんは父さんを腹に受け入れているとき、こうなることを想定していましたか。当然、想定していたはずです。人の生きる道は様々ですから、子の生きる道もそれぞれです。自分の子供はいい成績を取り、いい大学に出て、有名な会社に就職し、家族に恵まれるとそう信じて疑わなかったわけがありませんよね。殺人鬼を産むかもしれないと想定して産んだのなら、僕もいくらか気が楽です。
僕には子供を作る力がありません。こうなるのなら、知らない男の子供を産むと言い張っていた姉は生きているべきでした。貴方たちは姉さんを事故だと言い張りましたね。自殺だとは考えたくもないようでしたね。ですがどちらでもありません。姉さんを階段から突き落としたのは僕です。この世に於いて女の子を生むというのは悲劇です。男に生まれても、またプレッシャーに耐えられない圧をかけられる。男に生まれては倫理と肉欲の狭間に苦しみ、女に生まれては恐怖と不安に怯える日々です。父さん、母さん、貴方たちは繁殖に欲を張り僕を産みさえしなければ、2人の子供を失わずに済みました。姉さんが子を生み、無事孫にも恵まれ、貴方たちは殺人鬼を産み堕とすことなく済みました。
すべてのセックスは破壊です。僕には角も牙もありませんでした。僕は家庭を持ちたいと思った人に身体の一部を刺すことができません。僕は父さんが母さんを刺したように、母さんが父さんに自ら刺されたように、今から好きな人を刺しにいきます。紹介するまでもなく、もうご存知のはずですね。鯉月講師と緋森講師で取り合っていたひとりの女性です。小学生のとき、夜遅くなった僕を家まで送ってくれた人です。僕はあの人が大好きでした。あの人はきっといずれ緋森講師と結婚し、貴方たちみたいに繁殖欲の虜囚となって、どちらかに問題がなければ子を産むのでしょう。そういう、生物の営みというものに絶望します。僕がその産物であることも、貴方たちの算段では僕もその一角に組み込まれていることも。
お盆が近付きましたね。僕は犯罪者です。姉さんを殺し、青嵐お兄さんが再逮捕されるように仕組んだのも僕で、これから緋森講師を殺しにいきます。状況によってはもしかしたら雨堂さんのことも殺してしまうかも知れません。
ですが姉さんは貴方たちが生んだ悲劇です。雌の自己満足に囚われてしまった哀れな女です。貴方たちは責任をとって墓参りに行ってください。僕にかかった費用は人殺しのための金でしたが、僕にかかる費用の一切は金持ちなりの世間に対する寄付だとでも思ってください。それではさようなら。昔家族で行った水族館の思い出だけ一緒に持っていきますので、僕のことは青嵐お兄さんに言ったみたいにろくでなしの親の金にたかる落ちこぼれだと思ってください。
追伸 陽笠さんへ。 犯罪者の世話をしたということになりますが家政婦として仕事を全うしただけです。家庭の味というものを分けていただきありがとうございました。身体には気を付けてください』
+
花火が打ち上がる。白い天井が見えた。静かな機械音が規則正しく聞こえ、夏霞はゆっくり首を曲げた。茶髪といっても過言ではない傷みぶりで毛先の明るくなっている男が目をひん剥いた。
「夏霞ちゃん」
朧げながら意識が覚醒していった。記憶を手繰る。最後に見たその男は、こうして首を曲げた時、焼芋みたいに灼熱の石の上で寝かされていた。
「祭夜ちゃん、ぶじ……?」
掠れきった声で訊ねてから、それが相手には届いてないかも知れないことに安堵した。無事なわけがなかった。彼に恐ろしい体験が植え付けられてしまった。それでも祭夜は生きている。
「元気だよ。すごく、元気。ごはんいっぱい食べれたよ。だから夏霞ちゃんは、安心して、自分のコトだけ考えて」
キャラメルを瞳に嵌め込んだみたいな目が濡れている。花火が遠くで静かに響いている。
「叔父さんと暑詩くん呼んでくるね!待っててね、夏霞ちゃん」
「祭夜ちゃん」
管や洗濯バサミに似たものが沢山繋いである手をゆっくりと伸ばした。身体が硬くなっている。
「何、夏霞ちゃん」
「花火、もうちょっと……2人で、聞いてたいな」
彼が断れないことを確信していた。そういう卑怯さを自覚している。花火がどーん、どんどん、と低く唸っている。遠慮がちな祭夜は夏霞の処置された手を握れず、彼女から指と指で彼の指を挟む。カニやザリガニになった気分で、それでも大好きな肌と体温に嬉しくなる。己の身に降りかかったことなど、今は顧みていられなかった。
「どこかのお祭りの……花火の音だけ聞くのもね、好きだったんだ……」
話すことは日常と変わらなかった。
「夏霞ちゃん」
「夢、見てた。流しそうめんしたくなっちゃったな。フーガくんがね、祭夜ちゃんも叔父さんも暑詩ちゃんも誘って、流しそうめんやろうって」
うとうとと眠くなる。祭夜の掌をザリガニよろしくちょきちょきと挟んだ。
「うん、しよ。竹のやつ、オレん家あるから、使えるし」
彼の表情はまだ曇っている。花火はどーん、と空で爆ぜている。
「祭夜ちゃん……?」
「海夜ちゃんがお見舞いに来てくれてね、オレ、ちゃんと謝ったの」
愚直なこの男が好きだ。自ら貧乏くじを引きかねない。目を放していられない。傍で看ていなければならなくなってしまう。
「許してくれたよ」
どーん、どんどんと花火が聞こえ、静かになった。クリーム色のカーテンに覆われたこの病室もしんと静かになった。花火はもう轟かない。
「花火、終わっちゃった」
ぽつりと祭夜が呟く。
「叔父さんたち、呼んでくる」
夏霞はハサミを開く。保健室に近い匂いがした。1人になって、夢の中、川の向こう岸で話した男のことをふと思い出した。
【完】
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