18禁ヘテロ恋愛短編集「色逢い色華」

結局は俗物( ◠‿◠ )

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蒸れた夏のコト 全36話+α(没話)。年下男子/暴力・流血描写/横恋慕/高校生→大人 

蒸れた夏のコト 28

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 祭夜さやは水を飲んでばかりで、彼にしてはおとなしかった。夏霞かすみの振った話に相槌と一言二言付け加えはするものの、それでも彼にしては静かなのだ。旅館に着いてからも堅くなっている。
「祭夜ちゃん」
「はひぃッ!」
 肩をびくりと震わせ、気を緩めた様子がない。夏霞は微苦笑を浮かべて本題を切り出す。車内では避けていた。
「叔父さんから、何か言われた?」
 長く大きなテーブルを隔て、彼はペットボトルの水を呷る。人の目を見て飲むため、口に咥えてペットボトル本体だけを真上に傾ける独特な飲み方をする。夏霞も真似をして噎せたことがある。
「ん……別になんも…………」
「本当に?」
「夏霞ちゃんのコト頼むって………」
 彼の素直な性分が当人の意思に反して嘘を嘘だと打ち明けてしまっている。そういうところに付け入りたくなることもあったが、困らせて迷わせてまで口を割らせようとは思わなかった。
「そう。ごめんなさい。わたしの話が上手くなくて……叔父さんにちゃんと伝わってなかったんだと思う」
「あ、謝らないでっ!オ、オレは、オレはまた夏霞ちゃんと2人きりで居れて、ホントはめちゃくちゃ嬉しくて、ちゃんと寝れなかったし、すっごく楽しみで……でも、夏霞ちゃんはどうなんだろって思うとさ、やっぱ、オレは夏霞ちゃんと居れて楽しい!だけじゃダメだよなぁって……」
 彼は目に見えない耳と尾を萎びさせてしまった。
「祭夜ちゃんと一緒に居るの、別に苦痛じゃなくて……わたしだって、できることなら祭夜ちゃんと居たいよ。この時間がずっと続けばいいのになって思ってる。本当は。祭夜ちゃんが窮屈な思いするくらいなら、別に隠しておくことじゃない」
「でも…………もうオレと付き合うっイヤなんでしょ?もう今のカレシ、いるんだもんね。聞いた」
「誰から?」
 叔父が言うはずはないだろう。何かしらけしかけているのでなければ事実ではない。
「あの高校生が言ってた」
「違うよ。あれはフーガくん。あの子から電話が来たとき、一緒にいたの。あんまりにしつこいから、フーガくんが出てくれて……」
 憐れみを乞うような目を向けられる。
「あのお祭りの時の人だよね。仲良いんだ」
 子犬は拗ねてしまった。夏霞が黙ってしまったのを彼から破る。
「もう付き合ってないのに、ゴメン、妬いちゃって」
「祭夜ちゃん」
「夏霞ちゃんの気持ちが分からないの。オレのコト好きでいてくれてるなって思うのに、別れようって言うし。オレのコト、好きでいてくれてるなって思うケド、オレのコト、傷付けたくないだけなのかなって。ホントにオレのコト好きなら……ちょっとは夏霞ちゃんに、自分勝手になってほしい。それで夏霞ちゃんがオレのコト好きで傍に居てくれるなら、オレも別に損ないし。夏霞ちゃんいるから出てくるパワーみたいなの、出なくなっちゃう。夏のミミズみたいに干涸びそうだよ、夏霞ちゃん」
 彼はもうすぐで飲み切りそうなペットボトルを遠ざける。夏霞は返せる言葉がなかった。
「夏霞ちゃんの叔父さん、夏霞ちゃんがオレと向き合ってないって言ってたの。そのコト、謝られた。だから腹割って話してきてほしいって言われた。でも、違うよね。そうじゃないよね。夏霞ちゃんは向き合いすぎじゃったんだと思う」
 祭夜は穏やかに笑った。仔犬だ、少年みたいだ、と思いながらもしっかりと彼は高校時代から変化している。
「……わたし、祭夜ちゃんのこと、好き。好きだけれど、大切って思っちゃって。懐かしい思い出も祭夜ちゃんの中にあって、祭夜ちゃんの中には楽しかった高校時代のわたしもあるでしょう?好きだし、大切。好きな人として好きだけれど、わたし、恋愛の関係じゃなくても祭夜ちゃんのこと、大切にできるなら、それでもいいと思って……」
「もっと自分勝手になってよ。いいから、オレはオレで自分の好きってキモチ、守れるから。夏霞ちゃんもオレのコト好きなら、そのキモチ、優先して。大切にするの、全部終わってからでいいよ。もしかしたらお互いケンカして、嫌いになってからでいいよ。高校のとき、楽しかったときみたいに。憎んで、後悔してもオレはいいんだから!今楽しいなら、そうなるかも知れない可能性ミライも背負ってよ。今から思い出にしようとすんな!オレと一緒にいてクダサイ」
 彼は情緒不安定みたいに語調を強めたり、片言になったりした。その剣幕に気圧けおされる。祭夜は拗ねたような目付きに変わり、唇を尖らせた。
「………隣行っていい?なんも、しないから」
 それからぼそりと祭夜はまだ臍を曲げているらしき低い声で訊ねた。
「うん、来て」
 夏霞の返事を聞いてから重そうに腰を上げ、祭夜は彼女の隣にやってきた。本当に彼は何もしなかった。ただテーブルに突っ伏す。寝てしまうのかと思われた。しかし腕で作った枕に乗せた頭が振り返る。夏霞を見上げた。
「オレは腹割る必要なんかもうなくて。もう6つに割れてるし、これ以上割るものない。だから夏霞ちゃんに対して言うことは簡単でめっちゃシンプル。2文字で済む。好き。コトバにしたらそれだけになっちゃう」
 睨むような目は、本人も睨んでいるらしき眼差しは、まったく睨めてはいなかった。夏霞は彼に手を伸ばしたくて仕方がなかった。テーブルに伏せるその背中にの しかかってみたくて。
「祭夜ちゃん」
「夏霞ちゃんは、オレのコト好きな自分が認められないんだ。オレはオレのコト好きな夏霞ちゃんも好きだケド、オレのコト好きなのイヤな夏霞ちゃんにも片想いしてるからね。片想いするんだよ。夏霞ちゃんと両想いのときの楽しさを噛み締めてね。何も知らなかった罰かな。ゴメンね、夏霞ちゃん。そういうコトなら、借金返していくしかないね」
 へらりと彼は苦笑した。酒は入っていないはずだが、少し酔っ払っているような、戯けた笑みだった。諦めを知った、疲れきった大人の笑みだと夏霞は思った。祭夜は大人で成長しきっている。だが彼の健やかな成育を妨げたような気がした。捻くれた人間になってしまう。そういう人間に自分がしてしまう。彼女は折れてしまった。
「わたしも祭夜ちゃんが好き。わたしに縛られないで欲しかった。でも、祭夜ちゃんが他の人の好くなっちゃうの、やっぱり嫌。祭夜ちゃん、好きでいてもいい?迷惑かけるよ。いいの?」
 不満げに祭夜は夏霞を見上げ続け、やがて枕にしていた片方の腕を彼女に伸ばした。腕を掴む。
「当たり前だし、気付くの遅いし……オレ、もう充電切れ。ぎゅッてしてもいい?」
 頷く。ふわりと彼の匂いが漂った。男女の間柄というよりは親しい友人を相手にするような、艶めいたもののない抱擁だった。
「夏霞ちゃんの匂いがする。夏霞ちゃんの感触も夏霞ちゃんの体温も好き。夏霞ちゃん……オレのトコ、また戻ってきてくれてありがと。大好き」
「わたしのこと、放さないでくれてありがとう。また、わたしのこと、迎えてくれて……わたしも大好き。祭夜ちゃん、好き。大好き」
 固く抱き締め合う。息苦しくなるほど互いに身体を押し付けるのが心地良くて仕方がない。絡んだ腕が緩まったかと思うと潤んだ目と潤んだ目が結ばれ、また力強く肉感をぶつける。彼は寝転び、夏霞も一緒に恋人を敷いたまま畳に寝そべった。
「ずっとこのままがいい」
 祭夜は彼女の髪に顔を埋める。夏霞も彼の纏う空気を肺いっぱいに吸い込んだ。脳がとろんでいくようだ。
「ずっとこのままがいいよぉ、夏霞ちゃん」
 猫が気に入りのおもちゃで遊ぶみたいに両脚でも彼女を捕まえ、左右に転がった。恋人関係というよりも姉弟でもしない、子供みたいなコミニュケーションだった。頬擦りをし、匂いを嗅ぎながら自分の匂いを染み込ませている。高校時代もそうだった。朝に会って、誰の目も気にせず真っ直ぐ夏霞の元に来て抱擁を交わしては匂いを残していく。彼のそういう色気のない仕草が好きだった。
「好き、夏霞ちゃん。好きぃ」
「わたしも好き。祭夜ちゃん」
 慕情が高まると口が寂しくなる。彼の日焼けしても水を弾くような頬に口付ける。
「もう1日中このままがいい」
 駄々っ子になってしまった祭夜は少しあざといところがある。狙ってやれるような気性ではなかった。ただただ彼は夏霞を弱らせる方法を無自覚無意識に心得ている。
「温泉、入らない?」
 部屋に露天風呂が付いている。かなり高級な部屋を叔父はとっていたらしい。祭夜の腕と脚に抱き締められたまま夏霞は露天風呂を振り返った。
「入る!一緒に入る!夏霞ちゃん!」
 彼は抱擁も解かないまま起き上がる。
「うん」
 露天風呂はベランダのように屋根付きで、ますをそのまま巨大化させたような湯殿に風情があった。裸で交わることはあれども、状況や目的が変わると夏霞にはまだ恥ずかしさがあった。祭夜も同じらしい。脱衣所もガラス張りで、木の床が足の裏に柔らかかった。手拭いと腕で肌を隠す。互いに背中合わせになっていた。夏霞はゆっくり振り返った。祭夜の背中の筋肉の形がよく分かる。彼は着痩せする。この肉体で幼い仕草であどけない声を出し、仔犬みたいな愛嬌をもっている。胸が高鳴ってしまった。布の薄い隔絶が失くなった今、彼と体表同士を擦り合わせたくて仕方がない。そこに確かな触れ方は要らなかった。ただ肩や胸や腹を彼にぶつけたくなる。
「夏霞ちゃ……もうそっち、見てもいい……?」
 彼は遠慮しながら、上擦った喉で訊ねた。
「い、いいよ。でも…………ちょっと恥ずかしいから、あんまり見ないでね」
「夏霞ちゃんのからだ、綺麗だカラ、別に恥ずかしがるコト、ないヨ」
 祭夜は俯きながら徐々に首を彼女のほうに向ける。夏霞を見るつもりで、彼もまた裸体を見せている。鍛えられた胸、引き締まった腹。若々しい肌、凹凸のある肩から腕の筋肉。
「へ、ヘンナコトしないから、もう一回、ぎゅッてしたい。いいかな。いい?」
 夏霞から抱き着いてしまった。
「わわっ、夏霞ちゃっ!」
「わたし、祭夜ちゃんのこと、すごく好き。好きっていつも言ってもらってばっか。大切にしてもらってばっかだけど、わたしも祭夜ちゃんのこと、大好き」
 胸を強く押し付けるのは、計算高い女の仕草だとは彼女も聞いたことがある。大学でも目にした。しかし好きな男の前では、打算を抜きに、柔らかなところを彼に触れさせるのが気持ちの良いことだと気付いてしまった。やはりそこに、確かな触れ方は要らなかった。単純な体表の接触で十分だった。
「だ、だいじょぶ、夏霞ちゃん。伝わってるよ。オ、オレも大切にされてるの、よく分かってる。痛くて苦しくなるくらい、分かってる。大好きになってもらってること、伝わってるよ。でもオレからも、ぎゅッてしたい」
 祭夜の高い体温に外気に晒した身体を包まれた。
「好き。好き、もう伝えきれないくらい好き」
 夏霞は彼の皮膚で顔を潰してしまった。好い人の匂い、彼の愛用する淡いバニラの香り、緋森ひなもり家の匂い、ボディーソープと洗濯洗剤の薫香。欲熱とは異質の温もりが体内に広がる。
 額にキスが落ちていく。愛し愛され言い合いになるのが分かっている。どちらがどれだけ好きなのか、言葉と数で競うのは不毛で、何の証にもならない。
「お風呂入ろ」
 そこでやっと、外の風景を認めた。森に囲まれ、車ならば民家を走り抜け十数分程度の離れたところに海が広がり、俯瞰すると泳いでも行けそうだと錯覚しそうな距離に山の影が薄らと望める。
 髪を結んだ。頸が一点、柔らかく弾む。
「あっあっ!ゴメン。首、チュってしていい?もう遅いケド……」
「いいよ」
 怒ってないと微笑んで返すと彼は目を輝かせ、何度も口や肩や背中を啄んだ。満足したらしく、キスの小雨が止むと後ろから抱き竦められた。
「そういうふうに髪上げてるの、すごく色っぽい。いつもはちゃんと髪上げてるから、なんか、気怠い感じ……」
「どういうカオしていいか分からないよ」
 彼女は微苦笑した。夏とはいえこの土地は涼しかった。外気温の中でシャワーを浴びる。
「祭夜ちゃんのカラダ、洗いたい」
「う、うん!背中だけ、流して」
「全部洗いたい」
 祭夜は顔を真っ赤に染める。
「ダ、ダメ……た、勃っちゃうから!」
 筋肉質な背中にシャワーをかけ、彼の背を洗った。
「洗いたい」
「オレが夏霞ちゃんのコト洗うから!許して……夏霞ちゃんに触られたら、もう、ヘンナコトしか考えられなくなっちゃうから。夏霞ちゃんとの時間、ちゃんと楽しみたいよ」
 身体の前面も洗おうとした手が止まる。彼に泡立ったタオルを渡した。
「嬉しい」
「オレも夏霞ちゃんにいっぱい愛されて嬉しい」
 振り返って濃いハチミツ色の瞳とぶつかる。どちらからともなく唇を重ねた。一瞬で離れるが、甘い余韻が残った。
「夏霞ちゃんのコト、洗う」
 祭夜は一通り自分の上半身を先に洗うと夏霞を向いた。首を洗い、腕を洗う。そして手が止まる。
「胸、触って大丈夫だよ」
「う、うん。触る、ね。イヤだったらすぐやめるから」
 震える手が泡と共に夏霞の胸の翳りを洗い、膨らみの間を洗っていく。抱きついて、背中を洗った。
「夏霞ちゃん、オレ今、すごく幸せ」
 そう言う声は内容に反して憂いを帯びていた。互いにこの場に於いて名を出すことはない人をふと思い出した。その者とも風呂に入った。こうはならなかった。触れられるだけで胃が重くなり、吐気がした。今現在のように身を預けて洗わせることなどできなかった。
『わたしも幸せだよ』
 その一言が言えなかった。彼の中のあの者を踏み躙るような心地がした。
「祭夜ちゃんの幸せな時に、わたしが一緒に居られてよかった」
 シャワーで流されていく。全身を清めてから、湯殿に入る。滑らないように手を繋いでへりを跨ぐ。
「ご飯食べたら、ちょっと温泉街歩いてみたい。いい?」
「うん。行こう」
 2人並んで緑の多い景観を愉しんだ。彼の肩に頭を預ける。口数が少なくなる。そこに気拙さはない。むしろ喋らなくていい関係に安らいだ。
「こういうの、修学旅行以来だな。こんないいところじゃなかったケド。夏霞ちゃん、覚えてる?」
「覚えてるよ。お土産交換したよね。お菓子のキャラクターのキーホルダーくれたでしょ。まだ持ってる」
 彼と離れるまでは自転車の鍵に付けていた。今は一人暮らしをしているアパートの机の抽斗の中に入っている。
「夏霞ちゃんの匂い袋も、もう匂いしないケド、オレの部屋の箪笥の中入ってるよ。オレンジに金色のやつ」
 6年ほど前、観光名所の寺前にある古風な商店街で偶々目にした匂い袋を彼に贈った。オレンジの縮緬ちりめんに黄金の糸と小さな鈴が可愛らしくて選んだのだ。土産交換も最初から示し合わせたのではなく、結果的に土産交換となった。
「あの時も楽しかったケド、今も夏霞ちゃんと幸せなの、よかったなって……思ってさ」
 彼も身体を夏霞に寄せた。どこもかしこも温まっていく。風呂から上がり、浴衣を着る。夏霞はすぐに髪を乾かす。切られてからドライヤーを使う時間も短くなった。冷えた茶を飲んでいる祭夜を見遣る。肩からタオルを垂らし、髪は雑に拭かれてボサッと爆ぜている。濃くなった毛の中で銅線がさらに明るく照って輝くその風貌も好きだった。よく遊んだ柴犬を思わせる。
「祭夜ちゃん。髪乾かそう。おいで」
 飼主が大好きな小型犬よろしく彼は間髪入れずにやって来た。タオルドライをして櫛を通してからドライヤーをかける。
「夏霞ちゃんの手気持ちいい」
「そう?よかった。明日ワックス付ける?わたしのオイル付けてもいいかな」
 鏡越しに彼と会話する。大きな目がきょろきょろと忙しない。
「夏霞ちゃんの付けて!」
 淡いピンクのボトルからオイルを掌に垂らし、彼の硬い毛先に揉み込んだ。それから乾かすと、いつもとは違う雰囲気に仕上がった。少しフォーマルな時の清楚な髪型になる。櫛を通すと筋が出来た。オイルの甘い薔薇の香りが漂う。
「祭夜ちゃん枝毛が多いね。後で切ってあげる」
 銅線の多いところを一房摘む。身綺麗にはしているがあまり美意識にこだわりのないところに相性の良さを感じる。
「うん」
 祭夜を放すと普段の間の抜けた甘い顔をしたまま、おそらく意識もせずに夏霞の頬に手を添えた。彼は軽く唇を食んでいる。
「祭夜ちゃん?」
「あっ、ゴ、ゴメン」
 引きそうになった手を捕らえた。
「いいよ、触ってて。どうしたのかなって、思って」
 その表情から艶めいたものは感じられなかった。手からも、眼からも夏霞は彼の色情を見つけることはできなかった。
「なんか、新鮮で………へへへ。またぎゅッてする」
 同じ匂いがする。幸福感が溢れた。夕食まではまだ時間がある。祭夜の股座にすっぽりと収まり、二人羽織のようになりながらテレビを点ける。自宅のリビングで日常的に目にしている番組も場所が変わると違って見えた。頭上で何度目かの欠伸を聞く。
「最近休めてなかった?」
「…………ちょっとだけね。お昼寝出来なかったし、おやつ食べらんなかった程度」
「旅館の人に頼んでお布団敷いてもらおうか。ご飯の時に起こすから」
 祭夜は夏霞を見つめ、首を振る。
「夏霞ちゃんとまだ一緒にいたい。もし夢だったら?覚めちゃうの、ヤダ」
 彼は夏霞の胸から草花の芽吹きそうな煽り方をするのが上手い。一口にいうと、あらゆる情動が萌えてしまうのである。
「夢じゃないよ」
 首を伸ばして肉体を感じるたびに大人の男、発育を終えた異性だと知れる高所の唇に接吻した。離れると追撃される。もっと、もっとと唇を貪られ、しかし深まるようなことはない。背に腕が回り、支えられながら畳に押し倒される。テレビ番組の音声が遠く感じられる。
「夏霞ちゃん」
 キスをスタンプしながら彼は眉を下げた。夏霞も気付いた。帯の下で浴衣の合わせたところが膨らんでいる。それでいてやはり、祭夜から艶めいた空気を感じられない。
「お昼寝できなかったの、疲れちゃったよね。お布団敷きに来てもらうから、ね?ちょっと早めに休もう」
 夏霞は内線から旅館の従業員を呼んで布団を敷かせた。祭夜を促し布団まで連れてきたはいいが、座ったきり横にならず夏霞の手を握ったり揉んだりしている。
「オレ、まだ遊べるもん」
「美味しいご飯、眠いまま食べるのもったいないよ」
「夏霞ちゃんは、まだ眠くない?」
 甘えた態度と声音が眠気を告げている。
「うん。わたしは平気。だから祭夜ちゃん、明日もいっぱい楽しむために、一回寝ておこ?ご飯の後にお散歩するでしょ」
 こくん、と彼は頷いて徐ろに肘から布団に倒れていこうとしたが、また起き上がってしまった。
「でも、その前にトイレ行きたい……」
 彼の浴衣の下は布を押し上げている。恥ずかしそうに唸り、日焼けした手がそこを押さえた。睡眠欲に呑まれかけながら下半身は別な欲を訴えている。
「わたしが、するよ。そのまま寝ちゃって……」
「え、」
 言ってしまって、彼の反応を聞いてから夏霞は顔を真っ赤に染めて火照らせた。
「祭夜ちゃんに…………触りたいし、声、聞きたかったから………ご、ごめんね。変態みたいだよね。そういうの、人に見せるものじゃ、ないもんね」
「い、いの?夏霞ちゃんに、そんなコト、させちゃって………オレも、夏霞ちゃんに触って欲しい」
 自ら浴衣の裾を割り開き、彼の好きなスポーツブランドのボクサーブリーフが露わになる。その下の器官を浮き上がらせ、色の刷られた化学繊維が薄くなっている。
「触る、よ……?」
 布の上からこんもりと膨らんだのをなぞった。祭夜はぴくりと反応を示す。見られているのが恥ずかしくなって夏霞は彼を布団に寝かせる。硬さを確かめ、撫で摩る。夏霞の指に連動しているかよように動く眉根が可愛らしかった。まだ完全体にはなっていない。彼女は少し焦らす。
「夏霞ちゃ……もう、触って………」
 泣きそうな目と甲高い声に夏霞は悪寒に似た興奮を覚える。
「触ってるよ?」
 膨らみつつあるプラムを布越しに指の腹でくすぐった。腰が小さく持ち上がり、さらなる刺激を求めている。
「直接がいい………、直接……も、パンツ汚れちゃ………か、ら………っ」
「自分でパンツ、脱げる?わたしが脱がす?」
 薄らと蕩けた目に捉えられる。
「脱がして……」
 彼女は微笑みかけてブランドロゴが白抜きになっているゴム部分を翻す。恋人の欲の蛹が羽化して弾ける。
「触るね」
 枕が硬い毛にくしゃりと鳴った。手淫を施す。滴りそうな潤みを借りて掌が滑っていく。
「夏霞ちゃん……きもちいい………」
 ヘーゼルブラウンの瞳が眇められた。
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