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蒸れた夏のコト 全36話+α(没話)。年下男子/暴力・流血描写/横恋慕/高校生→大人
蒸れた夏のコト 26
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夏霞に触られ、祭夜の驚愕に満ちた貌はとろんとまろくなる。
「夏霞ちゃん………」
「祭夜ちゃん。ごめんね、こんなことに巻き込んで、ごめんなさい」
「そんなコトどうでもいいよ。夏霞ちゃん、顔の傷何?髪の毛どしたの」
彼はまたもや手枷の存在を忘れ、反動でベッドに引き寄せられる。
「そろそろ毛先傷んできたからさ。セルフカットしようと思ったら失敗しちゃって」
毛先を摘んで笑って見せる。口角の傷が開く。
「嘘ヤダ。夏霞ちゃん、嘘ヤダよ。夏霞ちゃん」
夏霞は困惑を浮かべ唇を尖らせた。
「ホントは殴られたの?」
「うん。でも平気だから。可愛くないトコ見せちゃって恥ずかしいな」
彼は子供みたいに首を振って否定した。
「夏霞ちゃんが痛い痛いなのが悲しいだけ……南波くん」
祭夜が目を側め、夏霞もやっとここにもう1人居たことを思い出す。しかし一瞥もくれなかった。
「夏霞のコトを殴るな。代わりにオレを殴れ」
瑠夏を煽ろうとする祭夜の視界を奪う。
「ダメ。わたし大丈夫だから。わたしの蒔いた種なんだし。祭夜ちゃんが殴らるなんて絶対いや」
「夏霞ちゃんが殴られるよりいいもん。夏霞ちゃん、お願いだからムリしないで。お願いだから。夏霞ちゃんがムリするの、一番ツラいよ」
夏霞の髪が引っ張られる。祭夜から離される。彼の醤油飴みたいな目が見開かれた。
「やめろ!やめてよ!夏霞ちゃんにヒドいコトするな!」
元恋人の喚きに瑠夏は喜んでいた。夏霞はベッドから引き摺り下ろされ、床に転げていた。
「大丈夫、祭夜ちゃん。大丈夫だから、心配しないで」
「僕の要求は覚えていますね」
肩を踏まれている。足蹴にはされたが、踏まれるとは思わなかった。
「うん………ちゃんとやる。祭夜ちゃんが悲しむから、もう殴らないで」
「夏霞ちゃん……」
彼女は瑠夏の足の下から抜け出し、ベッドに戻る。
「祭夜ちゃん。ごめんね。えっちしよう」
言われた側はきょとんとしている。
「夏霞ちゃん………?」
「祭夜ちゃんは、ただ感じてて。気持ち良くなるように頑張るから」
彼の引き締まった上半身を纏められた手でなぞった。
「夏霞ちゃ………オレ、夏霞ちゃんともう付き合ってない。付き合ってないのに、夏霞ちゃんとそういうコトしたくない」
「祭夜ちゃん。ごめんね」
「今でも諦めきれてないんだ。もっともっと好きになって、離れられなくなっちゃうよ」
祭夜の目が夏霞から逸らされる。合意は得られなかった。瑠夏を振り返る。冷ややかな眼差しは中断を許さない。
「祭夜ちゃん」
彼の首を腕の輪の中に入れる。
「したくないケド、夏霞ちゃんに触られたら勃っちゃう。夏霞ちゃん、やだ」
「ごめんね。チュウするの、いい?しない?」
「しない」
拗ねた声を出して祭夜は鼻先を背けてしまう。夏霞は今の自分の姿を思い出した。髪を粗放に切られ、顔は鼻血だけでなく痣や傷があり腫れている様子もある。そういう顔の女に迫られて、ノーマルな性癖と思しき祭夜が昂るはずはない。
「目、閉じて。可愛い子のこと………考えてて」
「夏霞ちゃんがいい。夏霞ちゃんがいい、ケド………こんなの、いやだよぉ」
無理強いができなかった。祭夜の胸で夏霞は逡巡する。
「祭夜ちゃん。あのね、したら祭夜ちゃんのこと、解放してくれるって約束したの」
「じゃあずっとここにいる。ずっと夏霞ちゃんとここにいたい。しない。夏霞ちゃんとずっとここにいる」
ここがどこで誰の場所かも忘れてしまった。祭夜といるとたびたびそういうことが起こる。
「そんなことできないよ」
「夏霞ちゃんといる。夏霞ちゃんと居られるなら、しない」
祭夜は駄々を捏ねる。困惑と同時に、草木が萌ゆるようなエネルギーを胸に感じてしまう。可愛いと思ってしまう。現状も忘れて。
「祭夜ちゃん、困らせないで」
「困って!オレで困ってよ、夏霞ちゃん。オレのコト忘れないで。オレから離れないで、オレのコトで困ってよ。夏霞ちゃんが好きなの。しなくてもいいから、ずっと一緒がいい。オレのコトだけ考えてよ。夏霞ちゃん、好き」
流されかけたが、彼に触れようとした手が不自由なことで今の状況を思い出す。
「何をぐずぐずしているんです。貴方もレイプすればいいんですよ、夏霞お姉さん。裏で勝手に穴兄弟を増やしていたんですから、今更でしょう。浮気もひとつのレイプです」
「夏霞になんてコト言うんだ!謝れ!謝れよ!」
「大丈夫、大丈夫だよ、祭夜ちゃん。わたし、何言われても平気だから、刺激しちゃだめっ!」
瑠夏は鼻を鳴らした。
「緋森さんも緋森さんです。夏霞お姉さんに抱かれてください。それで緋森さんは解放します」
「夏霞を自由にしてくれ。オレのコトはいいから。夏霞をもう苦しめるな。オレが謝るから。オレが何にも気付かないで夏霞を独り占めしてたコト、謝るから。舞夜と仲良かったんだろ?オレのせいで舞夜が死んだから、恨んでるんだろ?」
「的外れなんですよ。舞夜さんとは別に仲良くありません。それから舞夜さんが死んだのはどちらかといえば夏霞お姉さんのせいなんじゃないですか。そして僕は別に緋森さんからの謝罪は求めていません。何せ緋森さん、実際夏霞お姉さんのコト独り占めできてないじゃないですか。緋森さんの前で清楚を装っていても、僕に舐められてイかされて、舞夜さんに抱かれてイかされてるんですから」
夏霞は耳を塞ぎたくなった。祭夜には聞かせたくない生々しい話だ。彼の顔が見られない。夏霞にとって辱められているのは自分ではなく彼だ。
「黙れよ!」
「だってそうでしょう。今の僕の言葉、概ね事実ですよね、夏霞お姉さん」
事実に対して頷けなかった。俯いてしまう。
「いいよ、夏霞ちゃん。答えなくて」
あくまで祭夜の声音は優しかった。
「舞夜は事故で死んだんだ。有る事ない事噂されんのは仕方ないケド、部外者の分際でおかしなコト言うなよ。それに、オレにとって夏霞はやっぱり清楚で優しい、いい子だ」
怒気を向けられても瑠夏は気にしたふうもない。
「まぁ、鯉月さん―海夜さんは自殺だと話していましたけれどもね。最期に電話をしたの、海夜さんだそうですね。顔見た時に分かったそうですよ。兄はもうすぐ死ぬんだろうなってこと。だから電話をしたとか」
瑠夏は相変わらず冷ややかで嘲笑的だった。
「自殺かも、知れないケド………多分、自殺だと思うケド、夏霞は関係ない。オレが舞夜の恋路をジャマしてた。舞夜のやり方も間違ってた。夏霞はただ、オレと舞夜に好きになられちゃっただけ。関係ない。夏霞が関係あるなんてことにして、舞夜の自殺に意味持たせるの、オレはすごくイヤだ。誰かの心に遺りたくて自殺したってやり口、オレは認めたくない」
「それは緋森さんのお気持ち表明で、緋森さんのお気持ちは訊いてないです」
祭夜は唇を噛む。
「夏霞ちゃんはもうオレたちのせいで傷付かなくていい……」
夏霞は罪悪感でいっぱいになった。祭夜はまだ自分を信じようとしている。
「オレ、夏霞ちゃんがこんなヤバいコトになってたの知らなかった。舞夜と2人きりにしちゃったコトもある。怖かったよね、不安だったよね、ゴメン。謝っても足んない」
夏霞は祭夜にしがみついた。彼の謝ることではない。彼は無警戒だったわけではない。気を遣い、配慮していた。それでも家の事情も夏の天気もその日その時で移り変わり、上手くこなせないことはある。
祭夜を見つめていると首輪のリードを使わず切り乱れた髪の毛で手繰り寄せられる。
「やめろ!やめろよ!乱暴はするな!」
祭夜が暴れベッド柵もスプリングもマットレスもシーツさえもが騒いだ。夏霞は眉を顰め瑠夏の顔に近付けられる。
「夏霞お姉さん。僕の要求忘れましたか。元カレと楽しく惚気ろなんて僕言っていません。これが前戯ですか?それなら別にいいですけど」
「夏霞ちゃんを放せっ!」
瑠夏は身動きのとれない祭夜に夏霞を投げた。彼を踏まないように手をつく。毛先が祭夜の肌を掃く。ふわりと嗅ぎ慣れて肌の奥まで染み込み、情動にまで響く、緋森家の匂いがした。
「祭夜ちゃん」
彼の肌を嗅いだ。彼が家で使っているボディーソープや愛用している制汗剤も薄らと薫っている。
「夏霞ちゃんの匂い………夏霞ちゃん。力抜けちゃうよ」
「汗臭いから嗅がないで」
祭夜の匂いを存分にすんすんと嗅いでおきながら夏霞は猫撫で声で禁止した。
「いい匂いだよ。興奮しちゃうから………ダメ。嗅いじゃう」
甘えた調子で彼はくんくんと鼻を鳴らした。子犬みたいで、多少の恥ずかしさはあれど、本音のところは不快ではない。むしろ彼に匂いを確かめられ、吸われていることに微かな羞恥混じりの朧げな興奮があった。そこに気持ち悪さも拒否感もない。
「好きだよ、祭夜ちゃん」
好きな香気に蕩かされ、彼女は抑えきれない情念を口にしていた。胸の奥の大きな腫物の苦しさから逃れる方法だった。
「夏霞ちゃん……」
「キスしていい?」
「ダメ。いっぱい好きになっちゃうから、ダメ。夏霞ちゃんから、離れられなくなっちゃうよ……?」
彼のその懸念に応えた。倒れ込むように唇を吸う。身体の境界線を失いかける。弾力と質感を少しずつ角度を変えて愉しむ。
「は………ぅ、」
声を漏らす想人に夢中になった。付き合っていたのは過去だ。恋心は未だに日々募っている。交際していた時よりも強く濃くなっている。抑圧はもう利かない。匂いのする距離、目の前にその相手がいて、触れられる。暴走している自身に気付きながら止められなかった。
「夏霞ちゃん………」
一度離れる。それでも鼻先が触れ合いそうなほど近い。祭夜の溶けかけたキャラメルみたいな目には艶めいた輝きがある。
「もっとして、いい?イヤなら、しない。でも………したい」
嫌がるのなら無理強いはしない。だが彼の甘い菓子を彷彿とさせる眼に欲が灯って見えるのは都合の良い解釈なのだろうか。
「夏霞ちゃ………っ、もう引けない。オレずっと、夏霞ちゃんのコト追っかけるよ、夏霞ちゃ………っオレ、夏霞ちゃんのコト、困らせる、から………っ」
「祭夜ちゃん」
一度色気も艶っ気もない接吻を頬に落とす。
「僕、勉強するんで好きにやっていてください」
瑠夏はとうとう横槍を入れた。彼は椅子を弾いて参考書を開き、本当に勉強をはじめた。シャープペンシルではなく鉛筆を使っている。紙面が黒鉛を削っていく。夏霞は年相応の後ろ姿を瞥見し、祭夜に戻る。
「夏霞ちゃんとずっとここにいる」
「そんなことできないよ、祭夜ちゃん」
「気持ち良すぎて訳分かんなくなって、いっぱい出した後は、冷静になって、もうえっちはいいやって思ってるのに気持ちは夏霞ちゃんから離れらんないんだよ?いやだよ。そんな虚しいの、イヤ………」
夏霞は祭夜の駄々に弱い。彼もそれを分かっているのか、凹んだ貌をする。眉を下げ、クリームブリュレの上辺に似た双眸は潤み、唇を尖らせる。不安に耐え切れず怯える子犬のような声も夏霞を簡単に虜にしてしまう。今にも口付けてしまいたくなるのを堪え、夏霞は自分の不自由な腕を伸ばし、祭夜の手枷に触れた。瑠夏は勉学に励んでいる。参考書とノートを白く小さな顎が往復している。
「夏霞ちゃん」
「祭夜ちゃん、大好きだよ」
「オレのコト、守ろうとしてくれてたんだよね。ありがと、夏霞ちゃん。それで、ゴメン。ゴメンね、夏霞ちゃん」
祭夜を縛る縄を目にして夏霞は解放できないことを悟った。縄は火で炙られた跡があり、繊維同士癒着している。刃物が必要だ。
「だめだよ、祭夜ちゃん。外せない」
「夏霞ちゃんとここにいる!」
「そんなの、ムリ。わたしもずっと一緒に居たいけれど、祭夜ちゃんのことは解放したい。こんなことに巻き込んでごめんね。わたしのこと、恨んでね」
制限された手で彼の乾いた唇を触った。無知な子供よろしくきょときょとしている。
「夏霞ちゃんが居ないんじゃ、外出れても嬉しくない」
彼の視線を断ち切った。口で愛でた膨らみを触れる。今は凪いでいる。両手で柔らかく揉みしだく。
「祭夜ちゃん、ごめんね」
「ごめんね、じゃないもん。オレ、夏霞ちゃんのコト守りたかったのに、守ってもらってた」
また布の下のものを出して、唇で柔く食んだ。汗と祭夜とボディソープの香りがする。
「夏霞ちゃ……っぁ」
「守ったうちに入らないよ。祭夜ちゃんのくれた幸せのほうがずっと大きかった。だから大丈夫。大切な思い出にできるから」
舐め上げるとよじれる腰が可愛らしかった。後退ろうとしている。
「ヤダ、ヤダ、夏霞ちゃん!やめて!」
「わたし祭夜ちゃんのコト大好きだから、傷付かないでね。大好きだけど、わたしと一緒にいる祭夜ちゃんは、多分幸せにはなれないんだよ」
ぶるぶると首を触れども、感情と口先に反し、夏霞に慈しまれる箇所は欲が育っている。
「夏霞ちゃんとなら不幸でいいよ!夏霞ちゃんと不幸になりたい。それがオレの幸せ……オレのコト足蹴にして踏み台にしていいから…………一緒にいて、別れたくない、好き………なんで、好きな人と一緒ならオレ地獄に堕ちるのも、デートだと思っちゃう」
「わたしはイヤ。祭夜ちゃんのこと背負えるほど強くない。自分が身を引いてでも、祭夜ちゃんのコト守りたいって思ってたのに、正直重くなっちゃって、逃げたくなっちゃった。わたし、祭夜ちゃんと祭夜ちゃんのお家、好きだな。大変なこととか、苦労して、悔しいこといっぱいあったと思うけれど、祭夜ちゃん、愛されて育ったんだなって思った。それを祭夜ちゃんは、周りの人にも惜しみなく与えられる優しくて素敵な人だから、そこまで全部背負うの、わたし、できない」
彼の嫌がる睦事に何の意味があるだろうか。口淫はただの接触になってしまう。感情が逆巻く。
「舞夜さんのこと……わたしどうしても、祭夜ちゃんが良かった。祭夜ちゃんじゃなきゃイヤだった。カラダは許しちゃったけど、ココロまで祭夜ちゃんのこと裏切るのイヤだったから、わたしあの人のこと拒絶したの。その結果がこれだよ?あの人に、一緒に死のうって言われたの、包丁向けられて。あの人は結局自分1人で死ぬって言ったけど、わたしと祭夜ちゃんの間には自分の死があるから忘れるなって、あの人言ったんだ……わたしが閉じ込められる前の話。祭夜ちゃんに別れようって言ったときのこと。わたし、それが怖くて、別れてって言ったの」
瑠夏の手が止まった。祭夜も驚いている。
「わたしが嘘でも気があるフリしてれば、舞夜さん死ななくて済んだかも知れないの、わたしだって分かってるよ。でも祭夜ちゃんのこと一回裏切ってる。あの時も舞夜さんに乱暴されて、でも言えなかった。祭夜ちゃんにだけは嫌われたくなかったから。言わなくて良かったと思った。だって2人はいとこだったんだもの。お家の事情に赤の他人がヒビ入れられるわけないでしょう?」
拗ねたような口調になる。自己を開示するつもりで、祭夜に対しても壁を作ろうとしている。しかしすべての気を緩めれば氾濫する気がした。大切なことも話せないまま。
「すごく逃げたかった。祭夜ちゃんのこと好きなのに、また祭夜ちゃんと距離置くことになるのかなって思った。もう祭夜ちゃんは知ってるよね?舞夜さんと一緒に撮られた写真見せられたでしょう?わたし、クリニック行ったんだ。高校生の時は行けなくて、祭夜ちゃんと距離置くしかできなかったから。祭夜ちゃん宅行ったのにしなかった日が続いたの覚える?あれはね、副作用がつらかったから。でね、わたしそこのクリニックで、カレシにされたんですって説明しかできなかった。祭夜ちゃん何も悪くないのに、カレシでもない相手に無理強いされたってこと言えなくて。自分で分かってるのに認めたくなかった、レイプされたってこと。病院の人は祭夜ちゃんのこと分かるはずないのに、祭夜ちゃんのこと貶めて……わたし、そういう女だから。舞夜さん死んだの、わたしが上手く躱せなかったせいだし、祭夜ちゃんは何にも知らないところで悪者になってくの。もうわたし、背負いきれない。好きって気持ちより、重いな、守りきれないなって気持ちのほうが大きくなっちゃって。そんな女と地獄に堕ちたいなんて、やっぱり重い。嬉しいけど、現実的に考えて、すごく重い。またあなたのお家に招待されたりしたら、きっと息が詰まると思う。こんなこと話したら、祭夜ちゃんは優しいから気にするよね、ひとりで考えちゃうよね。でもわたしもそろそろ限界で、祭夜ちゃんには次の恋に進んで欲しい。もう隠すものないよ、わたし。ごめんね、祭夜ちゃん。あなたは何も悪くないから、わたしのことは思い出さないで」
長話の最中に放っておかれ衰えたものを扱いた。
「い、やだ、夏霞ちゃん!いやだっ!頼りになんなくてゴメン。守れなくて……」
「頼りにならなかったわけじゃない。わたしが今まで話さなかっただけのこと」
肌の摩擦は赤みを帯びるだけだった。膨張することなく、痛々しく染まる。他の男に散々弄ばれた女の肌で興奮する趣味は彼にはないのだろう。涙が落ちるがすぐに拭いた。乾かそうと目を見開く。喋っては瓦解する。
「元カレさんも、僕と同じになってしまいましたか」
瑠夏が振り向いた。椅子から立ち、夏霞のもとへやってくる。彼女の小さな顎を掬った。
「夏霞ちゃんに、触んなッ!」
瑠夏は外野からの声を無視して彼女を優しく抱き締める。
「仕方ありませんよ。貞淑だと信じてやまなかったカノジョの浮気が数年前にも遡るんですからね。そんな穢れたカラダなら勃たなくもなります。夏霞お姉さん……また壊しちゃったね?」
耳元で囁かれる。華奢な肩の上で夏霞は小さく震え、涙を溢した。
「ペニスくんとしての役目も果たせないようなら解放します」
「お願い、そうして。もう二度と、祭夜ちゃんに酷いことしないで」
「お涙頂戴のラブロマンス、最高に薄ら寒かったです」
瑠夏は祭夜の上に夏霞を薙ぎ倒す。夏霞は祭夜の胸元に一纏めにされた両手を置いた三つ這いになり、彼の上に被さる。
「勃たないわけないですよね。好きな女が犯されてひぃひぃ鳴いていることに、男は種の競争心を煽られるわけです。舞夜さんのキモチ、味わってみます?大好きな女が他の人間にヨがり狂う様を傍観するっていう」
「や………めろ!」
祭夜が怒鳴った。夏霞は目を閉じる。
「夏霞お姉さんが約束守れないのがいけないんですよ。逆に1つでも約束守ったこと、あるんですか。緋森さんをそのままレイプすれば良かったのに」
少年の生白い腕が黒のタンクトップの下へ潜っていく。緩んだブラジャーに隠れている膨らみを両の掌中に納める。獣の交わりの如く、高校生の長身痩躯が彼女の背中に沿っている。乱暴に胸を揉まれ、その様を好きな男に晒している。
「祭夜ちゃ………ん」
戸惑い、驚いている祭夜の視線とぶつかったまま切り離せない。冷たい手が小さな蕾を掌で然りげ無く掠め、彼女は眉も目も蕩かせる。
「夏霞ちゃん………っ」
「さ………やちゃ、ああっ……!」
躾とばかりに焦らされた膨らみを同時に摘まれ。頭と下半身に響く快感が広がり陶酔した。いつもよりも感じている。それは即物的な原因だけではない。目の前に祭夜がいる。他の者に触られながら好きな男を見つめ性感を研ぎ澄ませている。自分のいやらしさを彼女はいやでも知ってしまった。
「おっぱいイきしましょう。元カレの前で」
脚の間が熱く滲んでいく。胸の色付きをくすぐられ、実りを的確に捏ねられると、背を反らし、腰を上げ、甘い声が喉を灼く。
「だ……め……っぁあ……」
祭夜の瑞々しく張りのある皮膚に爪を立てかけた。彼の腕が開放されるのなら手を繋ぎたくなった。この腕が自由になるのならば抱き締めてしまいたかった。リズムよく刺激され、搾乳されている心地になる。目の前ないる男の手の大きさや仕草、体温とは違う。しかし夏霞の理性と快感の掻き混ぜられた頭は物理を無視し、背後に祭夜の影を置く。いじめると可愛らしい子犬が、狼になっている。彼の乳牛になりたいとさえ思ってしまった。彼に搾られ、彼にだけ飲まれる。下腹部が蟠る。指の関節と関節でこりこりと擂られる。彼のためにミルクを噴いている気がした。悍ましい妄想に焚きつけられる。
「ぁ……っうんっ、!」
目の前で捕まっている男の眼も妖しく照る。冷たい指の腹の狭間で擂り潰され夏霞は浅く快楽の沼に足を踏み入れてしまった。
「軽くイきましたか」
「祭夜ちゃ………や、ぁんっ!」
強く抓られるのも鋭い快楽になった。熱く疼き、腹の中の滲みが増す。
「元カレをおかずに乳首イきなんて変態ですね」
耳元で瑠夏の揶揄が聞こえた。
「夏霞ちゃん………」
「祭夜ちゃん。ごめんね、こんなことに巻き込んで、ごめんなさい」
「そんなコトどうでもいいよ。夏霞ちゃん、顔の傷何?髪の毛どしたの」
彼はまたもや手枷の存在を忘れ、反動でベッドに引き寄せられる。
「そろそろ毛先傷んできたからさ。セルフカットしようと思ったら失敗しちゃって」
毛先を摘んで笑って見せる。口角の傷が開く。
「嘘ヤダ。夏霞ちゃん、嘘ヤダよ。夏霞ちゃん」
夏霞は困惑を浮かべ唇を尖らせた。
「ホントは殴られたの?」
「うん。でも平気だから。可愛くないトコ見せちゃって恥ずかしいな」
彼は子供みたいに首を振って否定した。
「夏霞ちゃんが痛い痛いなのが悲しいだけ……南波くん」
祭夜が目を側め、夏霞もやっとここにもう1人居たことを思い出す。しかし一瞥もくれなかった。
「夏霞のコトを殴るな。代わりにオレを殴れ」
瑠夏を煽ろうとする祭夜の視界を奪う。
「ダメ。わたし大丈夫だから。わたしの蒔いた種なんだし。祭夜ちゃんが殴らるなんて絶対いや」
「夏霞ちゃんが殴られるよりいいもん。夏霞ちゃん、お願いだからムリしないで。お願いだから。夏霞ちゃんがムリするの、一番ツラいよ」
夏霞の髪が引っ張られる。祭夜から離される。彼の醤油飴みたいな目が見開かれた。
「やめろ!やめてよ!夏霞ちゃんにヒドいコトするな!」
元恋人の喚きに瑠夏は喜んでいた。夏霞はベッドから引き摺り下ろされ、床に転げていた。
「大丈夫、祭夜ちゃん。大丈夫だから、心配しないで」
「僕の要求は覚えていますね」
肩を踏まれている。足蹴にはされたが、踏まれるとは思わなかった。
「うん………ちゃんとやる。祭夜ちゃんが悲しむから、もう殴らないで」
「夏霞ちゃん……」
彼女は瑠夏の足の下から抜け出し、ベッドに戻る。
「祭夜ちゃん。ごめんね。えっちしよう」
言われた側はきょとんとしている。
「夏霞ちゃん………?」
「祭夜ちゃんは、ただ感じてて。気持ち良くなるように頑張るから」
彼の引き締まった上半身を纏められた手でなぞった。
「夏霞ちゃ………オレ、夏霞ちゃんともう付き合ってない。付き合ってないのに、夏霞ちゃんとそういうコトしたくない」
「祭夜ちゃん。ごめんね」
「今でも諦めきれてないんだ。もっともっと好きになって、離れられなくなっちゃうよ」
祭夜の目が夏霞から逸らされる。合意は得られなかった。瑠夏を振り返る。冷ややかな眼差しは中断を許さない。
「祭夜ちゃん」
彼の首を腕の輪の中に入れる。
「したくないケド、夏霞ちゃんに触られたら勃っちゃう。夏霞ちゃん、やだ」
「ごめんね。チュウするの、いい?しない?」
「しない」
拗ねた声を出して祭夜は鼻先を背けてしまう。夏霞は今の自分の姿を思い出した。髪を粗放に切られ、顔は鼻血だけでなく痣や傷があり腫れている様子もある。そういう顔の女に迫られて、ノーマルな性癖と思しき祭夜が昂るはずはない。
「目、閉じて。可愛い子のこと………考えてて」
「夏霞ちゃんがいい。夏霞ちゃんがいい、ケド………こんなの、いやだよぉ」
無理強いができなかった。祭夜の胸で夏霞は逡巡する。
「祭夜ちゃん。あのね、したら祭夜ちゃんのこと、解放してくれるって約束したの」
「じゃあずっとここにいる。ずっと夏霞ちゃんとここにいたい。しない。夏霞ちゃんとずっとここにいる」
ここがどこで誰の場所かも忘れてしまった。祭夜といるとたびたびそういうことが起こる。
「そんなことできないよ」
「夏霞ちゃんといる。夏霞ちゃんと居られるなら、しない」
祭夜は駄々を捏ねる。困惑と同時に、草木が萌ゆるようなエネルギーを胸に感じてしまう。可愛いと思ってしまう。現状も忘れて。
「祭夜ちゃん、困らせないで」
「困って!オレで困ってよ、夏霞ちゃん。オレのコト忘れないで。オレから離れないで、オレのコトで困ってよ。夏霞ちゃんが好きなの。しなくてもいいから、ずっと一緒がいい。オレのコトだけ考えてよ。夏霞ちゃん、好き」
流されかけたが、彼に触れようとした手が不自由なことで今の状況を思い出す。
「何をぐずぐずしているんです。貴方もレイプすればいいんですよ、夏霞お姉さん。裏で勝手に穴兄弟を増やしていたんですから、今更でしょう。浮気もひとつのレイプです」
「夏霞になんてコト言うんだ!謝れ!謝れよ!」
「大丈夫、大丈夫だよ、祭夜ちゃん。わたし、何言われても平気だから、刺激しちゃだめっ!」
瑠夏は鼻を鳴らした。
「緋森さんも緋森さんです。夏霞お姉さんに抱かれてください。それで緋森さんは解放します」
「夏霞を自由にしてくれ。オレのコトはいいから。夏霞をもう苦しめるな。オレが謝るから。オレが何にも気付かないで夏霞を独り占めしてたコト、謝るから。舞夜と仲良かったんだろ?オレのせいで舞夜が死んだから、恨んでるんだろ?」
「的外れなんですよ。舞夜さんとは別に仲良くありません。それから舞夜さんが死んだのはどちらかといえば夏霞お姉さんのせいなんじゃないですか。そして僕は別に緋森さんからの謝罪は求めていません。何せ緋森さん、実際夏霞お姉さんのコト独り占めできてないじゃないですか。緋森さんの前で清楚を装っていても、僕に舐められてイかされて、舞夜さんに抱かれてイかされてるんですから」
夏霞は耳を塞ぎたくなった。祭夜には聞かせたくない生々しい話だ。彼の顔が見られない。夏霞にとって辱められているのは自分ではなく彼だ。
「黙れよ!」
「だってそうでしょう。今の僕の言葉、概ね事実ですよね、夏霞お姉さん」
事実に対して頷けなかった。俯いてしまう。
「いいよ、夏霞ちゃん。答えなくて」
あくまで祭夜の声音は優しかった。
「舞夜は事故で死んだんだ。有る事ない事噂されんのは仕方ないケド、部外者の分際でおかしなコト言うなよ。それに、オレにとって夏霞はやっぱり清楚で優しい、いい子だ」
怒気を向けられても瑠夏は気にしたふうもない。
「まぁ、鯉月さん―海夜さんは自殺だと話していましたけれどもね。最期に電話をしたの、海夜さんだそうですね。顔見た時に分かったそうですよ。兄はもうすぐ死ぬんだろうなってこと。だから電話をしたとか」
瑠夏は相変わらず冷ややかで嘲笑的だった。
「自殺かも、知れないケド………多分、自殺だと思うケド、夏霞は関係ない。オレが舞夜の恋路をジャマしてた。舞夜のやり方も間違ってた。夏霞はただ、オレと舞夜に好きになられちゃっただけ。関係ない。夏霞が関係あるなんてことにして、舞夜の自殺に意味持たせるの、オレはすごくイヤだ。誰かの心に遺りたくて自殺したってやり口、オレは認めたくない」
「それは緋森さんのお気持ち表明で、緋森さんのお気持ちは訊いてないです」
祭夜は唇を噛む。
「夏霞ちゃんはもうオレたちのせいで傷付かなくていい……」
夏霞は罪悪感でいっぱいになった。祭夜はまだ自分を信じようとしている。
「オレ、夏霞ちゃんがこんなヤバいコトになってたの知らなかった。舞夜と2人きりにしちゃったコトもある。怖かったよね、不安だったよね、ゴメン。謝っても足んない」
夏霞は祭夜にしがみついた。彼の謝ることではない。彼は無警戒だったわけではない。気を遣い、配慮していた。それでも家の事情も夏の天気もその日その時で移り変わり、上手くこなせないことはある。
祭夜を見つめていると首輪のリードを使わず切り乱れた髪の毛で手繰り寄せられる。
「やめろ!やめろよ!乱暴はするな!」
祭夜が暴れベッド柵もスプリングもマットレスもシーツさえもが騒いだ。夏霞は眉を顰め瑠夏の顔に近付けられる。
「夏霞お姉さん。僕の要求忘れましたか。元カレと楽しく惚気ろなんて僕言っていません。これが前戯ですか?それなら別にいいですけど」
「夏霞ちゃんを放せっ!」
瑠夏は身動きのとれない祭夜に夏霞を投げた。彼を踏まないように手をつく。毛先が祭夜の肌を掃く。ふわりと嗅ぎ慣れて肌の奥まで染み込み、情動にまで響く、緋森家の匂いがした。
「祭夜ちゃん」
彼の肌を嗅いだ。彼が家で使っているボディーソープや愛用している制汗剤も薄らと薫っている。
「夏霞ちゃんの匂い………夏霞ちゃん。力抜けちゃうよ」
「汗臭いから嗅がないで」
祭夜の匂いを存分にすんすんと嗅いでおきながら夏霞は猫撫で声で禁止した。
「いい匂いだよ。興奮しちゃうから………ダメ。嗅いじゃう」
甘えた調子で彼はくんくんと鼻を鳴らした。子犬みたいで、多少の恥ずかしさはあれど、本音のところは不快ではない。むしろ彼に匂いを確かめられ、吸われていることに微かな羞恥混じりの朧げな興奮があった。そこに気持ち悪さも拒否感もない。
「好きだよ、祭夜ちゃん」
好きな香気に蕩かされ、彼女は抑えきれない情念を口にしていた。胸の奥の大きな腫物の苦しさから逃れる方法だった。
「夏霞ちゃん……」
「キスしていい?」
「ダメ。いっぱい好きになっちゃうから、ダメ。夏霞ちゃんから、離れられなくなっちゃうよ……?」
彼のその懸念に応えた。倒れ込むように唇を吸う。身体の境界線を失いかける。弾力と質感を少しずつ角度を変えて愉しむ。
「は………ぅ、」
声を漏らす想人に夢中になった。付き合っていたのは過去だ。恋心は未だに日々募っている。交際していた時よりも強く濃くなっている。抑圧はもう利かない。匂いのする距離、目の前にその相手がいて、触れられる。暴走している自身に気付きながら止められなかった。
「夏霞ちゃん………」
一度離れる。それでも鼻先が触れ合いそうなほど近い。祭夜の溶けかけたキャラメルみたいな目には艶めいた輝きがある。
「もっとして、いい?イヤなら、しない。でも………したい」
嫌がるのなら無理強いはしない。だが彼の甘い菓子を彷彿とさせる眼に欲が灯って見えるのは都合の良い解釈なのだろうか。
「夏霞ちゃ………っ、もう引けない。オレずっと、夏霞ちゃんのコト追っかけるよ、夏霞ちゃ………っオレ、夏霞ちゃんのコト、困らせる、から………っ」
「祭夜ちゃん」
一度色気も艶っ気もない接吻を頬に落とす。
「僕、勉強するんで好きにやっていてください」
瑠夏はとうとう横槍を入れた。彼は椅子を弾いて参考書を開き、本当に勉強をはじめた。シャープペンシルではなく鉛筆を使っている。紙面が黒鉛を削っていく。夏霞は年相応の後ろ姿を瞥見し、祭夜に戻る。
「夏霞ちゃんとずっとここにいる」
「そんなことできないよ、祭夜ちゃん」
「気持ち良すぎて訳分かんなくなって、いっぱい出した後は、冷静になって、もうえっちはいいやって思ってるのに気持ちは夏霞ちゃんから離れらんないんだよ?いやだよ。そんな虚しいの、イヤ………」
夏霞は祭夜の駄々に弱い。彼もそれを分かっているのか、凹んだ貌をする。眉を下げ、クリームブリュレの上辺に似た双眸は潤み、唇を尖らせる。不安に耐え切れず怯える子犬のような声も夏霞を簡単に虜にしてしまう。今にも口付けてしまいたくなるのを堪え、夏霞は自分の不自由な腕を伸ばし、祭夜の手枷に触れた。瑠夏は勉学に励んでいる。参考書とノートを白く小さな顎が往復している。
「夏霞ちゃん」
「祭夜ちゃん、大好きだよ」
「オレのコト、守ろうとしてくれてたんだよね。ありがと、夏霞ちゃん。それで、ゴメン。ゴメンね、夏霞ちゃん」
祭夜を縛る縄を目にして夏霞は解放できないことを悟った。縄は火で炙られた跡があり、繊維同士癒着している。刃物が必要だ。
「だめだよ、祭夜ちゃん。外せない」
「夏霞ちゃんとここにいる!」
「そんなの、ムリ。わたしもずっと一緒に居たいけれど、祭夜ちゃんのことは解放したい。こんなことに巻き込んでごめんね。わたしのこと、恨んでね」
制限された手で彼の乾いた唇を触った。無知な子供よろしくきょときょとしている。
「夏霞ちゃんが居ないんじゃ、外出れても嬉しくない」
彼の視線を断ち切った。口で愛でた膨らみを触れる。今は凪いでいる。両手で柔らかく揉みしだく。
「祭夜ちゃん、ごめんね」
「ごめんね、じゃないもん。オレ、夏霞ちゃんのコト守りたかったのに、守ってもらってた」
また布の下のものを出して、唇で柔く食んだ。汗と祭夜とボディソープの香りがする。
「夏霞ちゃ……っぁ」
「守ったうちに入らないよ。祭夜ちゃんのくれた幸せのほうがずっと大きかった。だから大丈夫。大切な思い出にできるから」
舐め上げるとよじれる腰が可愛らしかった。後退ろうとしている。
「ヤダ、ヤダ、夏霞ちゃん!やめて!」
「わたし祭夜ちゃんのコト大好きだから、傷付かないでね。大好きだけど、わたしと一緒にいる祭夜ちゃんは、多分幸せにはなれないんだよ」
ぶるぶると首を触れども、感情と口先に反し、夏霞に慈しまれる箇所は欲が育っている。
「夏霞ちゃんとなら不幸でいいよ!夏霞ちゃんと不幸になりたい。それがオレの幸せ……オレのコト足蹴にして踏み台にしていいから…………一緒にいて、別れたくない、好き………なんで、好きな人と一緒ならオレ地獄に堕ちるのも、デートだと思っちゃう」
「わたしはイヤ。祭夜ちゃんのこと背負えるほど強くない。自分が身を引いてでも、祭夜ちゃんのコト守りたいって思ってたのに、正直重くなっちゃって、逃げたくなっちゃった。わたし、祭夜ちゃんと祭夜ちゃんのお家、好きだな。大変なこととか、苦労して、悔しいこといっぱいあったと思うけれど、祭夜ちゃん、愛されて育ったんだなって思った。それを祭夜ちゃんは、周りの人にも惜しみなく与えられる優しくて素敵な人だから、そこまで全部背負うの、わたし、できない」
彼の嫌がる睦事に何の意味があるだろうか。口淫はただの接触になってしまう。感情が逆巻く。
「舞夜さんのこと……わたしどうしても、祭夜ちゃんが良かった。祭夜ちゃんじゃなきゃイヤだった。カラダは許しちゃったけど、ココロまで祭夜ちゃんのこと裏切るのイヤだったから、わたしあの人のこと拒絶したの。その結果がこれだよ?あの人に、一緒に死のうって言われたの、包丁向けられて。あの人は結局自分1人で死ぬって言ったけど、わたしと祭夜ちゃんの間には自分の死があるから忘れるなって、あの人言ったんだ……わたしが閉じ込められる前の話。祭夜ちゃんに別れようって言ったときのこと。わたし、それが怖くて、別れてって言ったの」
瑠夏の手が止まった。祭夜も驚いている。
「わたしが嘘でも気があるフリしてれば、舞夜さん死ななくて済んだかも知れないの、わたしだって分かってるよ。でも祭夜ちゃんのこと一回裏切ってる。あの時も舞夜さんに乱暴されて、でも言えなかった。祭夜ちゃんにだけは嫌われたくなかったから。言わなくて良かったと思った。だって2人はいとこだったんだもの。お家の事情に赤の他人がヒビ入れられるわけないでしょう?」
拗ねたような口調になる。自己を開示するつもりで、祭夜に対しても壁を作ろうとしている。しかしすべての気を緩めれば氾濫する気がした。大切なことも話せないまま。
「すごく逃げたかった。祭夜ちゃんのこと好きなのに、また祭夜ちゃんと距離置くことになるのかなって思った。もう祭夜ちゃんは知ってるよね?舞夜さんと一緒に撮られた写真見せられたでしょう?わたし、クリニック行ったんだ。高校生の時は行けなくて、祭夜ちゃんと距離置くしかできなかったから。祭夜ちゃん宅行ったのにしなかった日が続いたの覚える?あれはね、副作用がつらかったから。でね、わたしそこのクリニックで、カレシにされたんですって説明しかできなかった。祭夜ちゃん何も悪くないのに、カレシでもない相手に無理強いされたってこと言えなくて。自分で分かってるのに認めたくなかった、レイプされたってこと。病院の人は祭夜ちゃんのこと分かるはずないのに、祭夜ちゃんのこと貶めて……わたし、そういう女だから。舞夜さん死んだの、わたしが上手く躱せなかったせいだし、祭夜ちゃんは何にも知らないところで悪者になってくの。もうわたし、背負いきれない。好きって気持ちより、重いな、守りきれないなって気持ちのほうが大きくなっちゃって。そんな女と地獄に堕ちたいなんて、やっぱり重い。嬉しいけど、現実的に考えて、すごく重い。またあなたのお家に招待されたりしたら、きっと息が詰まると思う。こんなこと話したら、祭夜ちゃんは優しいから気にするよね、ひとりで考えちゃうよね。でもわたしもそろそろ限界で、祭夜ちゃんには次の恋に進んで欲しい。もう隠すものないよ、わたし。ごめんね、祭夜ちゃん。あなたは何も悪くないから、わたしのことは思い出さないで」
長話の最中に放っておかれ衰えたものを扱いた。
「い、やだ、夏霞ちゃん!いやだっ!頼りになんなくてゴメン。守れなくて……」
「頼りにならなかったわけじゃない。わたしが今まで話さなかっただけのこと」
肌の摩擦は赤みを帯びるだけだった。膨張することなく、痛々しく染まる。他の男に散々弄ばれた女の肌で興奮する趣味は彼にはないのだろう。涙が落ちるがすぐに拭いた。乾かそうと目を見開く。喋っては瓦解する。
「元カレさんも、僕と同じになってしまいましたか」
瑠夏が振り向いた。椅子から立ち、夏霞のもとへやってくる。彼女の小さな顎を掬った。
「夏霞ちゃんに、触んなッ!」
瑠夏は外野からの声を無視して彼女を優しく抱き締める。
「仕方ありませんよ。貞淑だと信じてやまなかったカノジョの浮気が数年前にも遡るんですからね。そんな穢れたカラダなら勃たなくもなります。夏霞お姉さん……また壊しちゃったね?」
耳元で囁かれる。華奢な肩の上で夏霞は小さく震え、涙を溢した。
「ペニスくんとしての役目も果たせないようなら解放します」
「お願い、そうして。もう二度と、祭夜ちゃんに酷いことしないで」
「お涙頂戴のラブロマンス、最高に薄ら寒かったです」
瑠夏は祭夜の上に夏霞を薙ぎ倒す。夏霞は祭夜の胸元に一纏めにされた両手を置いた三つ這いになり、彼の上に被さる。
「勃たないわけないですよね。好きな女が犯されてひぃひぃ鳴いていることに、男は種の競争心を煽られるわけです。舞夜さんのキモチ、味わってみます?大好きな女が他の人間にヨがり狂う様を傍観するっていう」
「や………めろ!」
祭夜が怒鳴った。夏霞は目を閉じる。
「夏霞お姉さんが約束守れないのがいけないんですよ。逆に1つでも約束守ったこと、あるんですか。緋森さんをそのままレイプすれば良かったのに」
少年の生白い腕が黒のタンクトップの下へ潜っていく。緩んだブラジャーに隠れている膨らみを両の掌中に納める。獣の交わりの如く、高校生の長身痩躯が彼女の背中に沿っている。乱暴に胸を揉まれ、その様を好きな男に晒している。
「祭夜ちゃ………ん」
戸惑い、驚いている祭夜の視線とぶつかったまま切り離せない。冷たい手が小さな蕾を掌で然りげ無く掠め、彼女は眉も目も蕩かせる。
「夏霞ちゃん………っ」
「さ………やちゃ、ああっ……!」
躾とばかりに焦らされた膨らみを同時に摘まれ。頭と下半身に響く快感が広がり陶酔した。いつもよりも感じている。それは即物的な原因だけではない。目の前に祭夜がいる。他の者に触られながら好きな男を見つめ性感を研ぎ澄ませている。自分のいやらしさを彼女はいやでも知ってしまった。
「おっぱいイきしましょう。元カレの前で」
脚の間が熱く滲んでいく。胸の色付きをくすぐられ、実りを的確に捏ねられると、背を反らし、腰を上げ、甘い声が喉を灼く。
「だ……め……っぁあ……」
祭夜の瑞々しく張りのある皮膚に爪を立てかけた。彼の腕が開放されるのなら手を繋ぎたくなった。この腕が自由になるのならば抱き締めてしまいたかった。リズムよく刺激され、搾乳されている心地になる。目の前ないる男の手の大きさや仕草、体温とは違う。しかし夏霞の理性と快感の掻き混ぜられた頭は物理を無視し、背後に祭夜の影を置く。いじめると可愛らしい子犬が、狼になっている。彼の乳牛になりたいとさえ思ってしまった。彼に搾られ、彼にだけ飲まれる。下腹部が蟠る。指の関節と関節でこりこりと擂られる。彼のためにミルクを噴いている気がした。悍ましい妄想に焚きつけられる。
「ぁ……っうんっ、!」
目の前で捕まっている男の眼も妖しく照る。冷たい指の腹の狭間で擂り潰され夏霞は浅く快楽の沼に足を踏み入れてしまった。
「軽くイきましたか」
「祭夜ちゃ………や、ぁんっ!」
強く抓られるのも鋭い快楽になった。熱く疼き、腹の中の滲みが増す。
「元カレをおかずに乳首イきなんて変態ですね」
耳元で瑠夏の揶揄が聞こえた。
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