18禁ヘテロ恋愛短編集「色逢い色華」

結局は俗物( ◠‿◠ )

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セルフ二次創作「色移り」 リボン結びの履歴書 ※現パロ(家庭教師)

リボン結びの履歴書 3

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 寝る前に起ったことはおそらく夢だったのだと片付けて向かった珊瑚の部屋には壊れたドアの代わりにビーズカーテンが垂れていた。暗幕も外されたらしく連なったガラス玉が中と外の光で輝いている。
「珊瑚くん、おはよう。入るよ。いいかな」
「待っ…ちょっと…」
 長い黒髪の美少女がベッドに小さく座っていた。ベロア素材の真っ黒いワンピースドレスにリボンやレース、暗い色味の大きな薔薇が装飾されている。霞は部屋を間違えたかと思った。
「おはよう、霞くん。妹を頼むよ。瑠璃ちゃんだよ。ああ、恥ずかしい弟が消えて精々したな!じゃ、仕事に行くよ。言っておくけど、うちに弟は要らないからね。可愛い妹の写真待ってるよ」
 次男は口元は笑っているが、麗かな目元はまったく笑いもせずに冷ややかな視線を長い黒髪で顔を隠す少女に向けて出て行った。
「瑠璃ちゃ…ん?よろしくね。珊瑚くんの家庭教師になった霞です。えっと、珊瑚くんのお姉さんかな。妹さん?」
 まったく顔を上げない様子は珊瑚よりも気難しそうな印象を受けた。男兄弟しかいないという話だったが記憶違いだったのかも知れない。
「珊瑚くんはどこかな。起きてるといいけれど。瑠璃ちゃん朝ごはん食べた?」
 黒い髪が左右に揺れた。後頭部に大きなリボンが付いている。
「じゃあ何か食べようか。キッチン使っていいかな。簡単なものなら作れるから」
 ね!と言って少女の白い手を取る。肉感が弟と似て硬い感じがした。しかし女の子ならば気を張らないでいられた。ダークな服装に合わないウサギ型の耳付きスリッパが可愛らしかった。廊下で次男の執事のような青年とすれ違う。彼は目を見張って少女を眺めた。
「おはようございます」
「おは、ようございます…あの、」
「瑠璃ちゃんと朝ごはんを、と思って。お台所借りてもいい?」
「え、ええ。どうぞ…」
 瑠璃ちゃんの白い手が霞の手を強く握った。
「瑠璃ちゃんはご飯がいい?パンかな。冷蔵庫失礼するね」
 瑠璃ちゃんはダイニングチェアに縮こまるように座ったきり一言も喋らなかった。廊下で別れた次男の執事然とした青年が戻ってきて、霞の真横に立った。
「彼女、かなり少食なのでよろしくお願いします。通常の半分くらいで」
 そっと耳打ちして彼は出て行った。瑠璃ちゃんはちらちらとその青年を目で追った。巨大な冷蔵庫には卵と牛乳、ベーコンやまだ新鮮な野菜、見たこともない調味料、それからタッパーに入った白米があった。庶民的な家電は揃っていたがどれも新品のように綺麗に磨かれていた。綺麗に光を反射している電子レンジで米を温め直す。
「チーズリゾットでいいかな。食べられそう?」
 オムライスも考えたが少食となるとチーズリゾットに軍配が上がった。瑠璃ちゃんは頷いた。
「珊瑚くんどこ行ったのかな。ちょっともう一回見てくるね」
 瑠璃ちゃんは黒い髪を揺らして立ち上がった。霞の元へ来て腕を引っ張る。ここに居て欲しい、行かないで欲しいと言わんばかりだった。
「行っちゃ嫌なの?分かった。じゃあ瑠璃ちゃんと一緒にいるね。珊瑚くん昨日の夜体調良くなかったみたいだから、ちょっと心配で。瑠璃ちゃんはお兄さんと仲良いんだね。わたしも弟いるけど、こういうことないから…どうしていいか…男兄弟だとやっぱり違うのかな」
 切ったベーコンをバターで炒め、白米を投入する。瑠璃ちゃんはカウンターの奥で萎縮したままだった。フライパンに牛乳とコンソメを入れて蒸す。瑠璃ちゃんはもう空気に潰されそうだった。
「知らない人と一緒で緊張しちゃった?ごめんね。暫くここのおうちにお世話になるから、仲良くしてくれると嬉しいな」
 美少女の強張った顔はダイニングテーブルを一点凝視して身動きひとつとらなかった。水分の飛んだフライパンにチーズを散りばめ、米に絡ませる。胡椒を振ったがあまり辛味を出さないように少量におさえ、代わりに醤油を少々混ぜ込んだ。
「少食って聞いてるから少なめに盛るけど、お替わりまだあるからね。朝はいっぱい食べておかないと昼まで持たないから」
 返事はない。対面に座ると霞も黙ってしまった。喋るのは元々得意ではなかった。静けさが反省を促し、霞を形のない目打ちでぷすぷすと刺した。いきなり無言になった家庭教師に瑠璃ちゃんもいくらか気遣わしげな、しかし警戒した視線をくれた。瑠璃ちゃんの皿に添えた木のスプーンはそこに佇んだままで、霞も一口食べたきりスプーンを置いた。味は騒ぐほど美味しくもなく食料の域を出ているほど不味くもなかった。味も見た目もただのチーズリゾットだった。見ようによっては昨晩片付けた吐物に似ていなくもない。
「ごめんね…うるさかったね。黙るね」
 またスプーンを動かした。瑠璃ちゃんは一向に食べる気配がなかった。自分の料理に喜ぶのは叔父と弟と夫だけだったのだ。それでさえ彼等の優しさだったのかもしれない。浮かれていた!狭い世界しか知らなかった。当然のように他人の家庭に持ち込んでしまつた。恥ずかしくなる。朝飯など作らなければよかった。任せておけばよかった。食パンでも焼いてジャムでも塗らせればよかったのだ。あの執事のような青年にコンビニエンスストアに遣わせてもらえばよかったのだ。
「残していいからね…」
 霞は固く笑ってチーズリゾットを口で片していく。味はやはりただ腹を満たすなら支障はなかったが、自分の作った料理という贔屓目が隠し味として効いてるに過ぎないのだろう。皿が空になる。すぐに洗って何も置かれていない水切りラックに掛けて置いた。瑠璃ちゃんはじっとしたままで、霞は珊瑚を探す旨を告げて彼女をひとりにした。
 珊瑚は見当たらず、何をしに夫と離れたのかも分からなくなった。彼の部屋に居座るのも悪い気がして廊下で日に当たりながら蹲る。中途半端なことをするのなら叔父の顔を立てようなどと思わずに断っておいたほうがむしろ綺麗に片付いたはずだ。自己嫌悪と反省、後悔を太陽は滅菌しなかった。ビーズカーテンの反射が高級そうな廊下の絨毯に安っぽげな玉を映している。
「霞さん」
 夫の質感を残した声で呼ばれ霞は項垂れた頭を上げた。後頭部が日光で温まっている。
「こちらに着替えるようにと」
 出社した次男が命じたらしかった。執事のような青年から真っ黒いドレスのようなものとフリルの付いたエプロンを渡される。サブカルチャー特集で見たことがある。絵に描いたようなメイド服だった。それが似合いそうなこの豪邸のハウスキーパーだってそのような制服は着ていない。
「何、これ…」
「メイド服だそうです。今日一日これを着て過ごすようにと。お召物はこちらで預かりますので」
「どうして、着替える必要があるんです…」
 執事らしき青年は答えなかった。渡された衣装を押し返す。
「それより珊瑚くんを知りませんか。どこにもいなくて」
「お台所にもいらっしゃいませんでしたか」
「はい」
 焦茶色の双つの眼差しは霞を不審げに射抜いた。
「瑠璃様はどちらに」
「まだキッチンにいると思います」
「ではわたくしのほうで珊瑚様をお探しいたしますので当分は瑠璃様のお相手をよろしくお願いします」
 それからこちらを。彼はメイド服を霞へ渡す。
「着替えません…」
「お着替えください。お願いします」
「…恥ずかしいです、こんな…イベントの時に着るものでしょう」
「力尽くでも着せるようにと仰せつかっております。」
 彼は白い手袋を嵌め直す。霞はメイド服を抱いた。
「着替えてきます…」
「ご協力感謝します」
 執事のような男は監視するように後ろをついてきた。
「あの…着替えます」
「ファスナーが後ろにありますので、上げさせていただきます」
「け、結構です」
 霞は借りた部屋の前で扉を閉めた。溜息を吐いて黒いドレスを着た。襟と袖が白い生地で折返し、金色のボタンが付いている。ファスナーは途中まで上がったが背中にまで手が届かなかった。扉を小さく開けた。廊下に青年が立っている。
「ファスナー、上げてください…」
「はい」
 執事然とした青年を部屋に迎えた。背を向ける。ファスナーを摘まれ、閉まっていく振動が伝わった。
「素敵です。エプロンも掛けさせてください。後ろで結びます」
 ベッドに投げた大きなフリルの付いたエプロンを掛けられ、背中で結ばれる。締められる感触が心地良かった。
「瑠璃ちゃんのところに行きます。ありがとうございました」
 青年の腕から抜けてキッチンに向かったが誰もいなかった。皿にはリゾットを盛った時のまま残してあった。口に合わなかったのかもしれない。しかし手を付けた形跡もなかった。年頃の女の子は痩せていた。ダイエット中なのかも知れない。勿体無いとは思ったが暫く外気に触れて放置されていたリゾットを直視出来ずにダストボックスへ捨ててしまう。明日からは余計なことはしないと決めた。そして瑠璃ちゃんの姿を探したが見つからず、執事らしき青年に任せた珊瑚を訪ねた。彼の部屋に彼自身の姿はなかったが瑠璃ちゃんの姿があった。黒く長い睫毛に縁取られた目を見開いて瑠璃ちゃんは霞を爪先から脳天まで眺めた。無言のまま、何をしていいのかも分からないでいた。珊瑚の状況は聞いているため教材から教えられたが瑠璃ちゃんについて何も情報を得ていなかった。
「瑠璃ちゃん、何か学校で分からないこととかある?何か相談ごとでも…おうちのことでもいいし…」
 珊瑚の部屋に入り浸っているのなら、仲が良いのかも知れない。次男と三男の板挟みということもある。霞の叔父の親族も少しぎすぎすしている。しかしそれ以上に今、自分が瑠璃ちゃんとぎすぎすしていた。
「何か、ないかな…」
 美少女は黒髪を揺らして頷いた。何もないらしかった。
「…そう」
 霞は項垂れ、瑠璃ちゃんは冷たい眼差しをくれるだけだった。何をしに来たのかも分からなくなる。
「瑠璃ちゃん何も食べてないよね。リンゴか何か剥いてくる」
 室内の沈黙と所在なさ、瑠璃ちゃんの警戒心に耐えられずビーズカーテンを潜る。太陽は眩しく空は青い。その下には鮮やかな緑が広がっているというのに気分は落ち込んだ。このままでは叔父の顔に泥を塗ってしまう。キッチンに戻るとフライパンの中のリゾットはすっかり消え、フライパンも洗われていた。それが何故か、ひどく胸に突き刺さった。リンゴを剥いたところで食べるとは聞いていない。また食材を無駄にするだけだ。荒んでいく。他の従業員が邸内に見えはじめ、邪魔にならないよう早急にバスケットに盛られたリンゴを剥いた。皿に乗せてフォークを刺す。綺麗に磨かれた金色のフォークには傷ひとつなかった。瑠璃ちゃんのいる四男の部屋に戻ると、彼女はベッドに仰向けに寝ていたが、勢いよく飛び起きた。何が隠すように長いドレスの裾を直していく。
「食べていてね」
 瑠璃ちゃんは頷いた。しかし何も喋らない。また訪れる沈黙に霞は引き攣った笑みを浮かべた。瑠璃ちゃんはリンゴに手を伸ばす様子もなかった。
「外で待ってるから」
 あの重苦しい雰囲気を恐れ、ビーズカーテンを潜る。日当たりのいい廊下で外を眺めた。
「メイドさんだ!かわいいじゃん」
 暗い色のスーツに明るい茶髪を掻く青年がぱたぱたとスリッパを鳴らした。耳の小振りなリングピアスが光っている。
「珊瑚に着ろって言われた?」
「いいえ…珊瑚くんではなくて…」
「めっちゃ似合ってる。珊瑚は?」
 彼は訊きながらビーズカーテンに栗を突っ込んだ。
「珊瑚~、また霞ちゃん外に締め出したのかぁ。ダメだろ~?仲良くしろ、な?他の人たちとは仲良ししなくていいから、霞ちゃんとだけは仲良くしてくれ」
 霞は珊瑚がいるのかと部屋を覗いた。長男の視線の先には瑠璃ちゃんがいるだけだった。
「珊瑚くん、いるの?」
 瑠璃ちゃんは長男からも目を逸らし、俯いてしまった。
「珊瑚、返事は」
「…はい」
「瑠璃ちゃん…?」
「瑠璃ちゃん?誰?」
 長男はからからと笑った。着ているスーツと合わせるには安っぽげなシリコンバンドの真っ黄色の腕時計を見て、彼はせかせかとしながら軽い口調で弟を叱った。もう行かなきゃ!また来るね、と言ってぱたぱたスリッパを鳴らし長男は出て行った。
「お兄さん、いつも様子見に来てくれるの?」
 まだ手を洗ったものとは違う石鹸の香りが残っている。石鹸の香りの香水らしかった。しかし長男の爽やかさには香水とは思わせないほど自然でよく似合っている。瑠璃ちゃんは頷いた。
「そう。まだ瑠璃ちゃんって呼んでたほうがいいかな」
「やだ」
「じゃあ、珊瑚くん。あの執事みたいな人に言っておかないと。まだ珊瑚くんのこと探してるかも、」
 美少女は奇妙な目で霞を見上げた。
「知ってるよ」
「そうかな」
「知ってる」
 美少女から発せられるには印象より少し低い声をしていた。
「でも、」
「気付いてないの、あんただけ」
 しかし執事のような青年は珊瑚と瑠璃ちゃんをまるで違う人間のように扱っていた。
「あんたより俺よりも家のこと知ってるんだから、あの人。バカじゃないの。曲がりなりにも家庭教師なんでしょ」
「ひどい!弟にも言われたことないのに」
「シスコンなんじゃない?」
「シスコンじゃないよ。とっても優しいいい子なんだよ」
 美少女は吊り気味の目を大きくした。
「ブラコンか」
「本当のことを言ってるだけなのに!」
「それがブラコンだって言ってんだよ。他所よそで言うか?フツー」
 美少女は固い表情を崩した。
「だって本当に可愛いんだから仕方ないでしょ。貴方のお兄さんたちだって他所で言ってると思うけれど」
「聞いたことねぇよ」
「わたしだって本人には言わないもの」
「じゃああんたは何か聞いたのか?」
 聞いてない、と答えると「なんだよそれ」と溜息を吐かれる。
「でも仕事の合間に来てくれるんでしょ」
 彼は目を逸らしてこくりと頷いた。
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