上 下
41 / 61
契り千切る 関ヶ原パロ/現代/歴史転生パロ(2013年)

始まりの話

しおりを挟む
 自分がもしかしたら普通じゃない存在なのかもしれないと、そう思い始めたのは、夏の暑い日、ひとつしかないコップで、お茶を回し飲みしたときだった。
 夢をみたときみたいな、なんだか得体のしれないものになったような。

 見ていた風景とは一転して、おかしな風景が脳裏に浮かんで、僕は呆然としてしまった。
「なんだよはやく回せよ」
 ぼーっとしていたことに、喉の渇きに急いたのか、まだ口をつけてもいないコップを一番やんちゃな友人が奪い取った。ふと離れていくコップ。これもどこかで味わった記憶で。

 僕はこの日を境に、ことあるごとに、脳裏にどこかで見たような、でも絶対に日常ではみない風景を思い起こしては呆然としている。

 僕には両親がいなかった。気がつくと、孤児院というところで暮らし、そこで友人ができた。
 施設の人は、それを「でじゃぶ」と教えてくれた。僕の見てきたものは「でじゃぶ」というらしい。

 僕が普通じゃないと確信したのは、大風邪をひいた夜だった。ひどくうなされた。胸元がとても苦しくて、目が覚めた。暗闇が昔から苦手な僕は、ダウンライトで寝ている。施設の人も、僕の暗闇が怖いことに対しては困っていたものだ。
「大谷様、おひさしぶりでございます」
 黒い猫がいた。いや、これは猫ではない。キツネだ。それより、この生き物は僕を何と呼んだ?
「おひさしぶりでございます」
 尖っているが傷のある耳。尖った鼻。鋭い目付き。
「だれ・・・?」
 黒い生き物は首を傾げた。その様子は人間に似ている。
「石田三成殿の家臣、島左近勝猛と申しまする」
「いしだみつなり・・・・?しまさこんかつ・・・・?」
 聞き覚えがある。でも、知らない。顔がぱっと浮かんでこない。名前は知っている。テレビで見た人達だろうか。僕は得体のしれない生き物に首を振る。よくよく考えれば、僕の知識の範囲で、人語を話す動物などみたことがないのに、このとき僕の頭を占めていたのは不思議な感覚だった。温かいけれど、どこか遠いような。
「やはり覚えていらっしゃらないのですか」
 僕は黒い生き物に手を伸ばした。毛は硬い。猫を触るように楽しくはない。そんな僕に、溜め息を吐いた。

「貴方は、大谷刑部少輔吉継殿の魂を持つ者でござりまする」


 口がパクパクと勝手に動いている気がした。名前に覚えがある。見たことのある、見たことのないはずの光景がぐるぐると頭を駆け巡って。
「僕が・・・・?」
 名前も知らない人の魂。魂ってなんだっけ。ぎょーぶしょーゆーってなんだ。色々と考えながら黒い生き物を見ていると、瞼が重くなった。
「僕は・・・・とても・・・・眠い・・・・」
 がさがさとした肉級が頬に当たって、それからはもう、覚えてない。



「大谷様、起きてくだされ。大谷様。朝でございます」
 意識だけが覚める。知らない名前を呼ぶ声の主は施設の人ではない。
「・・・・おはよう」
 挨拶はしっかりすること。そう施設で教えられ、癖のように知らない人に挨拶をする。眠い目を擦りながら声の主を見た。
 うわっ!と声を上げ、僕は薄い掛け布団を握りしめた。見知らない、不審な男が部屋にいる。壁に寄りかかり、床に座りながら、ベッドで寝ていた僕を見ていたのか。
「大谷様、そんなに驚かんでくだされよ」
 30代後半から40代前半くらいの男が溜め息をつきながらそう言った。白髪の混じり始めた黒髪を後ろで束ねている。服装はお祭りのときによくみるような格好で、外を平然と歩けるようなそれではないと思った。
「・・・・・誰?」
「夜中に会ったでしょう」
「会ってないですよ・・・?」
「会いましたよ。途中で寝てしまわれましたが」
 この人は、顎のヒゲを伸ばしているようだ。
「おじさん、ヤのつく人?」
 言い終わったあとすぐに返事がきた。
「違います」
「なんでここにいるの?」
「大谷様に用があるのです」
「僕大谷様じゃないし、知らない人には付いていったらダメって・・・」
 おじさんはイライラしてる様子だった。
「誰でも初めは知らない人なのですよ、大谷様。今から知り合えばよろしいではないですか」
「きっと人違いだよ。だって僕、大谷様じゃないもん」
「今の貴方が大谷様ではなくても、貴方が貴方になる前、いわゆる前世の大谷様の魂を貴方が持っているのです。生まれ変わりです」
 おじさんは僕の両肩を掴み、目線を合わせてくる。
「だとしたら、僕は、どうすればいいの?」
「一緒に探して頂きたい御仁がいます。大谷様のご友人です」
 僕は首を傾げた。
「詳しいことはまだいいです。とりあえず、大谷様には、記憶を取り戻していただきたく」
「どうやって?」
「そうですね、本でも読みましょうか」
 おじさんは胸元の布の重なり合ったところから小さめの本をだす。絵本ではないようだ。差し出されたので、受け取る。
「あの時にいた人たちが大体載ってますよ。あ、東軍も載ってるんで」
 戦国武将がうんたらかんたらと書いてある表紙を見てから、しおりの挟まった部分を開く。写真と見まごう挿絵つき。
「大谷吉継っていうのが、貴方、大谷様ですよ」
 口元と頭部を白い頭巾で多い、目元だけが露出している。キリッとした目。
「これが僕だっていうの?」
 だとしたら、おじさんは変な人だな。
「これは後世の人の推測と妄想で描かれておりますからな」
「おじさんはどれ?」
 おじさんに一度本を渡す。
「これです」
 おじさんが開いたページに映るのは、大きな飾りのついた鉄みたいな反射をする帽子を被った、険しい表情の人だった。見比べてみても、似てない。
「肖像画の方が似てるやも知れませんな」
 突き返してくる本をまた受け取り、僕は、大谷吉継の説明書きを読み始めた。
「漢字が読めない。けどこの漢字はとても見覚えが」
 僕はまたおじさんに本を渡す。
「あぁ、そうですよね。中身は大谷様でありながら大谷様ではございませんものね。それは、こばやかわ ひであき と読みます。大谷様を自害に追いやり、関ケ原の敗因とも言えますね」
 おじさんの口が淡々と動く。一方で僕は、変に頭が軽かった。ぽわ~んとする、というか、浮いているような、言いようのない変な感覚。
「大谷様?」
 脳裏を、会ったことのないはずの人の顔が過ぎる。若い。おじさんの息子くらいには若い。誰だろう。身体がいきなり暑くなる。思い出したくないと何かが拒否している。お前が悪い、お前が悪いと、名前も知らない、想像上の人物に思ってしまう。
「大谷様?」
 洞窟なのだろうか?真っ暗な視界で叫んだ記憶がある。真っ暗な視界の中で、誰かが泣いていた記憶がある。真っ暗な視界の中で、誰かが叫んでいた記憶がある。
「大谷様?」
 お腹が熱い。痛い、というよりは、何かじわじわと熱くなる感覚。胸が詰まるような、重み。
「大丈夫ですか?大谷様?」


 頭の中で、話が勝手に進んでは、繋がってゆく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...