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Lifriend Louder 恋愛/現代ファンタジー(?)(2017年)
Lifriend Louder 3
しおりを挟む無料通信アプリの通知音がして、その音で拒否という選択肢が頭に浮かび藤花は青年の胸を押した。
「えっと・・・」
青年の顔が見られなかった。暫くの間は受け入れてしまっていたのだから。
「見なくていいんですか」
どこを?と問いそうになって目が泳ぐがすぐに端末のことだと気付き、慌てて端末のホーム画面を開く。青年は落ち着いていて数秒前のことは錯覚なのかと疑ってしまう。思い出して頭から飛んでいた無料通信アプリの通知を開く藤花を青年は窺うように見つめている。
「何?」
藤花は端末から青年を見上げる。青年は一瞬だけ固まって目を見開いた。何でもないです、と言って顔を逸らす。
「私そろそろ帰るね」
藤花は手荷物から小さな折り畳み傘を出して持っていたビニール傘を青年の前へ差し出す。
「え」
「傘、持ってないみたいだし、体調悪そうだし」
「いや・・・」
「ビニール傘、これめっちゃ安いから気にしないで。じゃあね」
青年がビニール傘を受け取らないため青年にビニール傘を立て掛け藤花は折り畳み傘を広げる。薄いパープルに白い花柄が入っている。藤花は青年に振り返ることなく手水舎を去っていく、青年はパステルパープルと小さな花柄に消えた女の背中を見つめた。
「藤花ちゃ~ん」
お茶しない?というメッセージが来て、藤花はすぐにとある喫茶店が頭に浮かんだ。七原から誘われるといつもその喫茶店だった。全てのメニューを制覇するのだと、冗談とも本気とも分からないことを言っていたが、毎度頼んでいる物が違うところを見ると本気なのかもしれない。
「ごめん、待った?」
「ううん、全然。むしろ思ったより早くてびっくりした」
情けない顔が笑うとさらに情けない。細い目がさらに細くなる。狐のような顔立ちだが明るい雰囲気と愛嬌できつい印象は藤花は受けなかった。
「ちょうど近くまで来てたから」
「そっか!タイミングよくてよかった」
今回はミルクティーらしい。白を帯びた茶色の液体が七原の前にある。
「この前川に落ちた子、ハラテンくん助けたじゃん?」
ミルクティーを口に含む七原に話を切り出す。七原は「おん」と頷いた。
「さっき会ったんだ」
「元気してたん?」
「風邪か貧血か分からないけど体調悪そうだった」
七原はそうかぁ・・・と返してカップを置く。
「頑なになんであそこから落ちたのか言わなくてさ。言いたくないなら仕方ないわなって感じであの後すぐ別れたん」
七原は笑みは絶やさないまま少し顔を顰めた。
「でさ、」
藤花は言い出してから迷った。あの不審な女の話をすべきか否か。
「藤花ちゃん?」
続けない藤花に七原は笑みを浮かべたままだが訝っている。
「ああ、ごめん。その子と一緒にいた女の子がインパクト強くてさ・・・キャラが濃すぎるっていうか・・・濃いのはキャラだけじゃないんだけど・・・っていうつまらない話」
どうまとめていいのかも分からず適当に、かつ簡略に、言いたいことはまとめられず。
「へぇ~、どんな子なん?」
七原が喰い付くとかは思わず、狼狽える。
「古い世代のギャルって感じ。金髪で肌焼いてて、目元すごいの、ヤマンバギャル・・・?ってやつ」
「今時なら確かに濃いね」
藤花が言いたいのはそういった外見の特徴ではなかった。下品に笑い、変な名前で呼ばれ、突然消えるということだ。
「あと・・・」
あの子に抱き締められちゃってハラテンくんのメッセージに助けられた、とは言えなかった。
「あと?」
「それだけ!なんか、ルーズソックスとかだったし、すごいな・・・って。再現度が。もしかしたら特別な雑誌のモデルなのかな、って」
藤花が言葉に詰まって、それからすぐに上擦った声になると七原の顔から笑みがみるみるうちに消えていく。
「藤花ちゃん、何かあった?」
「え?何もないけど!?」
そう否定すれば七原はまた笑みを取り戻し、そう、と返す。隠すことでもないが、言うことでもない。青年のあの抱擁には何か意味があるわけではなくて。藤花は七原が何か喋っているのだけを見つめ、頭は別のところにあった。
「最近天気悪いし」
七原の声が止む。藤花がそれに気付くと七原が藤花の顔を覗きこむように苦笑する。
「ごめん、本当に。ちょっとぼぅっとしちゃって」
店員がココアを運んでくる。店員に何かメニューを指しながら頼む光景は頭にあるけれど、記憶にない。無意識に頼んでいたらしい。この喫茶店ではいつもココアを頼んでいた。
「ううん、気にしないでよ」
七原がミルクティーを口に含んで笑う。狐のマスコットキャラクターのように愛らしさがある。七原はよく藤花を気に掛ける。下心っだと思って藤花は最初はずっと相手にしなかった。だが七原は下心を感じさせず、同性の友人のような気さくさで藤花に接し続ける。そして自身が異性であることを理解している上で。本心は藤花にも分からないまま、けれどいつの間にか気の置けない仲になっていた。
「ってかどこに居たん?この近くってことは・・・」
近くに大型のアウトレットがある。そこか、と問いたいのだろう。
「ああ、神社だよ。あの辺に奥まった神社あるの」
幼い頃によく遊んでいた。
「そうなんだ?」
七原はへぇ、と少し驚いたようだ。
「そう。そこでさっき言った子とヤマンバギャルに会ったの」
「藤花ちゃん、寺社仏閣巡りが趣味なん?」
七原の捉え方に苦笑する。祭事や祝い事でもない。観光というのも変だ。散歩、と答えるのが無難だろう。七原からあの神社を思い出した、というのも言うに言えなかった。本人は狐顔を自虐するだろう。
「さっき話したヤマンバギャルが、幽霊みたいな子でさ」
この流れなら言えるかもしれない、藤花は切り出す。
「ヤマンバギャルで幽霊みたいなん?」
「そうそう。急に消えたりするの。気の所為かな。喋ったから人間だろうけど」
俗世に触れた言葉遣いだった。藤花の認っている幽霊とは違う。脳天から爪先まで、何もかも、人間と思えたけれど。何か違和感を覚える。
「喋ったら人間なんだ?」
七原は笑って問う。「呪う」だの「許さない」だの喋る幽霊ならば映画で観たことは藤花にもある。だがあの“ギャル”が喋った内容は理性があった。人間的な会話のように思えた。
「内容はフツーだったよ。私たちとそんな変わらなかったし・・・」
「でも幽霊みたいだって思ったんでしょ?」
「すごく変な感じがしたの。格好のせいかな?浮いているっていうか」
七原は少し考え込んでいるようで、腕を組んでう~んと呻っている。減らないココアの水面に天井の照明が反射している。上手く説明が出来ない違和感。
「でも神社にいたんだよね?」
「うん、神社にいたから・・・幽霊じゃないよね・・・?ごめん、変なコト言って」
神社こそおどろおどろしいと思ったけれど、神社は神聖な場所のはずだ!と藤花は納得する。七原はオカルト話が苦手だったのだろうか。自己完結へ導き笑って誤魔化す。七原が考え込むような難しい表情を解くのが見えて安堵した。
「藤花ちゃん」
表情を失くした七原に藤花は背が寒くなるのを感じた。何を言われるのだろう。何か恐ろしいことを、藤花の中で具体的な言葉は浮かばないけれど、七原が何を言うのか、身体が勝手に身構える。
「本当に恐ろしいのはむしろ、生身の人間かも知れないからさ」
幽霊じゃないからって安心するなよ。続くであろう七原の言葉を脳が勝手に補完するが、七原が間を空けた続きは違った。
「幽霊じゃないなら、尚更」
言い終わって一気に笑みを浮かべた七原に空耳を疑う。一瞬だけ空間が変わったように思えた。明らかに纏う雰囲気が違った。
「幽霊じゃないなら・・・」
復唱する。意味深長な七原の言葉と表情。
「なんてね」
「・・・怖いこと言わないでよ」
「まぁまぁ。元気出してよ。今日は奢り!ケーキ食べな!」
七原がテーブルにあるスタンドタイプのメニュー表を藤花に渡す。
「え~?じゃあレモンとミントのチーズケーキにしようかな・・・あ、待って、やっぱオレンジのアイスと・・・」
デザート欄を見つめながらあれこれとぶつぶつ言う藤花を見て七原は楽しそうに笑う。目尻が下がって、きつい印象を受ける目元が柔らかくなる。
「2つ頼んで残したらオレが食べるよ」
チーズケーキか季節のフルーツタルトのアイス添えが選べない藤花の中から不安が消えた。
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