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2 動乱の始まり編

101 重大な任務2

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ミリエルが合流し、ジルとゼノビアは三人で帝国との国境まで馬に乗って行くことになった。

「ミリエル、お前馬に乗れるか?」

「いえ、出来無いわ。エルフには馬に乗る文化がないのよ」

「そうか……じゃあ俺の馬の後ろに乗れ」

 どうやって乗るというのだろう、戸惑っていたミリエルにジルが馬上から手を差し出す。

「ほら、つかまれ」

「……」

 エルフは家族以外の異性に触れることは滅多にない。例外は将来を約束した相手である。

「俺の腰に手を回せ。馬を走らせるから、振り落とされないようにな」

 ミリエルは恐る恐るジルの腰に手を回す。見た目は華奢だが、実際に手を回してみると思ったよりもたくましい。女性とは根本的に違う身体の作りだ。ミリエルは走る馬の上で、ジルの背中に顔をうずめた。

「……」

 夜の闇の中、ジルの後ろで走る馬に身を任せる、これから大変な任務が待っているというのに、今はそれが気持ちがいい。。エルフのミリエルにとっては、国家の任務の重さなど実感できないのかもしれない。

**

「約束の場所は、この対岸だな」

 3人は帝国との国境になっているアム河の岸辺に来ていた。シュバルツバルトと帝国との間には、天然の国境としてアム河が流れている。この河は河幅が広く、水深が深い。したがって橋もなしに渡ることはほぼ不可能である。

 以前ジルたちが弔問団の使者として帝国に行った際には、国境の街ランスからベルンまで架かっている橋を渡り、正式なルートで渡ったわけだが、当然今回そのようなルートは使えない。ジルとミリエルがフライの魔法を使い、河を渡ることになっている。

「マルドゥール・アルダイダ・リーンフォール・スールシュロム ジリエスタ・グロス・ハンス・レルムス 万能なる偉大な力よ 我が双翼となりて飛翔せよ」

 ジルとミリエルが同時に呪文を唱える。ゼノビアはジルが連れて行くことになっている。

「ゼノビアさん、それでは飛びますよ。後ろから僕にしっかりつかまって下さい。落ちると危ないですから」

「わ、分かった。お手柔らかにな……」

 ゼノビアが後ろからジルの首に手を回してのしかかる形になる。ちょうどオンブのような形だ。ジルは背中にゼノビアの豊満な胸が押し付けられるのを感じていた。

「ひゃぁあ」

 ふわりと身体が浮かび上がったことで、ゼノビアは思わず妙な悲鳴をあげてしまった。何しろ空を飛ぶというのは初めての経験なので無理もない。

 アム河の河幅は約300メートル、ゼノビアは短い空の旅を味わった。上空50メートルほどから対岸へと着地する。空を飛ぶというのはこれほどまでに爽快なことなのか、とゼノビアは思った。魔術師ならぬ身、空を飛ぶなどということを味わう機会は今後そうそうないだろう。

(またジルに頼んでみよう)

 辺りは月の明かりだけ、水の流れる音以外に音をたてるものはない。近くにまだ人気ひとけはないようだった。

「魔術師は良いな、こんな風に空を飛べるんだから」

 やや興奮気味にゼノビアが感想を語った。

「魔術師なら誰でも飛べるわけじゃないのよ。フライは第四位階の魔法、ごく一部の上級の魔術師にしか使えないんだから」

「そ、そうなのか。ジル、お前凄いやつなんだな」

 ゼノビアは改めてジルを見なおした。魔術師としての実力良し、弁舌良し、性格良し、そして顔も良し……。

「エルンスト=シュライヒャーはまだ来ていないようですね」

 ジルの言葉にゼノビアは現実に引き戻された。

「ああ、まだ約束の時間まで20分ほどある。順調ならもうじき現れるはずだ」

 ゼノビアが懐中時計を見て言った。河の近くは平野となっていて遮るものはない。500メートル先から林になっているが、近づくものがあればすぐに分かるはずだ。

 それから30分後――

「遅いですね……、何か手違いがあったのでしょうか」

「そうだな。このような場合、時間を厳守するのが鉄則だ。もし我々が引き返してしまえば、エルンストはお終いなんだからな」

「ジルっ! 何かが近づいてくるわよ!」

 夜目がきくミリエルが警告を発する。確かに夜の闇の中で何かがこちらにやってくるようだ。数は一人、エルンストだろうか……。しかしエルンストであれば供も連れずに一人というのは考えにくい。

「相手は我々がここにいることを知っているようです。明かりをつけましょう」

 ジルはライトの呪文を唱える。ジルの周囲数メートルが魔法の明かりによって照らされる。そして姿を現したのは、中年の騎士風の男だった。

「王国のゼノビア殿とジルフォニア殿か!?」

「そうだ。貴公は誰だ?」

 ゼノビアが聞き返す。

「私はエルンスト=シュライヒャー様の家臣、バリオスという。お願い申す、エルンスト様をお助けくだされっ!」
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