上 下
17 / 107
1 ルーンカレッジ編

017 レニとの再会

しおりを挟む
 ルーンカレッジには2つの知らせが届いていた。一つはシュバルツバルトへ軍事演習に向かっていたジル、ガストン、サイファー、レミアが不意の事件に巻き込まれたこと。もう一つはその戦いでレミアが亡くなり、ジル、ガストンが負傷したことである。

 カレッジは重い空気に包まれていた。学園長デミトリオスは、3日の間レミアの喪に服することを通達した。レミアは数少ない女戦士ということで、男子の中にファンも少なくなかった。それだけにショックも大きかったのである。残りの3人のうち、依然ジルとガストンは王立病院に入院しており、一人サイファーだけがカレッジへと帰って来た。そのサイファーとて決して無傷ではなく、無数の傷を受けていたのであるが……。

 もともと口数の多い方ではなかったサイファーだが、カレッジに帰った後は前にも増して口を開かなくなった。傷の療養を建前に宿舎にこもり、授業にも出てこない。教員たちも事情が分かっているため大目に見ているが、長引くようなら成績にも関わるだろう。

 レニがジルたちのことを聞いたのは、事件が起こってから約半日たってからのことである。シュバルツバルト王国の使者がカレッジに派遣され、ジルたちの状況を知らせたのである。カレッジはすぐ全学生に事件やレミアの死について告げた。

 その日、レニは夜まで授業で予定がうまっていた。初級クラスではほとんどの学生がそうだ。この時一心不乱に魔法を習得しないようでは、先はない。比較的時間に余裕ができるのは、中級クラスに入ってからのことだ。

 カレッジに知らせが届いた時、レニは呪文詠唱の授業を受けていた。いかに効率よく短時間で詠唱態勢に入るか、それを訓練する授業である。以前よりは素早く集中できるようになったもの、魔力を感知するコツが今ひとつつかめておらず、レニは大きな課題を抱えていた。

 メリッサとペアになり、何度も反復して練習していた。すると、授業を担当するエクリアのもとへマリウスがやって来て、何やら耳打ちして去っていったのである。

 エクリアの顔が一瞬で変わったので、学生たちは何事か重大なことが起こったのだろうと予想がついた。エクリアは気の小さいドジっ子的な存在で学生から人気がある。表情がすぐに変わる分かりやすい教員である。

 エクリアが告げた事実は、学生たちの気を引き締めるに足るものであった。正直なところ、まだ入ったばかりの新入生には、ガストンやレミアの名は知られておらず、名を告げられても誰か分からなかったというのが事実である。

 ただジルとサイファーの名は、学園の有名人として新入生の間でも多少は知れ渡っていた。しかしたとえ誰かは分からないとしても、学生たちが軍事演習で戦闘に巻き込まれ、1人が亡くなったという事実は重いものであった。将来自分もそうならないとは限らないのである。

 レニは知らせを聞いて心臓が凍る思いであった。ジルと知り合ったのはわずかに一ヶ月前のことであるが、ジルにはそれから毎日のように魔法の訓練に立ち会ってもらっていた。レニにとって、ジルはすでに重要な存在となっていた。レニ自身は自覚していないが、それは恐らくは異性としての憧れも多分にあっただろう。

 知らせを聞いてレニは居てもたってもいられず、すぐにでも教室を出ようとした。しかしその様子を見たエクリアがレニに注意する。

「レニ、落ち着いてください! あなたとジルは親しい関係なので気持ちは察しますが、今は何もできることはありません」

「だって!!」

「ジルとガストンはシュバルツバルトの王立病院に入れられています。ここから病院のあるロゴスまでは馬車で約6時間です。馬車はそうすぐに手配できるものではありません。そして行ったとしても、普通の病院ではないので中へ入れてもらえるか分かりません。……そもそも学生の本文は勉学です。非常の際にこそ、授業という日常を大切にすることが必要なのではないですか?」

 エクリアの指摘は冷たいようだが事実であった。レニが病院へ駆けつけたとして、よしんば中へ入れてもらえたとしても出来ることは殆ど無いのである。

「レニ、私たちは一生懸命魔法の練習をして、ジルさんが帰ってきた時に上達した姿を見てもらおうよ」
メリッサが慰めるように言う。メリッサもジルと顔を合わせており全くの他人というわけではない。

「……分かった」

 そう言ったレニであったが、この後の授業に集中できるか全く自信はなかった。


 ジルがカレッジに帰ってきたのは10日後のことであった。この間、レニはジルが思ったより軽症であることを聞かされていたが、授業に集中できなかった。もちろん不真面目であったわけではないが、明らかに精彩を欠いていた。

 その日、レニはマリウスからジルが帰ってくる時間を知らされていた。ジルが指導生であることを知っているので、気を利かせたのだろう。ジルとガストンは王家が用意した馬車でカレッジへと帰ってくることになっていた。

 レニはカレッジの正門前で馬車を待っていた。ジルが命を失いかねない戦闘に巻き込まれたことが、まだ信じられなかった。レニのこれまでの短い人生からは、ジルのことも、そしてこのようにジルを待っている自分も、およそ現実離れしたことのように思えるのだった。

 華美な馬車がこちらへと向かってくる。話に聞くシュバルツバルト王室が所有する馬車だろう。レニはジルを待つうち、最初に何と声をかければ良いか、どのような顔をすれば良いか分からなくなっていた。結局のところ、馬車が正門につくまでその答えはでなかったのである。

 馬車は正門前で止まると、御者が降り恭しく扉を開けた。するとジルとガストンが慣れない様子で馬車から降りてきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放幼女の領地開拓記~シナリオ開始前に追放された悪役令嬢が民のためにやりたい放題した結果がこちらです~

一色孝太郎
ファンタジー
【小説家になろう日間1位!】 悪役令嬢オリヴィア。それはスマホ向け乙女ゲーム「魔法学園のイケメン王子様」のラスボスにして冥界の神をその身に降臨させ、アンデッドを操って世界を滅ぼそうとした屍(かばね)の女王。そんなオリヴィアに転生したのは生まれついての重い病気でずっと入院生活を送り、必死に生きたものの天国へと旅立った高校生の少女だった。念願の「健康で丈夫な体」に生まれ変わった彼女だったが、黒目黒髪という自分自身ではどうしようもないことで父親に疎まれ、八歳のときに魔の森の中にある見放された開拓村へと追放されてしまう。だが彼女はへこたれず、領民たちのために闇の神聖魔法を駆使してスケルトンを作り、領地を発展させていく。そんな彼女のスケルトンは産業革命とも称されるようになり、その評判は内外に轟いていく。だが、一方で彼女を追放した実家は徐々にその評判を落とし……? 小説家になろう様にて日間ハイファンタジーランキング1位! ※本作品は他サイトでも連載中です。

レディース異世界満喫禄

日の丸
ファンタジー
〇城県のレディース輝夜の総長篠原連は18才で死んでしまう。 その死に方があまりな死に方だったので運命神の1人に異世界におくられることに。 その世界で出会う仲間と様々な体験をたのしむ!!

虚弱高校生が世界最強となるまでの異世界武者修行日誌

力水
ファンタジー
 楠恭弥は優秀な兄の凍夜、お転婆だが体が弱い妹の沙耶、寡黙な父の利徳と何気ない日常を送ってきたが、兄の婚約者であり幼馴染の倖月朱花に裏切られ、兄は失踪し、父は心労で急死する。  妹の沙耶と共にひっそり暮そうとするが、倖月朱花の父、竜弦の戯れである条件を飲まされる。それは竜弦が理事長を務める高校で卒業までに首席をとること。  倖月家は世界でも有数の財閥であり、日本では圧倒的な権勢を誇る。沙耶の将来の件まで仄めかされれば断ることなどできようもない。  こうして学園生活が始まるが日常的に生徒、教師から過激ないびりにあう。  ついに《体術》の実習の参加の拒否を宣告され途方に暮れていたところ、自宅の地下にある門を発見する。その門は異世界アリウスと地球とをつなぐ門だった。  恭弥はこの異世界アリウスで鍛錬することを決意し冒険の門をくぐる。    主人公は高い技術の地球と資源の豊富な異世界アリウスを往来し力と資本を蓄えて世界一を目指します。  不幸のどん底にある人達を仲間に引き入れて世界でも最強クラスの存在にしたり、会社を立ち上げて地球で荒稼ぎしたりする内政パートが結構出てきます。ハーレム話も大好きなので頑張って書きたいと思います。また最強タグはマジなので嫌いな人はご注意を!  書籍化のため1~19話に該当する箇所は試し読みに差し換えております。ご了承いただければ幸いです。  一人でも読んでいただければ嬉しいです。

【完結】魔物をテイムしたので忌み子と呼ばれ一族から追放された最弱テイマー~今頃、お前の力が必要だと言われても魔王の息子になったのでもう遅い~

柊彼方
ファンタジー
「一族から出ていけ!」「お前は忌み子だ! 俺たちの子じゃない!」  テイマーのエリート一族に生まれた俺は一族の中で最弱だった。  この一族は十二歳になると獣と契約を交わさないといけない。  誰にも期待されていなかった俺は自分で獣を見つけて契約を交わすことに成功した。  しかし、一族のみんなに見せるとそれは『獣』ではなく『魔物』だった。  その瞬間俺は全ての関係を失い、一族、そして村から追放され、野原に捨てられてしまう。  だが、急な展開過ぎて追いつけなくなった俺は最初は夢だと思って行動することに。 「やっと来たか勇者! …………ん、子供?」 「貴方がマオウさんですね! これからお世話になります!」  これは魔物、魔族、そして魔王と一緒に暮らし、いずれ世界最強のテイマー、冒険者として名をとどろかせる俺の物語 2月28日HOTランキング9位! 3月1日HOTランキング6位! 本当にありがとうございます!

素材採取家の異世界旅行記

木乃子増緒
ファンタジー
28歳会社員、ある日突然死にました。謎の青年にとある惑星へと転生させられ、溢れんばかりの能力を便利に使って地味に旅をするお話です。主人公最強だけど最強だと気づいていない。 可愛い女子がやたら出てくるお話ではありません。ハーレムしません。恋愛要素一切ありません。 個性的な仲間と共に素材採取をしながら旅を続ける青年の異世界暮らし。たまーに戦っています。 このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。 裏話やネタバレはついったーにて。たまにぼやいております。 この度アルファポリスより書籍化致しました。 書籍化部分はレンタルしております。

家に住み着いている妖精に愚痴ったら、国が滅びました

猿喰 森繁 (さるばみ もりしげ)
ファンタジー
【書籍化決定しました!】 11月中旬刊行予定です。 これも多くの方が、お気に入り登録してくださったおかげです ありがとうございます。 【あらすじ】 精霊の加護なくして魔法は使えない。 私は、生まれながらにして、加護を受けることが出来なかった。 加護なしは、周りに不幸をもたらすと言われ、家族だけでなく、使用人たちからも虐げられていた。 王子からも婚約を破棄されてしまい、これからどうしたらいいのか、友人の屋敷妖精に愚痴ったら、隣の国に知り合いがいるということで、私は夜逃げをすることにした。 まさか、屋敷妖精の一声で、精霊の信頼がなくなり、国が滅ぶことになるとは、思いもしなかった。

異世界転移したら神様に拾われちゃった。

東風谷 六花
ファンタジー
異世界転移もの。冴えない高校生の主人公が女神様に拾われます。

神様の遊び場

桜羽ひじり
ファンタジー
これは、神様達と人間達のお話。 暇を持て余した神がある思いつきをしたことから始まる物語。 それは、 神々が人間の中から一人代理を決めて執り行う、次の最高神を決めるための儀式だった。

処理中です...