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男性保護法と諾成契約
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「そんな高いもの僕が勝手に買えません。主女(しゅじん)に𠮟られます。」
主女(しゅじん)って言うのは、もちろん妻のこと。
うふふっ、このフレーズって一度言ってみたかったんだぁ。
だって、これって何だか婦夫の特権みたいて、子供の頃からの憧れのフレーズだったんだもん。
それはそうと、訪問業者に見せられたパンフレットの価格には、特価9万8千円と派手な大文字が表示されている。
何ともベタな価格で、三流ドラマに出てくるような典型的な押し売りみたい。
9万8千円って言うのがミソで、10万円以上の契約だと男性保護法に引っかかって違法になる。
契約書を書かないような買い物とかでも諾成契約だから、夫の保護者である妻の許可がないともちろんダメだ。
正に、男性保護法の隙を突いたような価格で、ホントいやらしい。
あはっ、10万円以上の契約とか諾成契約の説明って、実はテレビの受け売りなんだけどね。
ちょっと前に、9万9千999円の商品を妻が留守の間を狙って、強引に夫に買わせた業者があって、ちょっとした社会問題になったんだ。もう、朝から晩までテレビで大騒ぎ。10万円以上とか諾成契約って、嫌でも覚えちゃうでしょ。
そんな騒ぎの後、大手訪問業者の出した9万8千円って言う自主規制が暗黙のルールになったんだ。
まあ、自主規制とは実際には行政指導ではないかとか、役人と業者の癒着とか黒い噂もあったけど、その後、テレビではさっぱり報道しなくなって、立ち消えになったんだ。
まあ、いつもの役人接待の結果なんだろ。
¥(銭)+AKUNIN (悪人)=YAKUNIN (役人)って、言うくらいだし。
そんなこんなで、今の僕の状態がある訳だ。
「分割でしたら、月々のお支払い額も少なくて済みますし、キャンペーン中の今でしたら、なんと金利ゼロ!最大72回払いで、月々わずか1,361円、これは買いでしょう」
9万8千円が千円ちょっとって、ちょっと気持ちが揺らぐ。
だって、万能炊飯器って雑誌やネットでよく特集してて、今時の主夫の憧れのアイテムなんだもん。実は、僕も欲しいなぁって思ってたけど、どの機種も普通の炊飯器よりずっと高くって、手が出なかったんだ。
いや、ダメダメ。金利ゼロって、おかしいだろ。
それでも儲けが出るって、要するにぼったくりってことでしょ。
「これで調理すれば味もいいんですよ。冷凍食品なんかとは全然違いますよ」
お弁当って、どうしても冷凍食品が中心になって、お味がイマイチなんだよなぁ。
僕だって、妻の喜ぶ顔がみたい。
「どうです?これで愛夫弁当をお作りになられたら、ご主女さまもきっとお喜びになると思いますよ。決して、買ってから後悔なんてしませんから」
訪問業者との押し問答が続く。でも、他の人に僕の妻のことを「ご主女さま」なんて言って欲しくない。
だって、彼女は僕だけのご主女さまなんだもの。
僕は首元をそっと手で押さえる。
結婚首輪のしっかりとした金属の固さが、僕に勇気を与えてくれる。
『大丈夫よ、あなた。きちんと断わるの。あなたならできるわ』
何だか、耳元に妻の声が聞こえたような気がした。
「やっぱり、主女(しゅじん)と相談してからでないと...」
僕は何とか勇気を振り絞って声を出す。
「そうですか、まあ是非、ご主女さまとよく相談してみてくださいよ。」
決まり文句を吐いて、訪問業者はようやく帰ってくれた。
「ふう~」
僕は気が抜けて床にしゃがみ込む。
よかった、やっと帰ってくれた。何だか妻をダシしたような格好だけど、何とか断わることができた。
僕は指先にキスして、その指を首元に押し付ける。
妻に嵌めてもらった結婚首輪。銀色に輝く愛のしるし。
『ありがとうございます、ご主女さま。愛しています』
僕はそっと小声で呟いた。
【男性保護法第5条】
男子が法律行為をするには、その保護者の同意を得なければならない。
ただし、成人男子による10万円以下の物件の契約については、この限りでない。
主女(しゅじん)って言うのは、もちろん妻のこと。
うふふっ、このフレーズって一度言ってみたかったんだぁ。
だって、これって何だか婦夫の特権みたいて、子供の頃からの憧れのフレーズだったんだもん。
それはそうと、訪問業者に見せられたパンフレットの価格には、特価9万8千円と派手な大文字が表示されている。
何ともベタな価格で、三流ドラマに出てくるような典型的な押し売りみたい。
9万8千円って言うのがミソで、10万円以上の契約だと男性保護法に引っかかって違法になる。
契約書を書かないような買い物とかでも諾成契約だから、夫の保護者である妻の許可がないともちろんダメだ。
正に、男性保護法の隙を突いたような価格で、ホントいやらしい。
あはっ、10万円以上の契約とか諾成契約の説明って、実はテレビの受け売りなんだけどね。
ちょっと前に、9万9千999円の商品を妻が留守の間を狙って、強引に夫に買わせた業者があって、ちょっとした社会問題になったんだ。もう、朝から晩までテレビで大騒ぎ。10万円以上とか諾成契約って、嫌でも覚えちゃうでしょ。
そんな騒ぎの後、大手訪問業者の出した9万8千円って言う自主規制が暗黙のルールになったんだ。
まあ、自主規制とは実際には行政指導ではないかとか、役人と業者の癒着とか黒い噂もあったけど、その後、テレビではさっぱり報道しなくなって、立ち消えになったんだ。
まあ、いつもの役人接待の結果なんだろ。
¥(銭)+AKUNIN (悪人)=YAKUNIN (役人)って、言うくらいだし。
そんなこんなで、今の僕の状態がある訳だ。
「分割でしたら、月々のお支払い額も少なくて済みますし、キャンペーン中の今でしたら、なんと金利ゼロ!最大72回払いで、月々わずか1,361円、これは買いでしょう」
9万8千円が千円ちょっとって、ちょっと気持ちが揺らぐ。
だって、万能炊飯器って雑誌やネットでよく特集してて、今時の主夫の憧れのアイテムなんだもん。実は、僕も欲しいなぁって思ってたけど、どの機種も普通の炊飯器よりずっと高くって、手が出なかったんだ。
いや、ダメダメ。金利ゼロって、おかしいだろ。
それでも儲けが出るって、要するにぼったくりってことでしょ。
「これで調理すれば味もいいんですよ。冷凍食品なんかとは全然違いますよ」
お弁当って、どうしても冷凍食品が中心になって、お味がイマイチなんだよなぁ。
僕だって、妻の喜ぶ顔がみたい。
「どうです?これで愛夫弁当をお作りになられたら、ご主女さまもきっとお喜びになると思いますよ。決して、買ってから後悔なんてしませんから」
訪問業者との押し問答が続く。でも、他の人に僕の妻のことを「ご主女さま」なんて言って欲しくない。
だって、彼女は僕だけのご主女さまなんだもの。
僕は首元をそっと手で押さえる。
結婚首輪のしっかりとした金属の固さが、僕に勇気を与えてくれる。
『大丈夫よ、あなた。きちんと断わるの。あなたならできるわ』
何だか、耳元に妻の声が聞こえたような気がした。
「やっぱり、主女(しゅじん)と相談してからでないと...」
僕は何とか勇気を振り絞って声を出す。
「そうですか、まあ是非、ご主女さまとよく相談してみてくださいよ。」
決まり文句を吐いて、訪問業者はようやく帰ってくれた。
「ふう~」
僕は気が抜けて床にしゃがみ込む。
よかった、やっと帰ってくれた。何だか妻をダシしたような格好だけど、何とか断わることができた。
僕は指先にキスして、その指を首元に押し付ける。
妻に嵌めてもらった結婚首輪。銀色に輝く愛のしるし。
『ありがとうございます、ご主女さま。愛しています』
僕はそっと小声で呟いた。
【男性保護法第5条】
男子が法律行為をするには、その保護者の同意を得なければならない。
ただし、成人男子による10万円以下の物件の契約については、この限りでない。
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