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しおりを挟むカロルがあっさりと帰ったものだから、レーゼン家は一転して波が引いたような穏当な日々を送ることなる。
今年10になる伯爵家の一人娘が死の森の主人に連れ去られることで起きた一連の事象は、すぐにエニブエマ国王の知る所となった。
もちろん、父親という立場を…伯爵にとっては娘を失う代わりに願いの権利を得たなどの一部を除いて。
フォワレはあまりにもいきなり解放された後から、あれほど嫌いだった彼に対して若干の寂しさを感じる自分に気付いて狼狽えている最中だった。
彼が去り翌日の昼。
「お、お嬢様っ!よくぞご無事でお帰りになられました…!」
「ありがとうゴーゼフ!でもあなた、腰が痛いんじゃないの?無理しないで、椅子に座りなさい」
短く切り揃えられた白い短髪、ふさふさとした髭、フォワレは彼の垂れた目が涙に潤むのが嬉しくもあり心配だった。白目が萎みでもしそうに思えた。
腰がやられて引退した、元庭師のゴーゼフ。彼はフォワレにとって祖父のように想っていた。
ハンカチを目に押し付けるように涙を止めたゴーゼフは、腰など平気です。などと言いながらも、フォワレの目から見ても明らかに辛そうだ。
現庭師のコーセル、メイドのアンナとリーン、コックのハルク、騎士のギリアム、馬丁のロニ。
フォワレを可愛がる使用人たちはみんな潤んだ目をして、声をつまらせて、暇を見つけて会いにきては無事の帰還を喜んでくれた。貴族と使用人の立場として他の目がある内はそんなことはないものの、
厳粛な家令であるセバスも、廊下などで出会すとこっそりと喜んで帰宅を祝してくれた。
しばらくゴーセフと話をした後、自分の祖父を迎えにきたコーセルに後を託した。
使用人たちの熱烈と言わんばかりの態度にはわけがある。
フォワレは一人になった自室で、深くため息をついて考えなければならなかった。
実の父親であるはずのレーゼン伯爵。死の森がクズマの横に横たわり程なく体調を崩した伯爵は、全てが終わった今、涙して帰宅を喜ぶ彼らの百分の一ほども感情を見せない。
フォワレに対して元々愛情の薄い父ではあったものの、それがよりひどく義務的な対応になっていた。
フォワレの脳裏に昨日からずっとこびりついている言葉がある。母の言葉だ。
青ざめ、絶望したエスポーサは、フォワレにポツリと打ち明けた。
『あの人はもうあなたの父ではなくなったわ』
そしてフォワレも気付いてしまった。よそよそしい対応をしている伯爵に対し、ピクリとも反応しない自分の心に。
だからこそ、何か辛いことがそれで薄まればとエスポーサにその気付きを伝えると、彼女は一瞬ハッとしたように目を見開いて、呆然とつぶやく。
『私って本当に愚かだったのね』
その呟きがどういう意味を持つのかフォワレにはわからない。
ただ、傷ついている様子のエスポーサのそばにいなければならないと強く思った。
フォワレはベッドの上に座り込み、昨日のことを思い出していく。
そばにいなければならない。直感のような考えだ。
しかし、フォワレはその場で彼女と引き剥がされた。伯爵だ。
伯爵はエスポーサの肩を抱き、フォワレを強く睨みつけると、驚くことに暴れる様子のエスポーサに細い鎖を巻きつけた。そのままふわりと抱き上げる。
みんなが言及した。
何をなさるのですか、と家令が訊いた。母親付きの侍女がおやめ下さいと言った。
伯爵は全てを制し、その後にエスポーサの気が狂ったのだと言った。
『彼女の様子を、この部屋の様相を冷静に見ることのできる者はいなかったか?』
冷笑する伯爵に誰も口を出すことができない。それこそが厳格な貴族とそれ以外の上下関係だと誰しもが思い出し、線を引くように。
鎖に巻かれたエスポーサは力が抜けたように大人しく、だが、皆が恭しくこうべを垂れる中、フォワレには見えた。
こちらを見つめるエスポーサの驚いたような必死な目が。
伯爵が母に何かをした。それは、フォワレにとって伯爵が敵となった瞬間でもあった。
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