ぽちゃ姫と執着魔法使い

刈一

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フォワレが拉致されて数日が経つ。  
早朝近く、死の森は影も形もなくなったために、フォワレの行く先が真実どこかさえもわからなくなった。  
居場所がわかったところで踏みいればたちどころに死んでしまうため、どうしようもないことではあったが、それでもタイミングは神がかり的に悪かった。  
何故ならば、森からの脱出に手を貸してくれる友が来てくれたばかりだったからだ。

森から出てすぐに屋敷に戻れるなら、そっちの方が助かった。

それは、最愛の娘の帰還を祈念したエスポーサが、親友でもあるヒッポウと救出に向けての考えを話していた時のこと。  
エスポーサの書斎にふらりと現れた伯爵がその話し合いを止めたのだった。  
いわく、フォワレの親権をカロルに渡した契約を結んだのだとはっきりと告げた。

それに恐慌を来したのはエスポーサだ。

「本気で言ってる!?」  
「わかってくれとは言わない…でも、ああするしかなかったんだ」  
「信じられない…!森をどこかへやるため?願いを叶えるために!?あなたそれでも父親なの!?なぜ、勝手に契約を結んでしまったの!」

エスポーサはその大きな目に涙をうかべ、伯爵の頬をぶった。かわいた音が鳴る。  
伯爵もだまってなすがままにされていたものの、数発目の殴打が終わると、エスポーサはその場に崩れるように尻餅をついた。

「エスポーサ…」  
「…触れないで。ああ…なんてこと…。もうしばらく契約を待ってくれたなら、私にだって考えがあったのよ…」

呆然と呟くエスポーサの頬に涙がこぼれた。死の森からの帰還にはヒッポウが力を貸してくれることになっていたし、フォワレの帰還後にもあてはあった。  
精霊界に程近いジプシーの集落へ帰郷しさえすれば、魔法使いの彼は手が出せなくなるはずだったのだ。

エスポーサは、何とか掴んだはずの希望が霞のごとく指のあいだからすり抜けていく感覚を、思う存分味わった。  
精霊界は魔法使いの弱点とも言えるが、契約をしたとなっては話が変わる。

契約とは、力のある魔法使いにとって、因果をねじ曲げる行為をさす。  
カロルの出した条件がフォワレとの親子関係だとしたら、血の繋がりも種族も過去も全て無視して、本物の親子と認められるのだ。  
つまりそれは、精霊や神にさえ認められるということ。

エスポーサはカロルが契約の条件を親子関係にした意味を正しく理解していた。  
正当な親子関係であると因果が変わってしまった場合、精霊に匿ってもらう正当性を失うのだ。  
仮にも己の師だった者に対する認識の甘さをエスポーサは深く後悔した。

諦念を顔にうかべた伯爵を見る。  
彼は跪き、己の肩にかけていた上着を取って、エスポーサにかけようとしていた。

「…あなたは、自分が何をしたのかわかっているの?」

問いかけて、わかっているはずがないと自嘲する。
あくまでも彼はなにもわかってはいない。話を通す時間さえ二人にはなかった。  
伯爵はただ何か、親として絶対にしてはいけない行為をしてしまったのだと思っているようだった。

「あなたが渡したのは"親子関係"。あなたはしばらくしたら…もしかしたら既に、あの子に対してなんの思いも抱かなくなるでしょう」

伯爵は黙り込んだあと、ふいにうなずいた。

「あの子のことはもう、どこか他人の事のように思える。これが関係の喪失だとしたら納得できるよ…」

エスポーサはどうしようもなく泣きたくなってしまった。  
魔法使いの驚異について、一度目の接触のあとに伝えていたはずなのに…。そんな思いと裏腹に、こんな事態になったのが自分のせいである事実に強い悲しみが湧き出していた。  
すべては自分がカロルに一抹の興味を持たれていたから起きたのだ、と。

しばらくして、エスポーサは無表情で立ち上がった。  
仮にフォワレが戻れたとして、父親は他人となった。頼みの綱も断ち切られた状態だ。  
だとしても、我が子を見捨てる選択をする気などかけらもない。

肩にかけられた上着を取り払うと、心配げに己を見つめる友の元へ戻った。

『大丈夫?…君はあの子を諦める気になっちゃった?』  
「いいえ。私は絶対にあの子を取り返すわ。ヒッポウ、頼れるのはあなただけよ」

ヒッポウははにかんだ。

『任せて。相手が誰だって俺が助けてきてみせるよ』  
「ありがとう…あなたがいてくれて本当によかったわ」  
『ここまで連れてくるまではね。でも、そのあとはどうする?なにか考えはあるの?』

エスポーサはしばらくうつむいたあと、はっきりとうなずく。  
ヒッポウは、この状況でエスポーサが取れる最後の選択肢を理解していたように、眉を下げて苦笑した。

『俺は…いや、多分みんな喜んで力を貸すよ』

エスポーサも諦めた微笑みを浮かべた。

二人の諦念じみて前向きな雰囲気のある談笑を、輪に入れずに背後で聞いていた伯爵は不審そうに聞いていた。

*

ここはレーゼン領クズマの東側の町だという。領主の館のある国境近くまでは、馬で早駆けて乗り継いでも12刻、1日はかかる距離なのだと、飲み屋の亭主はいった。
熊のようなひげ面の男は名をトッドと名乗り、先ほど警備隊の詰め所に連絡しに行った彼女は己の妻のマーサだと紹介をしてくれた。

「トッドさん、朝のお忙しい時に申し訳ございません…。私にできることでしたら、なんでもおっしゃってください。お手伝いいたします」

申し訳なさから出たことばだったが、トッドは朗らかに笑って首を振った。

「気にせんでください。お嬢さんに休んでてもらうことに邪魔なことなんてあるわけねぇや」

ソファの上で縮こまりながら座っていたが、次第にうつらうつらとしてきた。  
寝てはいけないと思うものの、深く眠れていなかった疲労の蓄積が、今になってフォワレを襲っていた。

「お嬢さん、眠たくなったんなら横になるといいですよ。警備隊が来たら事情は話してさしあげますからね」

トッドはどこかからか毛布を持ってきて、フォワレの体にかけてくれた。

「あ、ありがとうございます…。では少し横になりますわ…」

ヒッポウは横たわったフォワレの手のひらを枕にした。

『目眩ましをかけたから、少しの間はもつよ。ちょっとの間でも体力を回復しなきゃね』
「ヒッポウ…。本当に、本当にありがとうね」

小声で感謝を言えば、ヒッポウは照れ臭そうに微笑んだ。  
その顔を見て、フォワレも久々に笑顔になった。
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