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しおりを挟む散々遊んだあと、指を振ると、伯爵とエスポーサの拘束が顔から上だけ解かれた。
「ねぇ、お前たち」
にこりと微笑む白析の男は、とんでもないことを二人に告げる。
「僕はこれが気に入ったから、持って帰ってもいいかい?」
「だ、ダメに決まっているでしょう!」
「そんなこと受け入れられるはずがない…!」
二人とも同時に拒否をする。
カロルはタダとは言わない、と更に説得を募る。
「そうだな…この土地を、この子が死ぬまでずっと繁栄させてあげるならどう?」
「ダメです!」
「う、うむ…そうだ!ダメだ!」
夫は少し言い淀んだが、ハッキリと首を振った。
しかし、カロルに諦める気配はない。
「じゃあ、望む願いをなんでも3つ叶えてあげるよ。それなら?」
「それでいいなんて言う親なんていないわ!」
夫は更に言い淀み、言葉なく首をただ振った。
「えぇ?それでもダメ?じゃあ…」
エスポーサはまったく頼りない夫に少し残念に思いながら、私だけは頑として断り続けると決意する。
カロルが次の条件を出そうとしたところで、ウッ…という短い詰まるような声がした。
三人は一斉に声の在りかに目をやった。
フォワレだ。
彼女はついに、自分を抱く者がいつもの者ではないことに気付いたようで、ウゥーっと唸り出して泣き始めた。
「あっ、あっ…どうしよう…。泣かないでフォワレちゃん」
わたわたと慌てる彼はフォワレの口に指をやって魔法をかけると、無理矢理泣き声を止めて見せた。
フォワレは途端に顔が真っ赤になった。
それを見て怒りの頂点に達したのがエスポーサだ。
「信じられません!ありえないっ!無理矢理泣くのを止めさせるなんて虐待よ!」
「虐待…?すまない、慣れていなくて…」
口を閉ざされても呻いたまま涙が止まらないので、涙も止めてしまおうと振るいかけた指が止まる。
殊勝になったカロルに、エスポーサは言いくるめるチャンスを得たことに気付く。
「よいですか、まず私を自由にしなさい!」
「うん」
カロルはすぐに魔法を解いた。
「では早くフォワレにかけた魔法を解いて、私に返して」
またも、言われた通りにフォワレを返す。
エスポーサはあまりに素直なその態度に瞠目した。
"それほどまでにフォワレのことを気に入ったのだろうか"と思いながら、解放された口を大いに使って泣き叫ぶ我が子をよくあやす。
「…僕では母親にはなれるまいね。母親になる勉強なんて今までしてこなかったし」
「当然です」
「お…ああ、すごいな。すぐに泣き止んだ」
「これでおわかりでしょう?泣き止ませるのに魔法など使う親などいないのですよ」
「いや、反省した。無理矢理泣き止ませたのは悪いことだったね。赤ちゃんって難しいんだねぇ」
反省して感心した様子の彼に、ようやく少しばかり理解されたかと安堵したエスポーサだったが、次の言葉に固まった。
「では、その子に分別が備わるまで待つことにしよう。対価を決めあぐねているなら、後払いにしてあげるから」
ニッコリと笑う彼は指を振る。
果たして、拒絶の言葉をぶつけようと口を開いたエスポーサは、カロルが瞬く間に掻き消えてしまった事に深い絶望を感じる羽目となってしまった。
エスポーサは唇を噛み締める。
死の森の滞在により体調を崩した夫、そして台頭した己自身。全てがカロルの思う壺だった。
常に側に居続けたのはフォワレを守るためだったというのに。
親から無理矢理引き離されたと知れば、フォワレはカロルを心底嫌うだろう。カロルにとってそれは避けたい事のはずだと、その可能性にかけたことは間違いではない。
今だって、できうる限り側にいたのに。
まとめあげた髪を振り乱し、エスポーサは祈念しながら舞踊を始める。
精霊への願いはフォワレの手助けだ。
どうにかフォワレが逃げられるように、今持てる全ての力でエスポーサは踊り、精霊を呼び出し始めた。
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