ぽちゃ姫と執着魔法使い

刈一

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「え、えぇ……?なんで…?ここどこ…?」

フォワレの目が潤み始めた。
ここはどこ?コーセル、コーセル…?
さえずりのようなささやかな呼び掛けは誰にも届きはしない。

「うぅ~っ…!」
「どうしたの?」

うずくまって一人で恐怖に堪えるフォワレの背を触れるものがあった。

「なにっ!?」
「あ……ごめんね、気分が悪いのかと思ったんだ」

振り向いた先の顔は、整った顔をした優しげな少年だ。
人のいいような雰囲気が出ている気がして、フォワレはすぐに警戒を緩めた。
少なくとも他人がいるということは歓迎すべきことだ。涙をぐいぐいとぬぐって、すくっと立ち上がる。
スカートの端を持ち上げて、淑女の礼をとる。

「…私はレーゼン家のフォワレですわ。あなたは?」
「僕はカロル」

よろしくね、と微笑んで手を差し出す彼に、フォワレも喜んで手を取った。

「ねぇ、カロル?ここは一体どこかあなたはご存知?」

頑張ってレディを気取っているフォワレに、カロルは微笑みを崩さずに手を取ったまま告げた。

「ここは君たちが死の森と呼んでいる所だよ」

「……なんですって?」

フォワレが固まったのも仕方の無いことだ。
少なくとも今朝まで死の森はこんな家の近所には無かった。 
家族からそんな話は聞いていないし、もちろんそれは監視兵からの報告も無かったということで。

つまり相当距離の離れている我が家とここが隣接しているはずがない。

だが、この少年は確実にここを死の森と告げた。

「大丈夫かい?フォワレちゃん」
「って、そうよ。死の森であるはずがないわ!あなた、私をからかおうったってそうはいかないわ!」

フォワレはパッと顔を輝かせて、カロルの嘘を見破ったことに大いにいばった。

「私の家の隣に森なんか無かったとは思うけど、きっと妖精のイタズラね。私知っているのよ」

ほとんどが誘拐や拉致である神隠しの事を、子供向けに優しく伝えた結果ではあるが、フォワレはいたずら者の妖精の存在を信じていた。
自分の所にも妖精が来るはずと部屋の扉にも妖精用の小さな扉をつけるくらいには親しみを持っている。

まったく困った妖精さんだこと。とツンとすましてみるものの、その頬は嬉しそうに緩んでいる。

「……ふふ。フォワレちゃんかわいいね。そうだよ、ここは死の森なんかじゃない」

やっぱり!答えが当たったことに満足したフォワレは、森を見たあとにカロルを眺めた。
妖精のイタズラでよく知らない森に来た。でも死の森であるはずがないのは、この瑞々しいやわらかな木漏れ日に満ちた森のイメージと死の森の暗く枯れたイメージがそぐわないからでもある。

そして、カロルの存在もまたあり得ない。
死の森に住めるものは、死の森を作り出して住まうとされる古の魔法使いだけだからだ。

「ねぇ、カロル?」
「なぁに?」

再びの問いかけに、優しげな少年はことりと首をかしげた。

「私、おうちに帰りたいのだけど。ここはなんという名前の国なのかしら?」
「どうして?」

フォワレにしてみれば当然の疑問だった。
だから、間髪入れずに返ったカロルの答えを聞いて、同じように首をかしげてしまった。

「どうしてって。私おうちに帰りたいの」
「なんで?」

優しげなカロルが、すこし不気味に思えた。

「だって…お母様が心配するでしょう?」

より詳細にいうならば自分が心細かったからではあるものの、何故家に帰りたいの?などと聞かれると思っていなかったフォワレには、より説得力のある言葉がそれ以上出てこなかった。

カロルはふぅん。と、つまらなさげに答えた。

それだけだ。

カロルはフォワレの疑問に答えを返してくれない。

にこにこと微笑むだけの彼を見て、フォワレは初めて彼をいぶかしんだ。

「あ、あの…私ここを出たいのだけど…」
「そうだ。フォワレちゃんの好きそうな木の実があるんだよ」

協力を頼もうと開いた口が、ぽかんと開いた。
カロルはもはや話を聞いてない。

話が通じない。

それは、尋ねれば必ず答えの返る家の中ではあり得ないことだった。
初めてと言ってもいい経験に、頭の中が真っ白になる。
カロルの差し出す手を唖然として見つめるだけで、じりじりと焦燥感が襲う。

「あ、あの…」
「森の奥に植えておいたんだ。絶対に気に入るはずだから」

手を取らないままでいると、笑顔がすこしずつ、すこしずつ、真顔になっていく。
フォワレは確信した。
この人は危険だ。

バッと踵を返すと、力の限り走る。

「フォワレちゃん」

フォワレちゃん。フォワレちゃん。呼び掛けが段々と遠ざかる。


森の中をめちゃくちゃに走り続けて何分が経ったか。
早鐘を打つ心臓は、走りすぎたことよりもただ恐怖によって高鳴りつづけている。

ここはどこなの!?誰か助けて!こわいよぉ…!
茂みのなかに隠れて、膝を抱えて涙を流す。
幸いにも彼が追いかけてくる様子はない。

ないからといって助かる道もわからない。

膝を抱えてしばらく。
全力で走ったり沢山泣いたりしたことで眠気が出てきたのか、身動きも取れないまま、フォワレはついに眠ってしまう。


眠りについたフォワレに影が射す。

「フォワレちゃん…。こんなところで寝ちゃダメだよ」

クスクスと笑うのは白皙の少年だった。
彼はフォワレを抱き上げると、軽い足取りで踵を返す。
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