77 / 94
6
心配
しおりを挟む
その日の昼休み、那月が中庭へ行くと一足先にベンチに座っている揺れた黒髪の後ろ姿が見えた。胸をドキドキと弾ませながら近付くと、その人は那月の方を振り返る。
「あ…、ナツくん。昨日ぶり」
「先輩…!き、来てくれたんですね」
「うん。ここ来るのちょっと久しぶりな感じするな」
先に来ていたその人は彩世だった。久しぶりにここで会えたことが嬉しく、那月は笑みを隠しきれないようだ。
そして彩世の隣、少し距離をとった所におずおずと那月も腰かける。日中の日差しが差す時間。セミの鳴き声も聞こえ始めた中庭は、日陰に居ないとそろそろ熱中症になりそうな時期だ。
2人の座っているベンチはかろうじて大きな木があり日陰になっている。
「まだ真横には来てくれないんだ?」
「えっ!!あっ、そ、それは…」
「うそうそ。ナツくんが平気になってからでいいよ」
「あ、ありがとうございます…。やっぱり、ちょっと緊張しちゃって…」
「緊張…そっか」
俯きながら頭をかく那月を見て、彩世は胸を撫で下ろすように微笑んだ。その那月の横顔は少し照れくさそうにしていて、耳はほんのり赤く染まっているから。
安心したのと同時に、柄にもなく期待もしてしまう。
「それより今日はどうだった?授業とか、クラスとか…」
「あ!!は、はい!実は、今日体育でサッカーがあったんですけど…初めて参加してみました!」
「えっ、大丈夫だったの?」
「は、はい。思い切って参加させてもらって…まだ揉みくちゃにはできないけど、肩が触れたりハイタッチしたりとか、そういうのは出来るようになりました」
「へぇ…すごい。集団競技は見学って言ってたのにね。参加できるようになるなんて」
「…も、もっと強くなりたくて。何が起こっても1人で何とか動じないように…。前の自分には戻りたくないから」
そう言った那月の表情は、今までのびくびくと怯えて縮こまっていたものとは違い、しっかり前を向いて凛としている。
その変化にすぐ気付き目を丸くした彩世。出会ってからの那月の変化を1番近くで感じているのだろう。
「…そっか。でも前のナツくんがいたから、今のナツくんがいる。もっと変わりたいって頑張るのは良いことだと思う。でも1人で強くなるには限界があるよ」
「え…」
「だから1人じゃどうしようもない時は頼ってね。それは悪いことじゃないから。無理はしないで」
「…はい!ありがとうございます」
その言葉が嬉しかったのか、不意打ちであどけない笑顔を見せた那月。彩世は慌てて顔を逸らし、鼓動を誤魔化すように鼻かいた。
「あ!そ、そうだ。今日も夏夜行祭の準備ありますよね」
「うん、1年生が手伝ってくれたおかげで思ったより進んだから…今日で最後だと思う。助っ人ありがとね」
「い、いえ!!学校行事の準備も初めてで…楽しかったです」
一一一それに、先輩がいたから…。
「あのさ、ナツくん。今日準備が終わった後、一緒に帰れない?」
「……え!!!?え!?ぼ、僕とですか!?」
「うん。あ、誰かと約束してる?」
「い!いや!!してないです!で、でも、あの僕電車で…」
「うん。俺も自転車だけど、よかったら駅まで一緒に行かない?」
一一一えっ急に帰りのお誘い!?な、なんで…!先輩と一緒に帰る…!?
「あ、でも俺風紀委員で少し残るから…ちょっと待たせちゃうかもだけど…」
「まっ、待ってます!だ、大丈夫です!!」
「よかった、ありがとう」
「あっあ、あの、でもなんで急に…」
「んー…。ちょっと、ね。心配なことがあって」
「え?し、心配?」
「でも駅まで見送れれば安心だから」
一一一何が安心なんだろう…?帰り遅くて暗くなるから?でももう夏だし、夜も明るい方だけど…。それでも心配してくれてるのかな…?やっぱり優しい…
“いろは残酷なくらいみんなに優しいんだよ。特別なのは俺だけ。あとはみんな一緒”
一一一わ、なんで今夏希さんに言われたこと思い出したんだろう。違う違う!
那月は頭にこびりつく言葉達を払うように、ぶんぶんと首を左右に振った。
「どうしたの?」
「あ、あの…。先輩、そ、その…」
「ん?」
一一一夏希さんがああ言ってたってことは、きっと先輩も言われてきたんだろうな。だから自分でも気にしてたのかも。僕も直接伝えたい、先輩が励ましてくれたように…。
「僕は…、先輩がみんなに優しくても、ちょっとぶっきらぼうなとこあっても、自分を犠牲にするくらい人のこと考えてて不器用でも…ぜ、全部が先輩だから…。どれを含めても、せ、先輩のこと…素敵だなって思います…!」
「…え」
「あ!!急にごめんなさい…!へ、変なこと言っちゃって…」
「…ううん。そんなことないよ」
顔を手で仰ぐ那月と、後ろに手をつき空を見上げて目をキョロキョロさせる彩世。気恥しい雰囲気の中、那月が視線だけを移すと、彩世の耳は赤くなり首は少し汗が伝っている。
初めて見るその様子に、また胸が締まる想いだ。
一一一こうやって木を挟まずに会えるようになって、色んな表情の先輩が見える。たくさん見てきたのに…新しい一面を知る度にもっともっとって思っちゃう。
“ちょっと優しくされたからって、思い上がらないでくれる?”
一一一ううん。優しくされて思い上がってるだけじゃないよ…。きっと僕の気持ちは…。
「…ナツくん」
「はっ!はい!!」
「俺、頑張るね」
「え?あ、は、はい…?」
「あ…、ナツくん。昨日ぶり」
「先輩…!き、来てくれたんですね」
「うん。ここ来るのちょっと久しぶりな感じするな」
先に来ていたその人は彩世だった。久しぶりにここで会えたことが嬉しく、那月は笑みを隠しきれないようだ。
そして彩世の隣、少し距離をとった所におずおずと那月も腰かける。日中の日差しが差す時間。セミの鳴き声も聞こえ始めた中庭は、日陰に居ないとそろそろ熱中症になりそうな時期だ。
2人の座っているベンチはかろうじて大きな木があり日陰になっている。
「まだ真横には来てくれないんだ?」
「えっ!!あっ、そ、それは…」
「うそうそ。ナツくんが平気になってからでいいよ」
「あ、ありがとうございます…。やっぱり、ちょっと緊張しちゃって…」
「緊張…そっか」
俯きながら頭をかく那月を見て、彩世は胸を撫で下ろすように微笑んだ。その那月の横顔は少し照れくさそうにしていて、耳はほんのり赤く染まっているから。
安心したのと同時に、柄にもなく期待もしてしまう。
「それより今日はどうだった?授業とか、クラスとか…」
「あ!!は、はい!実は、今日体育でサッカーがあったんですけど…初めて参加してみました!」
「えっ、大丈夫だったの?」
「は、はい。思い切って参加させてもらって…まだ揉みくちゃにはできないけど、肩が触れたりハイタッチしたりとか、そういうのは出来るようになりました」
「へぇ…すごい。集団競技は見学って言ってたのにね。参加できるようになるなんて」
「…も、もっと強くなりたくて。何が起こっても1人で何とか動じないように…。前の自分には戻りたくないから」
そう言った那月の表情は、今までのびくびくと怯えて縮こまっていたものとは違い、しっかり前を向いて凛としている。
その変化にすぐ気付き目を丸くした彩世。出会ってからの那月の変化を1番近くで感じているのだろう。
「…そっか。でも前のナツくんがいたから、今のナツくんがいる。もっと変わりたいって頑張るのは良いことだと思う。でも1人で強くなるには限界があるよ」
「え…」
「だから1人じゃどうしようもない時は頼ってね。それは悪いことじゃないから。無理はしないで」
「…はい!ありがとうございます」
その言葉が嬉しかったのか、不意打ちであどけない笑顔を見せた那月。彩世は慌てて顔を逸らし、鼓動を誤魔化すように鼻かいた。
「あ!そ、そうだ。今日も夏夜行祭の準備ありますよね」
「うん、1年生が手伝ってくれたおかげで思ったより進んだから…今日で最後だと思う。助っ人ありがとね」
「い、いえ!!学校行事の準備も初めてで…楽しかったです」
一一一それに、先輩がいたから…。
「あのさ、ナツくん。今日準備が終わった後、一緒に帰れない?」
「……え!!!?え!?ぼ、僕とですか!?」
「うん。あ、誰かと約束してる?」
「い!いや!!してないです!で、でも、あの僕電車で…」
「うん。俺も自転車だけど、よかったら駅まで一緒に行かない?」
一一一えっ急に帰りのお誘い!?な、なんで…!先輩と一緒に帰る…!?
「あ、でも俺風紀委員で少し残るから…ちょっと待たせちゃうかもだけど…」
「まっ、待ってます!だ、大丈夫です!!」
「よかった、ありがとう」
「あっあ、あの、でもなんで急に…」
「んー…。ちょっと、ね。心配なことがあって」
「え?し、心配?」
「でも駅まで見送れれば安心だから」
一一一何が安心なんだろう…?帰り遅くて暗くなるから?でももう夏だし、夜も明るい方だけど…。それでも心配してくれてるのかな…?やっぱり優しい…
“いろは残酷なくらいみんなに優しいんだよ。特別なのは俺だけ。あとはみんな一緒”
一一一わ、なんで今夏希さんに言われたこと思い出したんだろう。違う違う!
那月は頭にこびりつく言葉達を払うように、ぶんぶんと首を左右に振った。
「どうしたの?」
「あ、あの…。先輩、そ、その…」
「ん?」
一一一夏希さんがああ言ってたってことは、きっと先輩も言われてきたんだろうな。だから自分でも気にしてたのかも。僕も直接伝えたい、先輩が励ましてくれたように…。
「僕は…、先輩がみんなに優しくても、ちょっとぶっきらぼうなとこあっても、自分を犠牲にするくらい人のこと考えてて不器用でも…ぜ、全部が先輩だから…。どれを含めても、せ、先輩のこと…素敵だなって思います…!」
「…え」
「あ!!急にごめんなさい…!へ、変なこと言っちゃって…」
「…ううん。そんなことないよ」
顔を手で仰ぐ那月と、後ろに手をつき空を見上げて目をキョロキョロさせる彩世。気恥しい雰囲気の中、那月が視線だけを移すと、彩世の耳は赤くなり首は少し汗が伝っている。
初めて見るその様子に、また胸が締まる想いだ。
一一一こうやって木を挟まずに会えるようになって、色んな表情の先輩が見える。たくさん見てきたのに…新しい一面を知る度にもっともっとって思っちゃう。
“ちょっと優しくされたからって、思い上がらないでくれる?”
一一一ううん。優しくされて思い上がってるだけじゃないよ…。きっと僕の気持ちは…。
「…ナツくん」
「はっ!はい!!」
「俺、頑張るね」
「え?あ、は、はい…?」
10
お気に入りに追加
133
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる