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強く

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街が寝静まった深夜。音がない家の中、薄暗くぼんやりと光が1つ付いているだけの部屋に彩世はいた。ここは夏希の部屋。

夜、またいつものように彩世に荒ぶった電話をかけてきた夏希。彩世が合鍵で家に入り部屋へ向かうと、うずくまってベッドの上で丸まっている夏希がいた。

夏希の父親は海外へ単身赴任、母親は夜の店を経営しているため基本的にいつも家には夏希1人だ。昔からそうだった。そのため両親は夏希の好きな物は何でも買って与えていた。

それでも物だけでは埋まらず、寂しがっていた夏希の元に昔からよく来ていた幼なじみの彩世。合鍵も親公認で夏希からもらっていたものだ。

「おい、なつ…」
「あっ…いろ?来てくれたんだ…」
「起きて」

ベッドの上で夏希を起き上がらせると、彩世もその隣に腰掛ける。もはや、こうして昼夜関係なく夏希に気分のまま呼び出されるのはいつものことだったが、今日はいつもと違うことが1つ。

「…いろ?」

彩世の面持ちは何か決心をしたような、吹っ切れたようなものだった。今までとは違うその雰囲気に夏希も気が付いたようだ。

彩世は夏希の肩を両手で掴んで、しっかりと目を合わせる。

「なつ…夏希、ごめん」
「な、にが…?なんで謝るの?」
「俺があの日…中学生の時、俺はお前のこと分かってる、そばにいるって言ったから…それが逆に夏希を縛り付けてたんだと思う」
「急になんの話…?意味分かんないよ。早く一緒に寝よう」
「聞いて、夏希。もうやめよう」
「……え?」

夏希はゆらゆらと瞳を揺らしながら、彩世をじっと見つめる。今、自分が何を言われてるのかまるで理解できないと言いたげな表情だ。

「こういうの、もうやめよう。俺はもう呼び出されても都合よく来たりしない」
「は…?」
「感覚が麻痺してたけど…夏希が俺に執着してる度合いは普通じゃないよ。もちろん何かあった時は助ける。でも、時間関係なく気分でこうやって呼び出されたりしつこく電話してきたり…振り回されるのはもう終わりにしたいんだ」
「なに…それ…。振り回してなんか…」
「ごめん、今まで」

彩世は夏夜行祭の準備中、那月と話した時に決心していた。夏希としっかり話をしようと。これまでだんだんエスカレートした夏希の行動に振り回されつつも、今まで強くはっきりと言うことができなかった。

だが「ぶつかってほしい」と必死に訴えてきた那月を見て、心が動かされたのだ。

「中学生の頃、夏希が辛い思いしたのも分かってるし、ずっと1人で寂しかったのも分かってる。だから話をしなきゃ、どうにかしなきゃと思っててもずっと言えなかった」
「……な、にを」
「やっぱりこんなのおかしい。心を許せる相手って言っても、幼なじみの関係性を超えてるよ。キスマだって…。このままじゃ、大人になってもそれぞれの生活をおろそかにしていく…」
「やめてよ!!なんで急にそんなこと言うの!?」
「なつ…」
「要するに俺から離れたいってこと!?裏切るの!?」

さっきまで瞳に涙を浮かべていた夏希は、突然荒ぶった様子で声を上げ彩世を揺さぶる。

「裏切るとかじゃない。これからも大切な幼なじみには変わりないよ。でも今の関係はそれを超えてるしおかしいって言ってるんだ。だから少し距離を…」
「うるさい!うるさい!!なんで!?急にそんなこと…!」
「いっ…て、夏希!落ち着け!」
「あいつ!?アイツでしょ!?最近、いろに付きまとってるあの1年生!篠井那月!!」
「なっ…あの子は関係ない!」

夏希は息を切らしながら、大声を上げて枕を彩世に力任せに叩きつける。こうなることは覚悟していたが、彩世はどうしても話をしなければならなかった。

那月への気持ちが色濃くなってきた今、向き合う前にまず、夏希とのケジメをつけねばならないと思ったから。

「関係ある!!アイツに何か言われた!?それともアイツのこと好きなの!?たぶらかされてるんだよ!」
「待て!夏希!!」
「3年付き合った彼女に、優しすぎるからつまんないって言われて浮気されたの忘れた!?女がダメだったら次は男にいくの!?結局、みんな一緒だよ!いろの優しさに漬け込んで甘えて、恋人になったらつまんないって簡単に裏切るんだよ!!」
「…っいい加減にしろ!夏希!!」
「うぅ…っ、やだ!!いろは俺のものだ…、ずっと一緒にいる!!離れない!俺にはいろしかいない…」

顔を赤くして涙を滲ませながら崩れ落ちる夏希。彩世が本気で離れようとしてるのが伝わったんだろう。以前の余裕のある雰囲気はなく、髪の毛を乱しながら呼吸を荒くし、必死に繋ぎ止めようとしている。

「…何かある度にいつもお前にそう言われて、これ以上何も言えなくて。結局いつも同じことの繰り返しだった」
「え…」
「分かってほしい、夏希。俺にだけ限定して世界を狭めるんじゃなくて、違うものにも目を向けてほしいんだ。あの頃とは違うものもきっとある。自分が少し変われば、少し目を向ければ何か新しいことが見つかるかもしれない」
「…なに、それ、」
「何か悩みがあれば相談も乗るし、困ったことがあったら助ける。でもまずは自分の足で立って動かないと、何も始まらないよ」

彩世の落ち着いた声色と言葉に、夏希はしゃくりあげながらも目を見開く。

「今まで俺が我慢すればいいと思ってた、自分の生活がおろそかになっても、友達を無くすほど夏希のことを優先しても…お前のためだと思って、耐えてきた。お前がこんな風になったのは俺の発言のせいだと思ったから」
「い、ろ……」
「でも、俺も変わりたいんだ。1度ちゃんとケジメをつけないと…そうしないとお互い前に進めないと思った。夏希の言うように、またあの時みたいに傷つくことがあったとしても、進んでみたいって思ったから」
「……っなん、で」
「だから、合鍵も返す」

それを聞いた瞬間、夏希は力いっぱい彩世の胸ぐらを掴んでベッドに押し倒した。その上に馬乗りになり、服が破れそうなくらいに握りしめる。

「……っみんな、同じだ、」
「……っ!」
「いろも…!あいつも!!親も友達も周りのヤツらも!!もうみんないなくなれよ!!」

そして彩世に向かって思い切り拳を振りかざした。彩世は殴られると分かったが、顔を避けることなくぐっと力を入れる。頬に来るはずの衝撃に耐えるため目を閉じた。

「……っう、」

だが、いつまで経ってもその衝撃は来なかった。目を開けると、馬乗りになったまま胸元に顔を埋めた夏希がいる。

「…夏希、」
「うわぁぁぁぁ…っ、うっ、くっ…出てって…」
「……」
「もういい!!出てけよぉ…!!!」

彩世の胸元がぐしょぐしょに色が変わるほど、泣き崩れていた夏希。

「…うっ、はぁ。やっぱりいろは残酷だな」

そう掠れた声で呟くと、夏希はゆっくり体を起こしベッドを降りた。フラフラと部屋を出て、隣の書斎へ入っていく音が聞こえてきた。

1人残された彩世はやるせない表情を浮かべ、髪を激しくかき乱す。そして合鍵を机の上へ置き、部屋を出ていった。
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