早く惚れてよ、怖がりナツ

ぱんなこった。

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名前

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一一一嬉しい、嬉しいって…。どういう意味の嬉しい…?

「実は俺の幼なじみさ、ナツくんと同じような名前なんだ」
「…!!え、同じような?」
「季節の夏に、希望の希で夏希なつき。周りの友達や俺には“なつ”って呼ばれてる」
「そ、そうなんですか…」

一一一あの金髪の「なつ」って人は、本名が夏希っていうのか…。全く同じではなかったけど、確かに僕とほぼ一緒の名前だ。

「しかも俺の2つ下で、ナツくんと同じ学年。初めてナツくんの名前聞いた時、こんな偶然あるのかってびっくりしたよ」
「えっ…、あ、あの人、高1なんですね…、」
「そう。髪染めたりピアスも結構開けてるから、見えないけどね」

2人は向かい合って立ったまま。那月はまともに顔が見れず俯き、彩世はそんな那月の姿を目に映しながら時々目線を外して話を続けた。

「それで…ちょっとそいつとは色々あって、よく喧嘩しちゃうんだよね。その度にやっぱり…なんか気持ちが複雑で。さっきも無性にナツくんのこと引き止めちゃったんだと思う。ごめんね」
「…っい、いえ、」
「でも、そのせいでナツくんあんなに怖がってたのに俺に心開いてきてくれてるって分かったから…やっぱり嬉しいよ。慣れてきてくれたんだって」

その彩世の口ぶりとハニカミ方から、この感じは人間に脅えて威嚇してきた野良犬がだんだん自分にだけ懐いてきたかのような、そんな嬉しさなのかもしれない。

と、那月は思いつき、それを理解して肩の力が抜けてしまった。

一一一そうだよね、きっとそんな気分だろうな。たぶん先輩からしたら、僕は箱に入って怯えてる野良犬のような感じなのかも…。

一一一あ、ていうか、僕はその幼なじみの人と名前が似てて、歳も同じで…だから、先輩は僕を鬱陶しがらずに優しく接してくれてたのかな。犬って言うより、むしろ僕とその人を重ねて…?よく喧嘩するってことはあんまり仲が良くないとか…?なら余計に有り得る…。

「…ちょ、ちょっと、えっと、複雑で、す。ぼぼぼ僕も…」
「え?」
「あああ!!いや、なんでも、ない…です!」

思わず口に出してしまい、焦って那月は手を顔の前でぶんぶんと振った。その時一瞬見えた、彩世の自分を見つめる表情が何だかくすぐったくて、また下へ目を逸らす。

「…あ、そういえばさ、ナツくんの名前はどういう字なの?」
「!!え、え!?あ、あの…な、那覇の那に、月って字で、ナツです…」
「へぇ…、綺麗な名前だね」
「…っき、綺麗なんて、は、初めて言われました…」
「ふーん…どういう意味があるか聞いたことある?」

急すぎる質問に一瞬戸惑ったが、那月はコクコク頷いてから口を開いた。

「意味は…ま、前に母に聞いたのは、派手で目立たないけど、だ、誰かの暗い夜道を照らすような、穏やかなゆったりした月の光みたいな子になってほしいって…感じ、でした」
「へぇ……」

一一一急になんでだろう!?名前の由来なんて誰かに話すの初めてだから…!自分で話しててちょっと恥ずかしくなってきた…!

彩世がどんな顔をしているか気になり、ギュッと閉じていた片目をゆっくり開けて見上げた那月。すると、それに気付いた彩世は柔らかく微笑んだ。

「じゃあ、ナツ君にぴったりの名前じゃん」
「え!?え、い、いや…いつか、そうなりたいとは、思いますけど…い、今の僕は、全然……」
「そんなことないよ。俺の方が全然だよ」
「…っえ」
「俺の名前、自分の世界も、他人のどんな小さな世界でも彩れるような優しくて明るい人にって…彩世って名付けたんだって」
「!!!そ、それじゃ……」

それこそ先輩にぴったりで素敵な名前だ。と言おうとした那月だが、彩世が項垂れながらベンチに座ったので、つい口を閉ざした。

「俺は、そんな人になれそうにないからさ。俺の優しさは彩るどころか、ひどくて残酷なものなんだって」
「……え?」
「だから俺の方が全然だし、ナツくんにはその名前が似合ってるから大丈夫」
「…っ先輩」

彩世の言葉に那月が息を飲んだ時、昼休憩の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

「あ…こんな話してごめん。チャイム鳴ったし教室戻るよ。ナツくんも早く戻ってね」
「…っあ、」

そう言って彩世は今度こそ中庭を出て行った。

「……なんで」

随分と彩世との距離が縮まったように感じるのに、また余計に分からないことが増えた気がした。

自分に向けて嬉しいと言って微笑んだ彩世も、幼なじみのことを話して困ったように笑う彩世も、自分の優しさが残酷だと言って苦しい顔をする彩世も。

全部どういう真意なのか。この日、那月の頭の中は色んな顔の彩世でいっぱいになってしまった。
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