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その手に

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「いや、まじでごめん…!何してんだろ俺…、」
「……い、い、い、いえ」

掴まれた手は、即座に離された。ほんの一瞬だったが、那月の手首に握られた感触がまだ残っている。そんな彩世は自分のしたことに信じられないと言った表情をしていて、珍しく焦っているようだ。

一一一び、びっくりした…。まさか手を掴まれるなんて思わなかった。なんで急に…。彩世先輩に触れられるなんて夢にも思わなかったのに…。

突然の出来事に、那月の心臓はドクドクと音を立てているが、それは恐怖ではなく違うもののように感じる。今までなら男性に触れられでもしたら、あの襲われた時のように足が震え、汗も出て立てなくなっているはず。

でも、今は握られた手首からじわじわと熱が全身に伝わるように熱い。痺れていた足に突然血が回るような感覚がしている。冷や汗どころか、むしろ暑くて汗が出そうだ。

掴まれた手を見ながら突っ立っていると、彩世は立ち上がって那月から距離を取った。

「あの…ほんとごめん、怖かったよね。俺今無意識で…」
「…っえ、いや。そ、その、大丈夫、です」

一一一無意識…?じゃあ、勝手に体が動いたってこと?今のタイミングでなんで?

「触られるなんて怖いに決まってるよね。まじでごめん。離れてた方がいいよね、俺出て行くから」
「…っえ!」

きっと彩世は、初めて視聴覚室で那月と会った時のことを思い出したんだろう。那月が同級生の男子に無理やり触られ襲われそうになっていた時だ。

あの時、那月は恐怖で助けてくれた彩世にさえ口が聞けず、触れられることを恐れていた。それも分かっているからこそ、自分がしたことを酷く後悔しているようだ。その時のように、まず離れようとしているんだろう。

那月も彩世がそう考えていることが分かって、立ち去ろうとする制服の裾を慌ててぎゅっと摘んだ。

「…い、彩世先輩…!こ、こわ、怖くない、です!!」
「……え?」
「ぼ、僕、今先輩に触られた…けど、あ、前みたいに、怖くないんで…、だ、だから」
「なんで?だって手が震えて…」
「これは、び、びっくりしただけで…!何だか、その、手が熱くて…、バクバクしてるだけ、です…!」

彩世を引き止めて大きな声で訴える那月。裾を摘む手は確かに小刻みに震えているが、力強く離そうとしない。

一一一近い、さっきよりも、今までのどの時よりも近い。自分から先輩に近付いてる。すごく緊張して、顔まで熱い…!なんでこんなに緊張してるんだ!?

「ナツくん…」
「あっ、あの…!だから、その、せ、先輩なら、だ、大丈夫で…」
「俺なら大丈夫なの?」
「は、えと…あ、は、はい」

彩世はゆっくり振り向いて、俯いている那月を見下ろした。両手を胸の前で握り、口を引き結んで顔を赤くしている那月は小動物のようにでも見えているだろうか。

「…こんな長い時間目の前にいるの、初めてかもね」
「は……、はい……」
「俺なら大丈夫って、ほんと?」
「えっ…!!ほ、ほ、ほんとです…」
「そっか…、なんていうか、うん。それ素直に嬉しいかも」
「え……、」

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