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 もし、魅子さんとそんなことになったら……。
 健全な男子だから、そんな妄想を抱いたことはある。薄汚れた欲望を自らなぐさめることだってある。
 ただ、どうやってそういう関係になるのか、まるでわからない。情けない話だけど、これは嘘ではない。

 魅子さんは、恋愛体質ではない。恋に身を焦がしたり情熱に身を任せたりなんて姿は想像もつかない。ましてや男性を誘惑するなんてありえない。
 女子高出身のせいか、実は男性が苦手という噂もあるほどだ。

 そう言えば以前、職場の男性社員に傷つけられたと、エリさんに泣きついたことがあった。もしセクハラとかパワハラなら、僕が直接乗り込んでやるつもりだった。結局、僕より先にエリさんがケリをつけてくれたのだけど。
 編集者が担当作家に泣きつくなんて、と思うかもしれないが、二人は年の離れた姉妹のように、強い信頼関係で結ばれている。

 魅子さんはエリさんを心から尊敬している。まるで熱心な信者のようだ。
 よく家にもやってくる。仕事抜きでもやってくる。もちろん、僕は大歓迎だ。
 香里にも言ったけど、家族同然の付き合いである。一緒に食卓を囲むこともあるし、映画や芝居を観にいくこともある。残念ながら、エリさんも一緒だけど。

 僕は魅子さんが大好きだ。天然気味のところも含めて、可愛らしいと思う。
 ただ、魅子さんから見たら、僕は担当作家の息子にすぎない。弟のような位置づけかもしれないけれど、あと数年したら、そのイメージを引っ繰り返したいと思う。

「実を言うと、私は香里ちゃんのような娘が欲しかったのよ。とてもいい子なのになぁ」
 エリさんは、まだ言っている。僕の気持ちには全く気づいていない。

「駿介も20歳よね。そろそろ、将来のことを真剣に考えないといけないと思うの」
「うん、言われなくてもボチボチ考えてるよ。いささか気が重い話だけどね」
「駿介に覚えておいてほしいのは、可能性は無限だということ。どんな職業を目指そうと、私は駿介の考えを尊重する。それは約束する。ただし、将来の選択肢は多ければ多いほどいいと思うの」
 エリさんには珍しく、何か言いにくそうだ。

「何だよ、改まって。もしかして、難しそうな話?」
 エリさんは首を振る。
「ううん全然。とても単純な話なんだけど……」
 僕の顔から眼をそらして、こう続けた。
「真中さんから言われているの。一度、駿介に会う機会を作ってほしいって」
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