純情 パッションフルーツ

坂本 光陽

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 僕たちがデザートを食べるのを待っていたように、我が家の世帯主は帰ってきた。
「エリさん、遅かったね。晩御飯は焼きソバと味噌汁にしたよ。デザートは、魅子さんからもらったお土産のカップケーキ」

 いつものエリさんなら、「お腹ペコペコーっ」とか言って、着替えも手洗いもしないで、食卓につく。でも、今晩は違った。神妙な顔つき。心なし、青ざめている。

「エリさん、どうかした?」
「魅子ちゃん、ちょっと来て」

 エリさんは血相を変えて、魅子さんを書斎に引っ張っていった。
 おそらく、仕事がらみのトラブルだろう。僕はそう思っていた。
 流しで皿を洗っていると、エリさんと魅子さんが戻ってきた。リビングのソファに腰を下ろす。

「駿介、そこに座って、私の話を聞いて」
「どうしたのさ」
「いいから座りなさい」

 僕はタオルでぬれた手を拭き、二人と向き合う形で座った。
 魅子さんを見て、ハッとした。目元を赤く染めている。泣いたのだ。
 どうして? 嫌な予感がした。

「駿介、気を落ち着かせて聞いてほしいの。いいわね」と、エリさん。
 心の準備を整えて、僕は頷いた。
 エリさんは胸に手をやり、小さく息を吐いてから、告白を始めた。

「私は昔から、他の女性とは少し違うの。男性を尊敬したことはあっても、愛したことはない。いろいろ試してみたけれど、心の底から愛することはなかった。どうしてもできなかったの。それは駿介の父親も同じ。私たちは夫婦ではなく、親友同士だった」

 エリさんは言った。
 ああ、やっぱり、そうなのか。例の調査資料に書かれていた通りなのか。厄介ごとというものは、いつも突然にやってくる。

「私、女性しか、愛せないの」

 僕はエリさんの〈秘密〉を知っていた。セクシャリティについては、半信半疑だったけど、それはそれで構わない。そう思っていた。

「うん、わかった。エリさんは父さんを愛していなかった。それはそれで少しショックだけど……。でもさ、僕のことは愛してくれている。その理解でいいんだよね」

 わざと軽い口調で確認する。重々しく語るより、少し楽になれる気がしたから。
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