純情 パッションフルーツ

坂本 光陽

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 この調査資料は捏造ねつぞうなのではないのか? 何度もそう考えた。
 僕を真中家に取り込むために、こんな嘘をでっちあげたのではないか?
 バカげている。そんな嘘を吐くことも、そんな嘘で他人を操ろうとする人間も。

 しかし、冷静に考えてみると、それはないだろう。同じ捏造なら、もっと説得力のあるものにしたはずだ。信憑性しんぴょうせいが薄くて、人権に関わるような問題は避けるのではないか?
 そもそも、こんな資料を見せて、僕を真中家に取り込めると信じていたのか? もしそうだとしたら、見当違いもはなはだしい。

 もやもやするので、身体を動かすことにした。
 帰宅するや、Tシャツに短パン姿に着替えた。こういう時には、くたくたになるまで近所の土手を走るに限る。 頭を空っぽにして、全身から汗を搾り出すのだ。後はシャワーを浴びればいい。くだらない悩みは汗と一緒に流れ落ちてしまう。

 身体を動かすことも大好きだ。ただ今回の場合、いくら汗を流しても無駄だった。
 調査資料の内容と真中さんから言われたことが頭から離れない。不愉快な言葉の羅列は、脳髄の隅にペタリと貼りつき、今も頑固に居座っている。考えまいと意識すればするほど、つい考えてしまう。

 そんな意志の弱い自分にもうんざりだ。

「駿介、真中さんと会ってきたんでしょ、どんな感じの話だったの?」

 夕食の時に、エリさんから訊ねられた。

「やっぱり、就職の話だったよ。セントラル重工業にコネ入社はありえない、実力で這いあがってこいってさ。こっちは何も頼んでいないし、コネを使うなんて考えてもいないのに、ありがたい話だよね」つい、皮肉っぽい口調になる。
「ふうん、そうなんだ。他には?」

 僕は嘘を吐くのが苦手だ。エリさんには本当の話を伝えた。ただし、半分だけ。残り半分に関しては割愛かつあいした。
「えっ? ううん、別に何も……」

 思い切ってエリさんに訊ねてみれば、あっけらかんと誰もが納得できる答えが返ってくれるかもしれない。
 だけど、それはとてもできない。あまりにも無謀だし、問題がデリケートすぎる。まともな神経の持ち主なら、直接訊ねるなんて絶対にできないだろう。

「……」

 エリさんは怪訝けげんな顔をしていた。気まずい沈黙。もしかすると、僕の表情から何かしら感じていたのかもしれない。でも、結局、何も言わなかった。
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