5 / 7
母娘でトライアングラー
しおりを挟む母に似ている、と言われるのは面白くない。シングルマザーとして育ててくれたことには感謝しているが、性格が全然合わず、水と油みたいな関係である。
母はマイペースで、少し抜けていて、物が捨てられないタイプだ。木造の古びた一軒家は二人で暮らすのは広すぎるが、物置と化しているのは一部屋や二部屋ではない。母は着古したTシャツや縁のかけた食器などをごっそり貯め込んでいる。
私がいなかったら、かなりの高確率で我が家はゴミ屋敷になっていただろう。
「ねぇ、思い切って処分しようよ」
「いやよ。お願いだから勘弁して」
「ほら、この手提げ袋なんか12枚もあったよ。母さんが働いていたお店の袋でしょ」
母は昔、フルーツショップに勤務していた。その手提げ袋は白地に黒で、切り絵風のタッチで水車小屋が描かれている。表面加工が施されていて、丈夫で持ちがよさそうだ。でも、同じ手提げ袋を12枚もとっておく必要があるだろうか。
母は手提げ袋の束を胸に抱いて、
「お願い、これだけは許して。大切な思い出があるの」
一言でいうと、母の恋バナだった。なるほど、とっておきたい気持ちは理解できる。ただ、手提げ袋は使ってこそ価値がある。母にそう言っても使うわけがないので、私がサブバッグ代わりに持ち歩くことにした。
だけど、こうした些細な事が、人の出会いを生むのだから、世の中はわからない。仕事を終えて、駅のプラットホームで電車を待っていたら、声をかけられたのだ。
「すいません、お嬢さん。つかぬことをうかがいますが」
振り向くと、銀髪の男性が素敵な笑顔を浮かべていた。背筋がピンと伸びていて、ストライプの麻ジャケットにスカイブルーのチノパン、ウイングチップの革靴、さりげなく首元にチーフを巻いていて、とてもおしゃれだ。
まさか、ナンパだろうか? 私は少し警戒する。
「そちらの袋なのですが……」おじさまは私の手提げ袋を指差した。「もしかすると、水乃屋さんの袋ではないですか?」
「ミズノヤさん?」
「ええ、果実の専門店です。東口商店街に出店していました。このあたりに来たのは久し振りなのですが、今もまだあるのでしょうか?」
どうやら、私がその店で買い物をしてきた、と思われたらしい。
「ああ、ありましたね、水乃屋さん。いつも南国フルーツのいい匂いがしていました」
「ええ、あの香りは僕も大好きでした」
「あっ、でも、すいません」私は少し困った顔になる。「水乃屋さんは5年ほど前に閉店しました。社長さんが亡くなってしまって」
「そうですか。残念ですね。では、あなたがお持ちの袋は?」
「これは、家にあったものなんですよ」
「なるほど、僕の早とちりでしたね」おじさまは照れくさそうに頭をかく。「懐かしい袋を見て、つい声をかけてしまいました。そのデザインは約30年前に、僕が描いたものなんですよ。まだ駆け出しのデザイナーでした」
「へぇ、そうなんですか」改めて、手提げ袋を見る。「素朴でかわいらしいデザインですね」
「ありがとうございます」
「ということは、水乃屋さんとは、何度か打ち合わせをされたわけですね」
「ええ、完成形に至るまで、十数回ほどでしょうか。僕が未熟なせいもあって、先方には御迷惑をおかけしました」
いえいえ、そんなことはありません。私は心の中で呟く。本当にすいません。その担当者は実は、私の母なんです。
若かりし頃の母には、こっそり憧れていた男性がいた。彼は若いデザイナーだったので、なかなか企画内容にOKを出さず、何度も足を運んでもらったとか。(ちなみに、今は亡き父と出会う前の話である)
その折りは母が御迷惑をおかけしました。私は心の中で、おじさまに頭を下げる。
それにしても、母親の片想いの相手と会って、こうして言葉を交わしているなんて、不思議な感じがする。さりげなく、おじさまに訊いてみた。
「あの、水乃屋さんの担当窓口の方を覚えておられますか?」
「ええ、覚えていますよ。見事な顎鬚の店長さんです。デザインには、とてもこだわりがある方でした」
「あれ、男性の方ですか? 女性の方ではなくて」
「ええ、昔の話ですが、そうだったと思いますよ」
なるほど、母のことは忘却の彼方というわけか。それとも、こうあってほしいという母の願望が、真実をねじまげて記憶させたのか。
しばらくして、電車がホームに滑り込んできた。おじさまが乗るようなので、私は電車を一本見送る旨を伝えた。
「では、失礼します。お嬢さんとお話ができてよかったですよ」
おじさまは会釈をして、電車に乗り込んだ。走り去る電車を笑顔で見送った。
とても魅力的なおじさまだった。もしかしたら、一目惚れをしたかもしれない。薬指に指輪がなかったので、独身の可能性が高い。この手提げ袋は残りの11枚と一緒に大事にとっておかなければ。
また、会えるだろうか? 会えたとしたら、それは運命なのかもしれない。
ただ、母と同じ好みというのは妙な気分だ。明らかに居心地がよくない。もし、母と三角関係になったら、出来の悪いコメディである。
もっとも、この恋は数日しかもたなかった。同じ駅の構内で、おじさまが同年配の女性と腕を組んで歩いているのを見かけたのである。いかにもお似合いの熟年カップルだった。お二人の後ろ姿を見送りながら、私を小さく溜め息を吐く。
その時、ポンポンポンと間の抜けた音がした。真っ昼間から打ち上げ花火でもしているのか。まるで、「残念でした」と、誰かに笑われたようだ。
同じ男性を好きになって、ともに失恋するなんて、やはり、私と母は似ているのかもしれない。認めたくはないけれど。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
声劇・シチュボ台本たち
ぐーすか
大衆娯楽
フリー台本たちです。
声劇、ボイスドラマ、シチュエーションボイス、朗読などにご使用ください。
使用許可不要です。(配信、商用、収益化などの際は 作者表記:ぐーすか を添えてください。できれば一報いただけると助かります)
自作発言・過度な改変は許可していません。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
ザ・マニアック
フルーツパフェ
大衆娯楽
現在の最新作
高級官僚である父親の反対を押し切って警察官の道を歩んだ桜井美里(22)。
親の七光りの誹りから逃れたい彼女は成果を急ぐあまり、初任務のパトロールで一般人男性を誤認逮捕してしまう。
事件が明るみに出れば父親の立場も危うくなる。
危惧した美里は刑事補償として同僚達と一緒にご奉仕をすることに!?
しかしながら清楚な道を歩んできた美里に羞恥の道は歩みがたく。
お漏らし・おしがま短編小説集 ~私立朝原女学園の日常~
赤髪命
大衆娯楽
小学校から高校までの一貫校、私立朝原女学園。この学校に集う女の子たちの中にはいろいろな個性を持った女の子がいます。そして、そんな中にはトイレの悩みを持った子たちも多いのです。そんな女の子たちの学校生活を覗いてみましょう。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる