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思いだせないんや
しおりを挟む古びたマンションの近くに、小さな児童公園があった。かつては子供たちが遊ぶことがあったかもしれないが、随分前から老人たちの憩いの場所と化している。今もベンチで日向ぼっこを楽しんでいるのは、二人の高齢者だった。
「唐突やけど、俺の話を聞いてくれへんか?」
「何や、ほんまに唐突やな。カネやったら貸せへんで」
「カネの話やない。そもそも、おまえ、全然もってないやんけ。あ、こないだ貸した飲み代やけど、今、返してくれへんか」
「まぁまぁ、その話はこっちにおいといて、それで何の話やねん」
「ああ、そうやった。映画の話なんや。おまえ、映画に詳しいか?」
「詳しいかって、おまえ、誰にモノいうとんねん。映画の生き字引とは俺のこっちゃで」
「へぇ、えらい頼もしいなぁ。ほな、その生き字引に聞いてもらおかな」
「おう、何でもかかってこいや」
「実は、映画監督の名前が思い出されへんねん。何や、ややこしい名前の監督で、デビュー作がえらい評判になって、その後もヒット作が続いたんやけど、全然あかん映画もあって、評価の難しい監督なんや」
「ほうほう、それ、何ていう監督なんや?」
「だから、それが思い出されへんねん」
「さっき、ややこしい名前ていうたな。スミスとかジョンソンとかやなく、カンバーバッチとかシュワルツェネッガーとかいうわけか」
「ちゃうちゃう。それ二人とも俳優やないか」
「わかっとるがな。物事には段取りいうものがある。とっかかりを掴もうとしただけや。その映画監督は、どんな映画を撮ったんや」
「一言でいうと、ネタバレをしたらあかん映画や」
「そら、どの映画でもそうやろ。ネタバレOKの映画の方が珍しいわ」
「いやいや、確か、主演俳優がCMで言うてたんや。この映画はネタバレ禁止やでってな」
「誰やねん、その主演俳優って」
「ハゲやのにタフな男で売ってる俳優や」
「おい、今のハゲ発言は問題やで。俺もおまえも、髪の毛ふさふさの時代はとうに過ぎとる。で、その俳優の名前は?」
「何とか何とかや」
「それで、どう分かれっちゅうねん。俺は超能力者やないで。例えば、どんな映画に出とったんや」
「俺が就職した80年代後半あたりから、いっぱい出とると思う。顔見たら、一発で分かるんやけど、名前だけが思い出せん」
「ハゲで80年代後半あたりからタフな男で売ってるいうたら、俺には一人しか思い浮かばんけどな」
「えっ、おまえ、分かるんか? それ、誰や」
「おまえ、『ダイ・ハード』って知っとるか」
「バカにすんな。『2』も『3』も見たわ」
「『4.0』と『ラストデイ』もあるけどな。で、主演の名前は?」
「……分からん」
「ブルース・ウィリスやないか。この前、引退を発表したばかりなのに、何で分かれへんねん」
「ああ、そうや、そうや、ブルースやった。そうやった」
「喜べ、これでネタバレ禁止やった映画も、それを撮った映画監督も一網打尽や」
「へっ、おまえ、全部、分かったんか? ホンマに生き字引やったんやな」
「よう聞け、その映画監督いうんは、ズバリ、ナイト・シャマランやろ」
「ああ、それや、それや、ナイトなシャマランやった」
「何やねん、ナイトなシャマランて。さっき、『デビュー作がえらい評判になって、その後もヒット作が続いたんやけど、全然あかん映画もあって、評価の難しい監督なんや』て言うてたな」
「おまえ、よう覚えとるな」
「デビュー作いうた映画は、正確にはデビュー作やないけど、その映画で大ヒットを飛ばして知名度を上げたんやから、あながち間違いとも言い切れんか」
「何ていう映画やったっけ?」
「ここまで言うて、まだ分からんのか。『シックス・センス』やないか」
「ああ、そうやった、そうやった。『シックス・センス』や」
「さっ、これでスッキリしたやろ。飲み代の借りはチャラにしたれや」
「いやいや、それはそれ。これはこれ。センスの話はナンセンスっちゅうことで」
「何がナンセンスや」
その時、ポンポンポンと間の抜けた音がした。どこかで打ち上げ花火をしているらしい。
「えらくタイミングよく鳴ったもんやな」
そう言って、二人は苦笑を浮かべた。
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