松井秀喜が教えてくれた

４

　
　俺は急いで帰郷し、病院に向かった。担当医からＣＴ写真を見せられて病状をうかがった。父親は脳梗塞｜《のうこうそく》だった。脳の血管が詰まってしまい、脳の一部が正常な働きを失ってしまう病気である。

　予断を許さない状況であることが、ひしひしと伝わってきた。回復の見込みはなく、いつまでもつかもわからない。俺は最悪の状況を覚悟した。

　目的の駅に近づいた時、社内アナウンスによって、能美野上の読みが「のみねがみ」ではなく「のみねあがり」であることを初めて知った。ネット情報によると、能美野上駅から路線バスに乗れば、目的地まで連れて行ってくれるらしい。

　バスを降りた時、松井秀喜の生まれ育った町を眺めた。第一印象は、空が高いということ。近くの小松空港から発着した旅客機が蒼穹を横切っていく。どことなく、子供の頃に過ごした町に似ている。初めて来た場所なのに、妙に懐かしさを感じた。

　目的地は、洋館に似た建造物だった。
　松井秀喜ベースボールミュージアム。

　スーパースター松井秀喜の人生を凝縮した博物館である。少年野球・学生野球の写真から、プロ入り初のホームランボールとバット、数多くのタイトルの盾、メジャーリーグのチャンピオンリングまで、野球人生がすべて詰まっている。

　松井秀喜は2012年に引退し、2013年に長嶋茂雄とともに国民栄誉賞受賞、2018年には野球殿堂入りを果たした。メディアで目にする機会は減ったが、俺にとっては永遠のスーパースターである。

　胸の高まりを抑えることができない。博物館の正面に松井秀喜少年の銅像があったので、思わず、手を合わせて拝んでしまった。館内にあった、ヤンキースのユニフォームを着た等身大の松井秀喜像にも手を合わせた。

　俺は無神論者なので、普段、神頼みはしない。
　頼みとするのは、松井秀喜大明神だけである。
　もちろん、今の願い事は、一つしかなかった。

　一通り観てまわると、そろそろ帰りの列車時刻だった。母親を一人にはしておけない。名残惜しいが、帰ることにしよう。なに、また来ればいいだけの話である。

　父親は相変わらず、予断を許さない状態である。父親の意識が戻るのは、明日かもしれないし、半年後かもしれない。神のみぞ知る、である。

　運よく回復に向かっても、身体にマヒが残ると言われているし、その時はリハビリもつらいものになるだろう。もし、父親がリハビリを投げ出そうとしたら、ある言葉を送ろうと思う。

　松井秀喜が左手首を骨折した時に、長嶋茂雄から言われたらしい。
「リハビリは嘘をつかないぞ」
　脳梗塞を患った長嶋の言葉だから、これは重みがある。

　もし、父が運よく回復すればリハビリに付き合うし、最悪の場合は喪主を務めることになる。これから何が起ころうと、前向きに受け止める覚悟はある。

「人間万事塞翁が馬」

　スーパースター，松井秀喜が自らの行動で示してくれた生き方の指針。
　俺は今、この言葉に支えられている。



　　　　　　　　　　　　　　　　　　　了