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溺れる身体⑨

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「いや、シュウさんはすぐ忘れるっす。今日のことなんか、すぐ心から追い出して、なかったことにする。そうさせないために、心にくさびを打ち込んでやるっすよ」

 どうする気だ? 心に不安がよぎる。
 カズは割れた食器を片付けだした。手早く済ますと、今度は帰り支度を始める。何を考えているのか、まるで読めない。

 カズが戻ってきて、冷ややかに僕を見下ろした。いきなり、僕の唇にキスをした。

「じゃあ、お別れです。二度と会うこともないでしょう」あっさり背を向ける。
「おい、カズ」
「心配いらないっす。そのうち、救援隊が駆けつけますよ」

 カズは二度と振り返らなかった。
 玄関ドアが閉められ、やけに寒々とした音が響いた。一人になると、部屋の中は静寂で満たされる。

 いや、かすかに除夜の鐘が聞こえる。煩悩ぼんのうだらけの僕は今の状況に、皮肉なものを感じた。ひどい年越しになったものだ。

 椅子に縛りつけられた状態では、身動きが全くとれない。身体をゆすって床に倒れても、態勢が苦しくなるだけだ。幸い、エアコンが効いているので寒くはない。食事をしたばかりなので、空腹を感じることは当分ないだろう。

 だが、もしも誰にも気づかれず、このままの状態が続くとしたら……。小便は垂れ流し。胃は空っぽ。脱水症状に苦しみ、餓死の怖れすらあるかもしれない。
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