ブラックアイドル【Ｒ１８】

王様の失墜⑥（完）

　右手が硬いものに触れた。馴染みのある手触り。それが何であるかを悟り、私は意識を失う前に指先を躍らせた。

　生き延びるために。

　　　　　　　　　　　　　　　　　＊

　速水さんの死のきっかけを作ったことには責任を感じるけど、最終的にそれを決断したのは彼自身だ。結局、他人の行為の責任を負うことはできない。

　それよりも自分の責任を果たすべきだろう。

　この世に生を受けた以上、人生の素晴らしさを謳歌おうかしなくてどうする。くだらないしがらみや息が詰まるような状況は、考え方次第でどうにでもある。

　つまるところ、私の人生を決めるのは、私自身だということだ。


　生と死の狭間をさまよう経験すると、人生観というものは一変するらしい。

　以前の悲観主義者はどこへやら、今の私は能天気そのものだ。まちがっても自殺しようとは思わない。この性格の変化は九死に一生を得たからではなく、もしかすると、南国の陽気と強烈な日差しのせいかもしれない。

　子供の描く絵のように真っ青な空と海が、私を包み込んでいる。

　あの日、私の手が触れたのはスマホだった。リダイヤルの番号が三原さんのものだったのは、ラッキー以外の何物でもない。ろれつが回らず、要領の得ない私の声を聞くや、三原さんはすぐに駆けつけてくれたのだから。

　かくて、バカげた結末は速やかに回避された。
　愚かな考えは捨てて、新たな人生を歩むことに決意する。

　三原さんは餞別せんべつとして、新たな名前の身分証明書をプレゼントしてくれた。沖縄本島への航空チケットと、新天地の住まいまで手配してくれた。いたりつくせりの対応は、例の一件のギャランティ代わりなのだろう。

　私は胸を張って、メインストリートを闊歩かっぽする。身に着けているのは、胸元を開いたアロハシャツにデニムのミニスカート。もうパステルピンクのワンピースは必要ない。

　すれちがう人の視線を浴びれば、それだけで気分は最高潮だから。


　　　　　　　　　　　　　　　　　完