11 / 18
反響
しおりを挟む河原崎座で奴一平を演じた市川男女蔵は、心が浮き立っていた。14歳の少年である彼は、まさか自分の役者絵が出るとは想像もしていなかったのだ。銭を握りしめて買い求めてきたとしても、何ら不思議ではない。
「何でぇ、また買ってきたのか。物好きだね。一体何枚買って来れば気が済むんだい」
「そういう鬼さんだって、後ろに隠しているのは何だい。あんたの役者絵じゃないか」
「ふふっ、ばれたか。俺を描いてもらえるたぁ、ようやく、認められたってことかね」
そう言って笑い声を上げたのは、奴江戸兵衛を演じた大谷鬼次である。
他にも、桐座の中島和田右衛門や中村此蔵も写楽の役者絵を喜んでいたが、彼らに共通しているのは皆、脇役であるということ。あくまで、少数派だった。
写楽の大首絵は衝撃的であり、確かに世間をあっと言わせた。しかし、必ずしも好意的に受け止められたわけではなかった。
その原因は、誇張された顔の特徴にあった。まるで化け物のように描かれた人気女形,中山富三郎や瀬川菊之丞は激怒していたし、江戸三座の関係者は皆、怒り心頭だった。
「こんなひどい顔に描きやがって、こん畜生めぇ」
「写楽って奴の眼はどうかしてんじゃねえのかい」
「蔦屋に一言いってやらないと、気がすまねぇな」
蔦屋に乗り込んで文句を並べ立てた者は、一人や二人では済まなかった。
役者絵とは本来、千両役者や芝居の名場面を描いたものである。現代でいうならば、スターやアイドルのブロマイドであり、ファンが買い求めるものである。その意味では、28枚の大首絵は役者絵ではなかった、と言えるかもしれない。
『江戸風俗総まくり』の中には、「写楽といふ絵師の別風を書き、顔のすまひのくせをよく書たれど、その艶色を破るにいたりて役者にいたまれける」とある。
役者絵の本筋を外れて独特な大首絵を描いたのだが、顔の特徴を強調して醜く描いてしまったため、役者たちに嫌われてしまった、というのだ。
28枚の大首絵は確かに、江戸三座の役者や関係者、贔屓筋、江戸っ子を驚かせた。しかし、醜い部分を誇張した絵など、誰も見たくはなかったのである。
蔦屋の思惑は見事に外れた。写楽の大首絵が売れるはずもなかったのだ。
1
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
仏の顔
akira
歴史・時代
江戸時代
宿場町の廓で売れっ子芸者だったある女のお話
唄よし三味よし踊りよし、オマケに器量もよしと人気は当然だったが、ある旦那に身受けされ店を出る
幸せに暮らしていたが数年ももたず親ほど年の離れた亭主は他界、忽然と姿を消していたその女はある日ふらっと帰ってくる……
思い出乞ひわずらい
水城真以
歴史・時代
――これは、天下人の名を継ぐはずだった者の物語――
ある日、信長の嫡男、奇妙丸と知り合った勝蔵。奇妙丸の努力家な一面に惹かれる。
一方奇妙丸も、媚びへつらわない勝蔵に特別な感情を覚える。
同じく奇妙丸のもとを出入りする勝九朗や於泉と交流し、友情をはぐくんでいくが、ある日を境にその絆が破綻してしまって――。
織田信長の嫡男・信忠と仲間たちの幼少期のお話です。以前公開していた作品が長くなってしまったので、章ごとに区切って加筆修正しながら更新していきたいと思います。
安政ノ音 ANSEI NOTE
夢酔藤山
歴史・時代
温故知新。 安政の世を知り令和の現世をさとる物差しとして、一筆啓上。 令和とよく似た時代、幕末、安政。 疫病に不景気に世情不穏に政治のトップが暗殺。 そして震災の陰におびえる人々。 この時代から何を学べるか。狂乱する群衆の一人になって、楽しんで欲しい……! オムニバスで描く安政年間の狂喜乱舞な人間模様は、いまの、明日の令和の姿かもしれない。
真田源三郎の休日
神光寺かをり
歴史・時代
信濃の小さな国衆(豪族)に過ぎない真田家は、甲斐の一大勢力・武田家の庇護のもと、どうにかこうにか生きていた。
……のだが、頼りの武田家が滅亡した!
家名存続のため、真田家当主・昌幸が選んだのは、なんと武田家を滅ぼした織田信長への従属!
ところがところが、速攻で本能寺の変が発生、織田信長は死亡してしまう。
こちらの選択によっては、真田家は――そして信州・甲州・上州の諸家は――あっという間に滅亡しかねない。
そして信之自身、最近出来たばかりの親友と槍を合わせることになる可能性が出てきた。
16歳の少年はこの連続ピンチを無事に乗り越えられるのか?
忍者同心 服部文蔵
大澤伝兵衛
歴史・時代
八代将軍徳川吉宗の時代、服部文蔵という武士がいた。
服部という名ではあるが有名な服部半蔵の血筋とは一切関係が無く、本人も忍者ではない。だが、とある事件での活躍で有名になり、江戸中から忍者と話題になり、評判を聞きつけた町奉行から同心として採用される事になる。
忍者同心の誕生である。
だが、忍者ではない文蔵が忍者と呼ばれる事を、伊賀、甲賀忍者の末裔たちが面白く思わず、事あるごとに文蔵に喧嘩を仕掛けて来る事に。
それに、江戸を騒がす数々の事件が起き、どうやら文蔵の過去と関りが……
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる