大江戸ディテクティブ ~裏長屋なぞとき草紙~

坂本 光陽

文字の大きさ
上 下
20 / 27
第二の謎

血文字と身投げ③

しおりを挟む
「タンテーよ、ますます、おまえ向きの話になってきたようだぜ」
 そんな風に言われて、貞次郎は苦笑を浮かべるしかない。
「親分、今いえることは一つだけ。その幽霊を捕らえることです」

「おいおい、幽霊をお縄にしろというのか? まさか、幽霊が若夫婦を殺したと言い出すんじゃねぇだろうな。そいつはいくら何でも、荒唐無稽が過ぎるぜ」

「いえ、正確に言えば、そいつは幽霊じゃない。きっと、生身の女なんでしょう。ただ、それが加代さんなのか別人なのか、今はわからない。だから、とっ捕まえて確認しようって話ですよ」

「何だかよくわからねぇが、幽霊でないなら、その女は下手人かもしれねぇ。タンテー、こういうことかい?」

 貞次郎が力強く頷いて、
「下っぴきをできるだけ集めて、吾妻橋の下流をあたらせるんです。幽霊が河童でないなら川べりに上がるはずだし、若い女の濡れネズミなら相当目立つにちがいない」

「なるほど、そいつ道理だな。熊、いくぜっ」

 亀三は熊太郎を連れて、吾妻橋の方に走っていった。

 一人残された貞次郎は、再度、殺人現場を見回して、懐から取り出した帳面に謎の血文字を書きとめる。
「どこかで見た覚えがあるんだが、さて、どこだったかな」

 家を出ると、忠助の姿が消えていた。どうやら、亀三と一緒に吾妻橋に向かったらしい。

「口うるさい小僧が消えて好都合」

 貞次郎は笑顔で呟くと、そそくさと隣の家に向かう。何度も話に出た隣の女房から、若夫婦に関する話を根掘り葉掘り聞くためである。貞次郎は亀三の手下を装って、堂々と聞き込みを行った。

 大吉と加代の人となり、普段かわしていた世間話、加代を訪ねてきた若い女、結婚前の大吉と加代のこと、結婚のいきさつ、本当の夫婦仲……。

 その日、貞次郎が長屋に戻ったのは、とっぷりと陽が暮れてからだった。

 口から産まれたような女房は、貞次郎の知りたいことを、すべて教えてくれた。大した収穫だった。
 あとは、とっちらかった材料を正しい順番を並べなおし、誰の目にも明らかな物語に仕上げるだけである。

 物語は幽霊の正体によって変わるが、大まかに言って二通りしかない。顔を切り刻まれた女が加代だった場合と、そうでなかった場合の二通りである。

 どちらにしても、下手人は今、耐え難い絶望の中にいることだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

来し方、行く末

紫乃森統子
歴史・時代
月尾藩家中島崎与十郎は、身内の不義から気を病んだ父を抱えて、二十八の歳まで嫁の来手もなく梲(うだつ)の上がらない暮らしを送っていた。 年の瀬を迎えたある日、道場主から隔年行事の御前試合に出るよう乞われ、致し方なく引き受けることになるが…… 【第9回歴史・時代小説大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます!】

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳

勇内一人
歴史・時代
第9回歴史・時代小説大賞奨励賞受賞作品に2024年6月1日より新章「材木商桧木屋お七の訴え」を追加しています(続きではなく途中からなので、わかりづらいかもしれません) 南町奉行所吟味方与力の貞永平一郎の一人息子、正太郎はお多福風邪にかかり両耳の聴覚を失ってしまう。父の跡目を継げない彼は吟味方書物役見習いとして南町奉行所に勤めている。ある時から聞こえない正太郎の耳が死者の声を拾うようになる。それは犯人や証言に不服がある場合、殺された本人が異議を唱える声だった。声を頼りに事件を再捜査すると、思わぬ真実が発覚していく。やがて、平一郎が喧嘩の巻き添えで殺され、正太郎の耳に亡き父の声が届く。 表紙はパブリックドメインQ 著作権フリー絵画:小原古邨 「月と蝙蝠」を使用しております。 2024年10月17日〜エブリスタにも公開を始めました。

江戸の夕映え

大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。 「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三) そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。 同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。 しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。

悲恋脱却ストーリー 源義高の恋路

和紗かをる
歴史・時代
時は平安時代末期。父木曽義仲の命にて鎌倉に下った清水冠者義高十一歳は、そこで運命の人に出会う。その人は齢六歳の幼女であり、鎌倉殿と呼ばれ始めた源頼朝の長女、大姫だった。義高は人質と言う立場でありながらこの大姫を愛し、大姫もまた義高を愛する。幼いながらも睦まじく暮らしていた二人だったが、都で父木曽義仲が敗死、息子である義高も命を狙われてしまう。大姫とその母である北条政子の協力の元鎌倉を脱出する義高。史実ではここで追手に討ち取られる義高であったが・・・。義高と大姫が源平争乱時代に何をもたらすのか?歴史改変戦記です

【完結】月よりきれい

悠井すみれ
歴史・時代
 職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。  清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。  純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。 嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。 第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。 表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。

シンセン

春羅
歴史・時代
 新選組随一の剣の遣い手・沖田総司は、池田屋事変で命を落とす。    戦力と士気の低下を畏れた新選組副長・土方歳三は、沖田に生き写しの討幕派志士・葦原柳を身代わりに仕立て上げ、ニセモノの人生を歩ませる。    しかし周囲に溶け込み、ほぼ完璧に沖田を演じる葦原の言動に違和感がある。    まるで、沖田総司が憑いているかのように振る舞うときがあるのだ。次第にその頻度は増し、時間も長くなっていく。 「このカラダ……もらってもいいですか……?」    葦原として生きるか、沖田に飲み込まれるか。    いつだって、命の保証などない時代と場所で、大小二本携えて生きてきたのだ。    武士とはなにか。    生きる道と死に方を、自らの意志で決める者である。 「……約束が、違うじゃないですか」     新選組史を基にしたオリジナル小説です。 諸説ある幕末史の中の、定番過ぎて最近の小説ではあまり書かれていない説や、信憑性がない説や、あまり知られていない説を盛り込むことをモットーに書いております。

【完結】共生

ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。 ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。 隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?

処理中です...