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第一の謎

判じ物①

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 丹葉貞次郎たんばていじろうという男がいた。

 剣豪でも商売人でもない。どこにでもいる、ただの町人である。

 気が向けば、大工や蕎麦屋の手伝いをしたり寺子屋の先生を務めたりしているが、普段は横山町の裏長屋で昼間から居眠りを決め込んでいる。いつも寝ぼけたような顔つきだし、怒った顔は一度も見せたことがない。

 近場で火事が起こっても、目を覚まさなかったほどののんびり屋なので、大店の次男坊だったという噂はあながち当たっているのかもしれない。

 だが、そんな貞次郎にも一つの取り柄があった。

 見かけによらず、知恵がまわるのである。人並外れた推理力を有しており、下町で起こった不可解な謎や事件の真相をあぶりだしてみせるのだ。貞次郎は知恵袋として、裏長屋界隈では一目置かれる存在だった。

「タンテーさん、起きてよ、タンテーさん」

 昼寝をしていた貞次郎を呼びかけているのは、同じ長屋の住人,太一という少年である。

 ちなみに、「タンテー」とは探偵ではない。丹葉貞次郎の「タン」と「テイ」をくっつけて、そう呼んでいるのだ。実は、同じ長屋にもう一人の「ていじろう」がいたので、混同を避けるための呼び名である。だが、もう一人がどこかに引っ越した後も「タンテー」と呼ばれ続け、すっかり定着していた。

「通りでこれをもらってきたんだ。いつもの絵解きを頼むよ」

 太一は貞次郎の目の前に、一枚の紙切れを突き出した。

 そこに書かれているのは、いろいろな絵と文字を組み合わせたものだった。ちょっと見には意味不明の内容だが、絵解きをすれば、その裏には確かな意味が隠されているはずだ。

 英語でいえばパズル、現代で言えば暗号文だろうが、江戸時代には「判じ物」と呼ばれており、江戸っ子はこの手の絵解きが大好きだった。

 紙切れに書かれているのは、縦書きの二行だった。

 右の行は上から、歯を剥きだした口、クマのような黒い獣が三匹、大きな羽根を持つ虫が一匹、さらに同じ種類だが小さな虫が三匹、人間の目玉のようなもの、楽器らしきもの、竹筒のようなものが並んでいる。

 左の行には上から、雨だれらしきものの中に「あ」、棒のように細い虫が四匹、禿げ頭の男が三人、また竹筒のようなもの(ただし、右の行のものとは少々ちがう)が並んでいて、最後に皿らしきものだ。
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