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呪術合戦①
しおりを挟む空が茜色に染まる頃、亜湖と天音は桃乃華病院に到着した。
面会時間が過ぎているので、本来なら、入院病棟に入ることはできない。だが、どういうトリックを使ったのか、天音は堂々と足を踏み入れ、目的の部屋を目指している。
「小津野さん、もたもたしないで、早く来てよ」
亜湖はオドオドしながら、
「どうして病院の人は何も言わないの?」と、天音を追いかける。
「ちょっとした手品のようなものさ。ほら、天狗の〈隠れ蓑〉って知らないか? 今、俺たちも姿は誰にも見えていない」
にわかには信じがたい話だが、誰にも見向きもされぬまま七海の病室まで辿り着いた。幸い、警察官も家族の姿もない。天音と亜湖はスルリと部屋の中に滑りこんだ。
「どうやって、七海たちの意識を取り戻すの?」
「それを行うのは俺じゃない。古津野さんだよ」
「嘘でしょ。私、そんなのできない」
「またまたぁ、御謙遜」
「あ、もしかして、私の中の年配者が、ということ?」
天音は無言で、窓の方を振り向いた。
「思ったより早かったな。小津野さん、後は任せた」
「何よ、それ。天音くん、行っちゃうの?」
「天狗もどきに呪術を解こうとしているのを気づかれた。俺、迎撃してくるからさ。ここは役割分担といこう」
天音はさっさと出ていき、亜湖だけが残された。
呪術を解けるのは亜湖ではなく、亜湖の中にいる年配者である。役小角を思い通りに呼び出せることができるのか?
まぁ、いいか。やるだけやってみよう。亜湖は意外と楽観的だ。試してみたのは九字法。魔物を退散させ、災難を取り除く呪術だった。
亜湖は両手を合わせて拝むように、
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」と、唱えた。
あれ、私、どうして九字法なんて知っているんだろう。そう思いついた時には既に、亜湖の中の小角と心の中で向き合っていた。意識していなくても、両手が高速の手話のように動く。神々の印を結びながら九字を唱え、亜湖は大きな力を得る。
そして、亜湖と小角の心が重なった。
*
天音はイチョウ並木の真ん中で、天狗もどきを待っていた。
おびただしい数の葉っぱを敷きつめた様は、金色の絨毯のようであり、人外のみが出入りできる空間をつくるには最適である。いわゆる、結界と呼ばれるものだ。一般人は今、イチョウ並木に入ることができない。
まもなく、天狗もどきが結界に入ってきた。一般人を巻き込まないのは、ダークサイドで生きるものの不文律だろうか。そんなことを考えながら、天音は距離を詰めていく。近づくにつれて、天狗もどきが毛むくじゃらの顔でないことがわかった。
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