17 / 20
黄泉の国②
しおりを挟む
「おまえさんに飲み込まれるのは二度とごめんだ」
しばらくすると、希之介のこめかみに汗の珠が浮かび、呼吸も荒くなってきた。それでも気力を振り絞って、懸命に刀身を振るう。速度が増すと、光の輝きも増していく。
「そっちの世界に行くのは、遠慮させてもらうぜ」
希之介は5年前に、〈闇の顎〉に飲み込まれていた。きっかけは町外れで襲ってきた辻斬りを返り討ちにしたことだが、その際の殺意と狂気、血の臭いが化け物を呼び込んだのかもしれない。
〈闇の顎〉の中は、もう一つの江戸があった。おぞましくも、死人どもの暮らす世界だったのだ。希之介が覚えているのは、ただ恐怖のみである。身も凍るような恐怖。あの時は間違いなく、半分死んでいたのだと思う。
本物の江戸に還ってこられた理由は不明だが、もしかしたら、何が何でも元の世界に戻りたいと心の底から願ったためかもしれない。何はともあれ、かろうじて命拾いをしたわけである。
希之介は己の悪運に感謝した。竹光のつくりだした光が功を奏したのか、体力が尽きる前に、〈闇の顎〉が獰猛な口を閉じたのだ。禍々しいものは少しずつ遠ざかると、あっという間に消え失せてしまった。
希之介は地面に座り込むと、しばらく立ち上がることができなかった。
だが、いつまでも、こんな場所にはいられない。いつ、また、黄泉の国へとつながった〈闇の顎〉が現れるかもしれないのだ。
希之介は疲れた身体に鞭打って、よろよろと小道を下る。鳥居を潜り抜けると、人の笑い声が聞こえてきて、どうにか人心地がついた。
「あれ、マレさん、こんなところでどうしたの?」
「よろよろして、どこか悪いのか? 大丈夫かよ」
通りで声をかけてきたのは、サブとトクだった。元気な二人の顔を見て、希之介は自然と笑顔になった。
「何でもねぇよ。腹が減って、たまんねぇだけだ。おまえらもどうだ。蕎麦ぐらいなら、おごってやるぜ」
サブとトクは子犬のようにはしゃぎまわる。弾けるような笑い声を聞いて、希之介は張りつめていた心が解けていくように感じた。
「こいつあ、何よりの厄落としだ」そう言って、二人の背中に手を合わせるのだった。
しばらくすると、希之介のこめかみに汗の珠が浮かび、呼吸も荒くなってきた。それでも気力を振り絞って、懸命に刀身を振るう。速度が増すと、光の輝きも増していく。
「そっちの世界に行くのは、遠慮させてもらうぜ」
希之介は5年前に、〈闇の顎〉に飲み込まれていた。きっかけは町外れで襲ってきた辻斬りを返り討ちにしたことだが、その際の殺意と狂気、血の臭いが化け物を呼び込んだのかもしれない。
〈闇の顎〉の中は、もう一つの江戸があった。おぞましくも、死人どもの暮らす世界だったのだ。希之介が覚えているのは、ただ恐怖のみである。身も凍るような恐怖。あの時は間違いなく、半分死んでいたのだと思う。
本物の江戸に還ってこられた理由は不明だが、もしかしたら、何が何でも元の世界に戻りたいと心の底から願ったためかもしれない。何はともあれ、かろうじて命拾いをしたわけである。
希之介は己の悪運に感謝した。竹光のつくりだした光が功を奏したのか、体力が尽きる前に、〈闇の顎〉が獰猛な口を閉じたのだ。禍々しいものは少しずつ遠ざかると、あっという間に消え失せてしまった。
希之介は地面に座り込むと、しばらく立ち上がることができなかった。
だが、いつまでも、こんな場所にはいられない。いつ、また、黄泉の国へとつながった〈闇の顎〉が現れるかもしれないのだ。
希之介は疲れた身体に鞭打って、よろよろと小道を下る。鳥居を潜り抜けると、人の笑い声が聞こえてきて、どうにか人心地がついた。
「あれ、マレさん、こんなところでどうしたの?」
「よろよろして、どこか悪いのか? 大丈夫かよ」
通りで声をかけてきたのは、サブとトクだった。元気な二人の顔を見て、希之介は自然と笑顔になった。
「何でもねぇよ。腹が減って、たまんねぇだけだ。おまえらもどうだ。蕎麦ぐらいなら、おごってやるぜ」
サブとトクは子犬のようにはしゃぎまわる。弾けるような笑い声を聞いて、希之介は張りつめていた心が解けていくように感じた。
「こいつあ、何よりの厄落としだ」そう言って、二人の背中に手を合わせるのだった。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
豁サ逕コ縲(死町)season3・4・5
霜月麗華
ミステリー
高校1年生の主人公松原鉄次は竹尾遥、弘田早苗、そして凛と共に金沢へ、そして金沢ではとある事件が起きていた。更に、鉄次達が居ないクラスでも呪いの事件は起きていた。そして、、、過去のトラウマ、、、
3つのストーリーで構成される『死町』、彼らは立ち向かう。
全てに
支配するなにか
結城時朗
ミステリー
ある日突然、乖離性同一性障害を併発した女性・麻衣
麻衣の性格の他に、凶悪な男がいた(カイ)と名乗る別人格。
アイドルグループに所属している麻衣は、仕事を休み始める。
不思議に思ったマネージャーの村尾宏太は気になり
麻衣の家に尋ねるが・・・
麻衣:とあるアイドルグループの代表とも言える人物。
突然、別の人格が支配しようとしてくる。
病名「解離性同一性障害」 わかっている性格は、
凶悪な男のみ。
西野:元国民的アイドルグループのメンバー。
麻衣とは、プライベートでも親しい仲。
麻衣の別人格をたまたま目撃する
村尾宏太:麻衣のマネージャー
麻衣の別人格である、凶悪な男:カイに
殺されてしまう。
治療に行こうと麻衣を病院へ送る最中だった
西田〇〇:村尾宏太殺害事件の捜査に当たる捜一の刑事。
犯人は、麻衣という所まで突き止めるが
確定的なものに出会わなく、頭を抱えて
いる。
カイ :麻衣の中にいる別人格の人
性別は男。一連の事件も全てカイによる犯行。
堀:麻衣の所属するアイドルグループの人気メンバー。
麻衣の様子に怪しさを感じ、事件へと首を突っ込んでいく・・・
※刑事の西田〇〇は、読者のあなたが演じている気分で読んで頂ければ幸いです。
どうしても浮かばなければ、下記を参照してください。
物語の登場人物のイメージ的なのは
麻衣=白石麻衣さん
西野=西野七瀬さん
村尾宏太=石黒英雄さん
西田〇〇=安田顕さん
管理官=緋田康人さん(半沢直樹で机バンバン叩く人)
名前の後ろに来るアルファベットの意味は以下の通りです。
M=モノローグ (心の声など)
N=ナレーション
【R15】アリア・ルージュの妄信
皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。
異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。

✖✖✖Sケープゴート ☆奨励賞
itti(イッチ)
ミステリー
病気を患っていた母が亡くなり、初めて出会った母の弟から手紙を見せられた祐二。
亡くなる前に弟に向けて書かれた手紙には、意味不明な言葉が。祐二の知らない母の秘密とは。
過去の出来事がひとつづつ解き明かされ、祐二は母の生まれた場所に引き寄せられる。
母の過去と、お地蔵さまにまつわる謎を祐二は解き明かせるのでしょうか。
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる