大江戸あやかし絵巻 ~一寸先は黄泉の国~

坂本 光陽

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黄泉の国②

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「おまえさんに飲み込まれるのは二度とごめんだ」

 しばらくすると、希之介のこめかみに汗の珠が浮かび、呼吸も荒くなってきた。それでも気力を振り絞って、懸命に刀身を振るう。速度が増すと、光の輝きも増していく。

「そっちの世界に行くのは、遠慮させてもらうぜ」

 希之介は5年前に、〈闇の顎〉に飲み込まれていた。きっかけは町外れで襲ってきた辻斬りを返り討ちにしたことだが、その際の殺意と狂気、血の臭いが化け物を呼び込んだのかもしれない。

〈闇の顎〉の中は、もう一つの江戸があった。おぞましくも、死人どもの暮らす世界だったのだ。希之介が覚えているのは、ただ恐怖のみである。身も凍るような恐怖。あの時は間違いなく、半分死んでいたのだと思う。

 本物の江戸に還ってこられた理由は不明だが、もしかしたら、何が何でも元の世界に戻りたいと心の底から願ったためかもしれない。何はともあれ、かろうじて命拾いをしたわけである。

 希之介は己の悪運に感謝した。竹光のつくりだした光が功を奏したのか、体力が尽きる前に、〈闇の顎〉が獰猛な口を閉じたのだ。禍々しいものは少しずつ遠ざかると、あっという間に消え失せてしまった。

 希之介は地面に座り込むと、しばらく立ち上がることができなかった。

 だが、いつまでも、こんな場所にはいられない。いつ、また、黄泉の国へとつながった〈闇の顎〉が現れるかもしれないのだ。

 希之介は疲れた身体に鞭打って、よろよろと小道を下る。鳥居を潜り抜けると、人の笑い声が聞こえてきて、どうにか人心地ひとごこちがついた。

「あれ、マレさん、こんなところでどうしたの?」
「よろよろして、どこか悪いのか? 大丈夫かよ」

 通りで声をかけてきたのは、サブとトクだった。元気な二人の顔を見て、希之介は自然と笑顔になった。

「何でもねぇよ。腹が減って、たまんねぇだけだ。おまえらもどうだ。蕎麦ぐらいなら、おごってやるぜ」

 サブとトクは子犬のようにはしゃぎまわる。弾けるような笑い声を聞いて、希之介は張りつめていた心が解けていくように感じた。

「こいつあ、何よりの厄落としだ」そう言って、二人の背中に手を合わせるのだった。
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