夢みる乙女の５Ｋ仕事 ～ミルコのテレビ日記～

幸運と無理難題①

　ふう、どうにかこうにかやり過ごしたぜ、とホッとひと息。

　だけど、この業界は先が読めない。いつクビになるのか本当にわからないのだ。チンピラＤの言葉はあながち嘘ではない。レギュラー番組が急に打ち切りになると、ぽっかりスケジュールが開いてしまい、ほとんどのスタッフは路頭に迷うらしい。

　私なんかバイト扱いだから、もちろん失業保険はもらえない。
　厳しい、苦しい、キレられる、片付くまで帰れない、殺されかねないマジで。今時、こんな５Ｋ仕事があるのか、と思うほどだ。

　だけど、なぜ、理不尽な仕打ちを受けても我慢しているのか？
　私には、ささやかだけど夢がある。今はリサーチャーだけど、ゆくゆくはテレビドラマのシナリオライターを目指しているのだ。

　絶対に、カモメＴＶのヒットメーカー、結城Ｐと組んで、大ヒットを飛ばしてやる。それが椎名ミルコの夢であり、大いなる野望である。
　あ、Ｐっていうのは、プロデューサーのことね。

　結城Ｐは33歳という若さで、業界随一のやり手で通っている。手がけるラブ・ストーリーは、すべて大ヒット。
　そこらの半端なタレントより華があるし、さわやかで知的なルックスとやわらかな物腰で、女性スタッフのハートまで鷲掴みにしているとか。

　ぜひとも、お近づきになりたいものである。そんな確率は万に一つもないだろうけど。
　ただ、この世の中、何が起こるかわからない。
　ずっと我慢してきた私への御褒美か、１０年に一回というような幸運がめぐってきた。
　その結城Ｐが初めて手掛けるというバラエティ番組に、私もリサーチャーの一員として参加することになったのだ。
　これは何としても、精一杯アピールして、椎名ミルコの名前を覚えてもらわないと。例えば、こんな具合にだ。


「素晴らしい。ミルコ、君がいてくれて、本当によかったよ」
「いえ、そんなこと。すべて結城さんの御指導のおかげです」
「僕にとっては、初めてのバラエティだから、正直不安だったんだ。有能なスタッフに恵まれて、僕は幸せものだよ」
「ありがとうございます」と、はにかみながら、美形Ｐを見つめて、「……あの、私、結城さんのこと」
「ストップ。その先を言わせるわけにはいかないよ」
　大きな手に引き寄せられ、私は彼の胸の中に……。


　パコーン。残念ながら、ここで妄想は破られた。
　いきなり後頭部をはたかれたのだ。会議資料をバトン状に丸めたヤツで。