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リベンジ・ラブ②

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 一つだけ、可能性が残されていた。セクハラの被害者である長峰夏鈴である。弱小プロダクション所属の彼女は業界的に立場が弱く、仲村誠の餌食にされたわけだが、現場に居合わせたカズに助けられている。(「Kファイルの衝撃」参照)

 つまり、長峰夏鈴の証言さえあれば、告発記事が補完できるというわけだ。僕たちは彼女に連絡を取ることにした。長峰夏鈴への交渉については、ヒカルさんが担当してくれた。

 結論から言うと、こちらの要望は叶わなかった。セクハラ事件で心に傷を負った長峰夏鈴は現在、休業をしている。事件のことを蒸し返されるのは勘弁してほしい、ということらしい。

 つまり、長峰夏鈴として告発、いや、告訴はできない、ということだ。それならそれでも構わないのだが、仲村誠を追い込む材料は必要である。

 ヒカルさんは彼女に粘り強く、時間をかけて交渉した。その結果、長峰夏鈴はいくつかの条件を出した。

 仲村誠のセクハラ被害者を複数そろえてもらえれば、そのうちの一人としてコメントするのは構わない。ただし、長峰夏鈴の名前は出さないこと、目元を隠して読者に正体がばれないことが必須条件である。

 難しい条件だとは思うが、決して不可能ではない。少なくとも、被害者に関しては心当たりがある。

 言うまでもない。僕の常連客でもあるメイさんである。長峰夏鈴さんよりキャリアがあり、仲村誠との因縁も根深い。

 メイさんは新人の頃、楽屋で無理やり襲われたことがある。それ以来、都合のいい女として扱われてきた。もっとも、その関係は沖縄で僕と一緒にいた時に終止符を打ったのだけど。(『裸のプリンスⅣ』「悦楽のアクトレス」参照)

 ともあれ、メイさんに話を持ち掛けると、二つ返事で了解してくれた。こと仲村誠に対しては、いくら恨んでも恨み足りないだろう。それは僕たちにも有利に働いた。

 メイさんは他の被害者たちに連絡をとり、僕たちに紹介してくれたのだ。ただ、メイさんと彼女たちにも条件があった。

 今後の仕事に差しさわりがないように、全員、匿名、顔出しNG。あと、取材者は女性限定。その取材者も編集部に、被害者たちの名前は明かさない。取材元の秘密は絶対に守り通す。

 これらの条件を確約してもらえれば、彼女たちは取材に協力するという。ハリウッド女優たちが実名、顔出しで行ったセクハラ糾弾キャンペーンは、大きなムーブメントになったけれど、同じことを日本で行うのは難しい。

 もちろん、被害者側が大きなダメージを負ってしまうためだ。だから、匿名、顔出しNGなどの条件は、よく理解できる。
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