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愛欲トラップ⑨

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「こんばんは。もしかして、先程、サキさんの部屋に来られましたね」

 浮気の現場を取り押さえられた間男のような状況だけど、すぐに、そうではないと思い直す。サキさんは喫茶店での会話で、宮下さんと別れたと言っていた。

 目の前にいる宮下さんは軽装のせいか、警察の人には見えない。やはり、左遷だったのだろう。どことなく雰囲気が崩れて見える。

「ちょうどよかったよ。少しだけ付き合ってくれないかな」と、宮下さんは軽い調子で誘ってきた。

「どういう御用件かによりますね。これでも僕は意外と多忙なんですよ」真意を探るために、わざと意地悪な調子で返す。

「そうか、じゃ、ここで済ませてしまおう」宮下さんは不敵な笑みを浮かべる。「君の友人の事件なんだけど、申し訳ないが少しも進んでいない。このままでは迷宮入りになりかねないんだ」

 もちろん、カズの轢き逃げ事件のことである。

「そうですか。日本警察は優秀だと思っていましたが」

 僕は皮肉な調子を続けるが、宮下さんは笑みを浮かべたままだ。

「実は不本意ながら、担当から離れてしまってね。今は小金井署で事務仕事に邁進中なんだ。シュウくん、申し訳ない」と、少しも申し訳なさそうに言う。

「いえ、そんなこと、気にしないでください」

 心の中で、こう続けた。警察には元々期待していませんから、と。十代の頃から警察には痛い目にあってきた。その借りを少しは返してもらいたいが、都合の良い時だけ警察に頼るのも、自分勝手な話である。

 やはり、国家権力の力など頼らずに、僕自身の力でカズの復讐を果たすしかない。宮下さんの表情を見て、改めてそう思った。

 これで警察の動向はわかった。彼らには何もできないのだ。いや、仮に動きたくても、組織上、動けないのかもしれない。警察幹部によって、事件そのものがもみ消された可能性は充分ある。

 宮下さんはしきりに弁明していたが、僕は聞き流していた。もう警察はあてにしない。そう心に決めた。話が途切れたところで、僕は言葉を紡いだ。

「警察は頑張ってくれたと思います。真実が明らかになったところで、カズは帰ってこない。ですから、あまり気にしないでください」思ってもいないことを口にした。「いろいろとお世話になりました。では、失礼します」

 僕は会釈をして、マンションを後にした。大通りに出ると、星が出ていた。東京には珍しい、満天の星々である。豪雨によって、大気の汚れが一掃されたせいだろう。

 この星空のように、僕の心は澄み渡っていた。
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