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淫らなアクトレス①
しおりを挟む他人を演じるという非日常をそれこそ日常的にこなしている女優さんは、凡人の僕から見れば尊敬に値する。イギリスにおいて俳優という職業は、医師や弁護士のような専門職として重くとらえられているらしい。研鑽を積んだ技術と社会的な権威をともなって。
ただ、メイさんはこう言っていた。
「女優って本来、みんなを楽しませてナンボだよ」
バラエティ番組やグラビアモデルの経験もある彼女のことだ。技術や権威より笑いや元気を優先、という意味だろう。嘘で塗り固められた芸能界で、飾り気のなくて本音で生きている彼女に、僕は好感を抱いている。
待ち合わせ場所は、赤坂氷川神社だった。東京メトロ千代田線・赤坂駅で下車して、小走りで向かう。氷川坂を一気に上り、呼吸を整えながら、氷川神社の境内に入る。
すでに陽が大きく傾いている。鬱蒼たる森が残っていることもあり、辺りは薄暗かった。石階段を登ろうといたところ、いきなり背中を押された。
振り向くと、メイさんだった。
「遅いよ、シュウくん」
腰に両手をあてて怒った顔をつくっているが、彼女の眼は笑っていた。
「すいません、お待たせ」
最後まで言えなかったのは、口がふさがれたからだ。メイさんが抱きついてきて、いきなり唇を奪われてしまった。
ワンピース越しに、彼女の体温が伝わってくる。情欲にとりつかれた女優は、とてもセクシーだ。たまらなくチャーミングでもある。フルーティな香りに包まれて、しばし夢心地を味わう。
やわらかな身体を抱きしめながら、舌先を情熱的に絡め合う。ただ、ケダモノになるには不謹慎な場所だし、このまま事に及ぶのは避けたいところだ。
魅惑的なフェロモンに支配される前に、僕は理性を取り戻す。名残惜しいが、彼女の身体を引きはがした。
「メイさん、お願いします。少しだけお話をさせてください」
「今の私には何も聞こえないよ。後じゃダメな話なの?」
メイさんは不満げな声を上げる。
「すいません、大事な話なんです」
「……それで、なぁに?」
唇を尖らせているけれど、メイさんは素直に聞いてくれた。
「今日の僕はプライベートとして、メイさんに会いに来ました。もし期待させてしまったようなら、本当に申し訳ありません」
「それって、Hはなしってこと?」
「……すいません」
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