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欲望のキャッスル⑰

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 僕は予定を変更した。新しいジャケットを買うつもりだったけど、真っ直ぐマンションに帰ることにした。もちろん、会話の最中に思いついたことを確認するためである。東京メトロ・千代田線に乗り込んで根津駅に着くまで、心が騒いで少しも落ち着かなかった。

 前にも言ったと思うが、僕の住まいは根津駅近くのマンションである。『ナイトジャック』の寮でもある部屋には、最低限の生活用品しかないが、不自由さを感じることはない。

 ここにカズが訪ねてきたのは、確か今年の正月である。僕は初詣から帰ってくると、カズが玄関の前に座り込んでいたのだ。(裸のプリンスⅣ「ボーイズ・エクスタシー」参照)まるで、雨にうたれた仔犬のようだった。

 その一年前に悲惨な目にあわされたというのに、一晩泊めてやったのだから、我ながらおめでたかったと思う。玄関ドアを開けながら、あの時に何があったのか思いをはせてみる。

 カズは当時、警察に追われていた。一時関わった〈半分グレ〉集団に裏切られ、現金強奪の主犯にされたせいだ。

 僕は警察に自首しろだの、事情を説明しろだの、そういう真っ当なことは言わなかった。一年前のことを謝れとも言わなかった。ただ、急いで沸かした風呂に入れて、ささやかな手料理を振舞っただけだ。

 もっとも、カズはガリガリにやせているのに、ほとんど口にしなかったが。別れる時に餞別として、手持ちの10万円を渡した。もうカズに関わりたくない、というのが本心だった。

 だが、カズは何らかの形で、僕との結びつきを残そうとしていたらしい。つまり、麻布署の宮下さんから訊かれたことである。カズから何か受け取っていないか?

 手渡しでも郵便物でも、僕は何も受け取っていない。なら、カズはこっそり僕の部屋に置いていったのかもしれない。

 おそらく、それは記憶媒体の類だ。何も言わずに、すぐには見つからないように、部屋のどこかに隠していった。それは充分ありそうなことに思えた。

 とりあえず、部屋の中を見渡してみる。冷蔵庫と洗濯機はあるけど、炊飯器やオーブントースターはない。もらい物の応接セットは場所をとるので、早々と捨ててしまった。ノートパソコンを使う時には、コタツ机と座椅子を使っている。

 あと、本棚がわりのカラーボックス、小物入れの収納ボックスがある。手始めに、本のページをめくってみたり、すべての引き出しの中を確認したりしてみた。

 しかし、それらしきものは見つからない。そもそも、カズが立ち去ってから10ヵ月以上が経っている。住人である僕が気づかない、ということがありうるだろうか?

 常識的に考えられない。そもそも僕が見つけられなければ、記憶媒体そのものの意味がない。それはカズの望みではないだろう。

 ありもしないものを探し求める。僕は愚かなことをしているのかもしれない。それでも、探さずにはいられなかった。
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