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GカクテルⅢ⑭
しおりを挟む問題がすっかり解消したおかげで、足取りは軽やかだ。普段よりずっと早く、【銀時計】に着いた。
いつものように郵便物の整理をして、店内の掃除にとりかかる。背後で、アンティーク・ベルが軽やかに鳴った。
振り向くと、ドア口に桐野さんが立っていた。とびきり、さわやかな笑顔を浮かべている。口元を歪めただけの、いつもの笑い方ではない。口角が上がり、真っ白な歯をのぞかせている。
カッコいい。輝くような笑顔に、思わず、キュンときた。絶句していると、桐野さんは姿勢を正した。
「父と会って来ました。幸い、予想していたより、かなり元気でしたよ。おかげで、少しやりあってしまいました。相変わらず、頑固な父です。とても病人とは思えません。でも、初めて親孝行の真似事ができたようです」
私は黙って聞いている。
「ミノリさん、本当にありがとうございました。あなたのおかげで、僕は少しだけ変わることができた気がします」
もったいない言葉だった。
「どうか、これからもよろしくお願いします」
「そんな、こちらこそ……」
口ごもったのは、涙があふれそうだったから。でも、絶対に泣かない。経営者になると決めた時から、人前では泣かないと心に誓ったから。夕べも泣いてしまったけど、あれは少し酔っていたからだし、だからノーカウント。
ただ、必死に我慢したのに、涙のダムは決壊してしまう。桐野さんが手を差し伸べて、私の背中を優しくさすってくれたせいだ。
こんなの反則だよ。だから、私も反則を使う。桐野さんの胸に飛び込んで、彼のシャツを涙でぬらしてしまう。
ああ、とても幸せだ。女性としても。経営者としても。
これから、【銀時計】では、【雪村カクテル】を巡る冒険の旅が続く。
桐野さん、たぶん、いろいろあると思いますけど、未熟な経営者で申し訳ありませんけど、よろしくお願いしますね。
了
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