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GカクテルⅢ⑫

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「高宮さんの話では、病状は芳しくないみたいです。桐野さん、どうか、お父さんのお見舞いに行ってきてしてください。言いたいことがあるのなら、思い切って伝えてきた方がいいと思います。万一、ケンカになってしまっても構わないと思います。父子なんだから、遠慮することはありません」

 私はカクテルグラスを掲げる。

「ほら、この【Gカクテル】と同じですよ。ずっと抱え込んできた〈黒い獣〉を一時的に封じ込めるんです。活動停止状態にしてやるんです。お願いですから、私のお祖父ちゃんと父さんのように、30年遅れのメッセージにしないでください」

 桐野さんはカウンターに両手をつき、しばらく顔をふせていた。私は無言で、返事を待つ。十数秒が1時間にも感じられた。有難いことに、父さんは珍しく空気を読んでくれた。そっぽを向いて、カクテルを飲んでいる。

 桐野さんが顔を上げた。いつもの眼ヂカラは陰を潜めて、やわらかい微笑みを浮かべていた。

「ミノリさん、すいませんが、明日の出社は少し遅れます」

 言葉の意味をじっくり噛み締めた。改めて確認するほど野暮ではない。

 桐野さんは、なぜか、私に真っ白なハンカチを差し出した。頬に手をやって、初めて気がついた。やけに目元が熱いのは、涙をこぼしていたからだ。必死に堪えようとするけど、どうにもならない。

「はい、わかりました。ゆっくりで構いませんよ」

 恥ずかしいけれど、はっきりした言葉にならない。
 胸が熱い。今、桐野さんと心が通い合ったことを、私は実感していた。

                 *

 日比谷図書館で調べ物を済ませた後、昼下がりの日比谷公園をブラブラと歩いた。

 色とりどりのパンジーでいっぱいの花壇の横で、大きく深呼吸をする。澄みきった空気が身体の中に満ちていく。見上げれば、空は雲ひとつなく、どこまでも青かった。気分も晴れ晴れ。まるで、私の心を映したようだ、と言えば大袈裟か。

 さぁ、今日も頑張ろう。銀座まで地下鉄で二駅だし、運動不足解消に、いっそ歩いてしまおうか。歩き出そうとした時、ポケットの中でスマホが鳴った。

 モニターを見ると、高宮さんからだった。そろそろ連絡が来る頃かな、と思っていたところだ。

「雪村です。おはようございます」
『おはよう。あと、お礼を言わせて。どうもありがとう』

「桐野さんの件ですね?」
『ええ、ようやく、病院に顔を見せたみたいよ』
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