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GカクテルⅢ⑥

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 私の父さんは、口うるさくてデリカシーがない。でも、意外に几帳面だ。

 約束したことは必ず守る。時間も正確だ。その点に関しては信頼できる。朝、言っていた通り、父さんは23時30分ぴったりに、お店にやってきた。

「おいミノリ、今晩もガランとしているな。先週来た時もそうだったし、やはり、不安になるぞ。この店、流行っていないんじゃないのか?」

 几帳面だが、こんな風に一言多い。

「閉店後なんだから、当然でしょ。ついさっきまで、大勢のお客様がいて、大忙しだったんだから」

 話をいくらか盛っているけれど、嘘も方便だ。親に心配をかけないためである。
 なのに、父さんは私の言葉を信じなかった。

「桐野さん、本当ですか?」

「ええ、ミノリさんの言うとおりですよ」と、口を合わせてくれた。

「本当ですか? 政府は景気が少し持ち直したなんて言っても、庶民レベルでは実感できないし、それは銀座だって同じでしょう? ましてや、こんな小さなバーでは」

 たまらず、私は口を挟む。

「何てこと言うのよ。お客様は増えてきたし、【銀時計】はまだこれからなのに」

「雪村さん、ミノリさんの言うとおりです。この店では、お客様一人ひとりのために、〈創作カクテル〉をお作りしています。よそでは味わえないオリジナルカクテルですし、幸い、お客様にも好評です」

「本当かなぁ」

「ええ、【銀時計】は着実に売り上げを伸ばしていますよ」

「一度訊いてみたかったんですが、世間の人は【銀時計】という名前から、どうしても雪村隆一郎と比較してしまう。桐野さん、そこにやりにくさはないんですか?」

「同じ質問はよく訊かれますが、さほど気になりませんね。雪村隆一郎さんを意識していない、と言えば嘘になりますが、結局、僕は僕でしかありませんから」

「そうですか。いや、そうでなくては、【銀時計】の看板は背負えないでしょうなぁ」父さんは大きく頷いた。「では桐野さん、そろそろ、例の【Gカクテル】、注文しても構いませんか?」

「はい、承りました」

 桐野さんが私に目配せをした。

「父さん、悪いけど、カクテルが出来上がるまで、後ろを向いてね」

 そう言って、私は父さんをスツールごとクルリと回して、後ろ向きにする。


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