銀座のカクテルは秘め恋の味

坂本 光陽

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GカクテルⅡ⑦

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「フレンドリー、ですか?」

 桐野さんの困り顔を初めて見たかもしれない。

「例えば、そう、妹さんと話しているような感じで。桐野さん、妹さんがいるんですよね。高宮さんからうかがいました。どんな感じの妹さんなんですか?」

 桐野さんは「あのお喋り」と呟いた。同級生に告げ口されて、ふくれている子供みたい。ちょっと可愛い。
 桐野さんの隙をつく形で、私は思い切って、切り込んでみることにした。

「桐野さん、家族のことに触れてほしくない理由というのは、もしかすると恥ずかしいからですか?」
「……」

 眉間の皺と口角の下がった表情は、とても能弁だった。

「ですよね。やっと、わかりました。家族が恥部なんて、私も同じですよ。父が職場に顔を出して、“娘をよろしく”って挨拶するなんて、恥以外の何物でもないです。もし、フランクな父娘と思われていたとしたら、それは大間違いです。桐野さんに父を見られて、どれだけ私が恥ずかしかったか、たぶん想像もつかないと思います」

「……」
「メチャクチャ恥ずかしくても、私は我慢したのに。桐野さんはずるいです。本当にずるい」

 頑張っていたのに、最後は子供っぽい言い方になってしまった。

「……」

 桐野さんは困惑顔だ。こんな風に言い合ったのは、もちろん初めて。

【龍馬カクテル】の時に、似たようなトラブルがあったけれど、あれは仕事関連だからノーカウント。プライベートの件で言い争うなんて、これって、まるで痴話喧嘩……。

 そう思い至り、肝が冷えた。お店の前で言い合っているところを誰かに見られたら、それこそ恥さらしだ。私たちは店内に戻ることにした。

 私はいつものように店内を清掃し、桐野さんは手早く仕込みを済ませる。開店して、陽が暮れて、常連さんが顔を出す頃には、普段の私に戻っていた。

 桐野さんは閉店後も、結局、何も言わなかった。私のお願いしたこと一切合財をなかったことにするつもりだろうか? 考えただけでイライラっとしたけど、それを顔に出すほど子供ではないつもりだ。

 桐野さんは軽く頭を下げて帰っていった。残された私もトボトボと帰途に着く。

 年に一度か二度、どうしようもなく、腹が立つことがある。それが今日だったのだろう。

 客観的に見て、私は少しも悪くないと思う。でも、お互い、毎日顔を合わせるのだ。気まずさが続くのはよくない。私の方から謝るべきだろうか。「プライベートに踏み込みすぎて、ごめんなさい」って。
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