80 / 100
GカクテルⅡ③
しおりを挟む私は母を亡くしているので、中学生の頃から主婦の役割もこなしてきた。炊事、洗濯、掃除は好きではないけど、必要にかられて続けている。
そのせいか、友人からは「ミノリンって、お母さんっぽい」と言われる。誰が見ても童顔なのに妙な話だ。複雑な心境でもある。とりあえず、ああ、母性を感じさせるってことね、と前向きにとらえることにしている。
ただ、片親であるせいか、家族の大切さは身に染みている。昔の映画スターが肉親の葬儀より撮影現場を選んだ、家族より仕事を優先させた、という話を聞くことがある。その気持ちはわからない。というより、理解したくない。
家族より大切なものはない、と思う。
さて、どうやって桐野さんを説得するか。よいアイデアを思いつく前に、【銀時計】に着いてしまった。
いや、策を弄することはない。こういうことは正攻法あるのみだ。
ここは職場を共にする者として、びしっと言わなくては。確かに、惚れた弱みはあるけれど、間違っていることは見過ごせない。
正直いって、少し怒ってもいる。
この感情は、桐野さんを好きでいたいから、なのかもしれない。たぶん、私は、病身の父親を蔑ろにする、そんな桐野さんではいてほしくないのだ。
両手で両頬をパンパン叩き、気合を入れてから、ドアを開けた。
「おはようございますっ」いつも通り、元気に挨拶。
「おはようございます、ミノリさん」桐野さんはカウンターの中で、グラスを磨いていた。
私は彼の眼をジッと見つめ、心持ち厳しい声音で告げた。
「桐野さん、お話があります。ひと段落したら、お時間をいただけますか」
桐野さんは不思議そうな顔をしていたが、
「はい、わかりました」と、頷いた。
私はバックスペースにバッグを置き、洗面所で軽くメイクを整えると、すぐフロアに戻った。
何かしら、不穏な気配を感じたのだろう。桐野さんは神妙な顔つきをして、窓際のボックス席で待っていた。
私は二つのタンブラーに水を注ぎ、テーブルにもっていった。
「先程、高宮さんとお会いして、桐野さんのお父さんのことをうかがいました」前置きなしで、単刀直入に切り出した。
「そうですか、聞いたんですね」桐野さんは小さく溜め息をついた。
「もし、お店のことが気がかりで、お見舞いに行けないのなら、今日はお休みにしても構いません。お客様には申し訳ありませんが、それぐらいの融通は利かせてみせます」
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
結婚相手の幼馴染に散々馬鹿にされたので離婚してもいいですか?
ヘロディア
恋愛
とある王国の王子様と結婚した主人公。
そこには、王子様の幼馴染を名乗る女性がいた。
彼女に追い詰められていく主人公。
果たしてその生活に耐えられるのだろうか。
心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。
木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。
そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。
ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。
そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。
こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
忘れられた妻
毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。
セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。
「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」
セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。
「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」
セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。
そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。
三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる