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GカクテルⅡ①
しおりを挟む有楽町マリオンを見上げながら、大きく深呼吸をする。雲ひとつない快晴だ。陽射しは相変わらず強烈だけど、風はほんの少し秋の気配を感じさせる。
私はソニービルの前を通り過ぎ、みゆき通りに入る。すずらん通りを右に折れ、ユニクロを過ぎてしばらく行くと、ダイニング・バー【オリンポス】がある。
桐野さんの前の勤め先だ。木目の浮いたドアを開けると、ブラウン基調の大人の空間が広がっていて、身も心もくつろげそうな雰囲気に包み込まれる。
午前中なので、高宮さん以外に一人もいない。高宮さんとは、脚のきれいな美人の店長さんだ。そういえば以前、ここに立ち寄った時には、桐野さんと高宮さんが目の前で衝突して、とても驚かされたっけ。
こうしてテーブル席で、高宮さんと向かい合って座っていると、不思議な感じがする。
「わざわざ来てもらって、ごめんなさいね」
「いえ、通り道ですし、気にしないでください」
高宮さんは美しい手つきで、タンブラーにお水を注いでくれた。
「お店の調子はどう? いろいろ大変だと思うけど」
「そうですね。失敗を繰り返しながら、何とかやっています。ひたすら勉強の毎日ですね」
「私もそうだったなぁ。若い女性経営者というだけで蔑ろにされるかもしれないけど、そんなバカな連中には負けないでね」
高宮さんの第一印象はよくなかったけど、それは思い違いだったことがわかる。
今日【オリンポス】に立ち寄ったのは、高宮さんから、「桐野さんのことで話がある」という連絡をいただいたからだ。とても気になっていたので、早速本題に入ってもらおう。
「桐野さんは元気にしていますよ。オープンしたばかりの【銀時計】と私をしっかり支えてくれています」
「うん、桐野さんの噂は私の耳にも入っている。水を得た魚みたいに、カクテルを伸び伸びと作っているみたいね。やはり、彼のスキルが活きるのは創作カクテルだった、ということかしらね」
あ、もしかして、桐野さんを返せ、というのだろうか。私は少し身構える。表情の変化に気づいたのか、高宮さんは笑顔になった。
「ふふ、誤解しないでね。桐野さんは円満退社だったから、そのことに関してじゃないの。今日あなたに来てもらったのは、桐野さんの御家族の件。あなた、彼から何か聞いている?」
「……いえ」
私は小さく、首を横に振る。1日の半分ぐらい、桐野さんと一緒に過ごしている。でも、プライベートについてはほとんど知らなかった。というか、全然知らない。
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