71 / 100
Gカクテル⑧
しおりを挟む桐野さんは続いて、私の分を作り始めた。
では、レシピを紹介しよう。まず、オールドファッションド・グラスに氷を落とす。ベースになるお酒はドライ・ジンになり、そこへアップルとメロンのリキュール、ブルー・キュラソーを注ぐ。深みのあるグリーンのポイントは、このブルー・キュラソーにあるらしい。仕上げに、バー・スプーンでステアをする。もちろん、桐野さんのサイレント・ステア。
さぁ、できた。そのカクテルが私の前にやってくる。怪獣のゴジラは苦手だけど、こちらの【ゴジラ】は大歓迎。
「いただきます」私は【ゴジラ】を口に含んだ。
うーん、父さんの言う通り、爽やかな口当たり。ほんのり甘口だ。
これが【ゴジラ】かぁ。気づくと、父さんは私を見て、にやにや笑っている。何だか嫌な予感。
「シミジミ思うよ。こうしてミノリと一緒に飲めるなんてなぁ」
「何いってるの、ここでは初めてだけど、家では何度も飲んでいるじゃない」
「いやいや、そういう意味じゃない。あの頃は、このカクテルを一緒に飲むなんて、想像すらしなかったなぁ」
〈あの頃〉に微妙なアクセント。ますます、嫌な予感がする。せっかく、これまでいい感じだったのに、お願いだから、黙って飲んでいてもらいたい。
「父さん、やめてよね。余計なことは言わなくていいから」
「あれから、20年近くかぁ。桐野さん、聞いてよ、こいつはゴジラの像に驚いて、大泣きしたことがあってね」
「父さんっ!」
せっかく、いい感じだったのに、案の定である。成人した娘をつかまえて、まるで幼児扱いじゃない。桐野さんの前なのに、どうして不愉快なことを口にするのだろう。男女の違いを考えに入れたとしても、父親の考え方はまったく理解できない。
父さんは変わらない。呆れるぐらいに、昔から少しも変わらない。本人はユーモアのつもりかもしれないけど、乙女心を手ひどく傷つける。それも無神経という名の大根おろしでズリズリすりおろすのだ。
でも、私だって成長した。作り笑顔を浮かべて、怒りぐらい押し殺せる。桐野さんの前で、みっともない姿は見せたくないからね。
「でも、ゴジラって緑かなぁ。私はどちらかというと、黒のイメージですね。桐野さん、どう思いますか?」
こんな風に話題をそらすぐらい、軽いもんだ。
「そうですね。第1作と第2作はモノクロ映画でしたし、確かに黒のイメージですね。カラーになってからのポスターを見ると、昭和のゴジラは緑っぽかったり赤茶けていたりします。ただ、ゴジラ関連本で読んだのですが、実際の着ぐるみの色は濃い灰色だったそうですよ」
「濃い灰色というのは、カクテルの色にはマッチしませんね。この緑は素敵ですけど」そう言って、私はグラスを掲げる。
「ゴジラの色というなら、もう一つきれいな色があるな」父さんがポツリと言った。
「ええ、確かにありますね。きれいな色がもう一つ」桐野さんが頷く。
「えっ、何ですか? それって、どんな色ですか?」私は訊ねる。
「ミノリ、少しは自分で考えてみろよ」と、父さん。
頭をひねってみたけれど、私には見当もつかない。悔しいけれど、両手を上げた。
0
『銀座のカクテルは秘め恋の味』の御閲覧をありがとうございました。いかがだったでしょうか。もし、お気に召したのなら、「お気に入り」登録をお願いいたします。どうぞ、お気軽に楽しんでください。
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説



淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる