銀座のカクテルは秘め恋の味

坂本 光陽

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Gカクテル⑦

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「いえいえ、こちらこそ、はじめまして、雪村です。娘が御迷惑をかけていると思います。御覧のとおり何も知らない未熟者ですから、至らないことがありましたら、どうぞ遠慮なく叱ってやってください」

 あれっ、と思った。家ではだらしない父だけど、スーツ姿のせいだろうか、今はキリッとして別人のように見える。オフィシャル仕様というのかな。私が知らないだけで、父は仕事中、こういうスタンスなのかもしれない。

 私は父をカウンター席の真ん中に案内した。

「うん、いい感じの店じゃないか。親父の【銀時計】とは違うが、こういう〈大人の隠れ家〉風も悪くない」
「え、本当に?」
「初めて来たのに、何となく懐かしい感じがある。ここならゆったりくつろげそうだ」

 これは意外だった。てっきり、あらを探して文句をつけるはず、と思っていたのに。
 こんな風に父さんから褒められるなんて、もしかしたら初めてかもしれない。

「……ありがとう。ねぇ、もしよかったら、オーダーはこっちに任せてもらえる?」
「お、ミノリ、何かしらの趣向があるのか?」

「ふふっ、ちょっとね。桐野さん、昨晩、話していたあれをお願いできますか? もう店仕舞いにしますから、私の分もお願いします」

「はい、わかりました」と、桐野さんは察してくれた。
「何だ何だ、もったいぶって」父さんは面白がっている。

 私は外に出て、ドアに下がったプレートを引っ繰り返し、〈CLOSE〉にした。メールボックスをのぞき、辺りの点検をしてから、立て看板を「よっこらせ」と店内に納める。

 カウンターに戻ってくると、ちょうどカクテルが出来たところだった。

「お待たせしました。こちらは【ゴジラ】といいます」

 カクテルのネーミングは、怪獣王そのままだった。オールドファッションド・グラスの中味は、鮮やかで深みを感じさせるグリーンである。

「桐野さん、ゴジラというと、あのゴジラなのかい?」
「はい、1998年、ハリウッド版『ゴジラ』の第1作が公開された時、アメリカ各地のバーで流行ったそうです」

 父さんはグラスを眼の高さに掲げると、しげしげと眺めている。

「こういうカクテルを飲むのは本当に久しぶりだ」

 ひと口飲むと満足げに微笑んだ。

「うん、期待通り、爽やかな味だね。この緑色は、ゴジラの色ということなのかな?」

「そうでしょうね。昔のポスターで使われた色に近いのかもしれません。ゴジラの実際の色とは異なりますが、おそらくイメージ・カラーなのでしょう」
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