銀座のカクテルは秘め恋の味

坂本 光陽

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Gカクテル④

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 それにしても、父には驚かされる。いつも、突然、思いつきで言ってからだ。こちらにはこちらの予定があるのだから、もう少し考えてもらいたい。一緒に朝食を食べている最中に、父が突然言い出したのだ。

「ミノリ、今晩、【銀時計】に顔を出すからな」

 私は思わず、オレンジジュースを吹き出しかけた。

「ええっ、どうしてよ」
「どうしてって、別に不思議じゃないだろ。復活した【銀時計】をこの眼で見てみたいし、おまえの働く姿も確認しておきたい」

 本当は【銀時計】オープン日に行きたかったのだが、重要な会議があったので叶わなかったらしい。

 何といっても、嫁入り前の年頃の娘が男性バーテンダーと二人きりで、お店を切り盛りしているのだ。気にならないはずがない。まともな父親なら、やきもきして当然だろう。

 自分の父、雪村隆一郎が有名なバーテンダーだったとはいえ、昔から、バーテンダーには悪いイメージがつきまとっている。ほら、女垂らしの遊び人、といった類だ。

 実際には、心配するようなことはない。残念なぐらい、全くない。例えば、私が裸で桐野さんに抱きついたとしても、何も起こらないような気がする。ああ、自分で言っていて、悲しくなってしまうけど。

 それはともかく、どうやって、父の来店を阻止してやろうか。

 父は私の気持ちも知らずに、
「企画部の連中も何人か連れて行くぞ。ささやかながら売上げ協力だ」

 確かに、まだ店が満員になったことはないし、売上げ確保は目下急務ではあるけれど。

 父を桐野さんに会わせるのは、たまらなく恥ずかしい。この気持ち、同世代の女性なら、きっと共感してもらえると思う。

「今日は予約客がいっぱいで、混むと思うなぁ。だから、悪いけど、また今度ね」

 でも、父は全然聞いていない。

「銀座8丁目か。銀座駅から歩くより、新橋駅から行った方が早いと言っていたな。もし道に迷ったら連絡を入れるから、その時は頼むな」

 そう言って、さっさとダイニングキッチンを出て行った。
 父は昔から、こうだ。自分に都合の悪いことは聞こえない振り。私の気持ちなんか、あっさりないがしろにしてしまうのだ。

 うー。仕方ない。いつかは会わせないといけない二人なんだ。面倒なことは、ささっと済ましてしまおう。そんな風に割り切ることにした。


「桐野さん、私の父が今晩、お店に来ると思うんです」
【銀時計】開店前の清掃中に、さりげなく私は切り出した。
「他のお客様と同じ対応で構いませんので、あの、よろしくお願いします」

 ペコリと頭を下げた。

「了解しました。事前に教えていただけると助かります。ミノリさん、よかったら教えてください。どのようなお父様なんですか?」

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