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【3秒カクテル】Ⅱ⑧

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 今のシミュレーションで、高速スクリュー・ドライバーの作り方はわかった。ただ、気がかりなことが一つ。ステアを省くというけれど、そんな乱暴な方法で、人の心をつかむカクテルが作れるのだろうか?

 小笠原さんが腕組みをして、何度も頷いた。
「計3秒で完成というわけか。文字通り、【3秒カクテル】なんだな。よっしゃ、タイムを計測してやるぜ」
 そう言って、左手首に手をやった。使い込まれた分厚い腕時計には、ストップウォッチ機能があるらしい。

「お任せします。いつでもどうぞ」
「カウントダウンは5秒前からだ」

 店内を沈黙が支配した。桐野さんは息を整えて、静かに身構える。

「じゃあ、行くぜ」
 小笠原さんのカウントダウン。
「5秒前、4、3、2、1、スタートっ!」

 桐野さんの右手が閃き、ウオッカのボトルを傾けながら、その口とタンブラーを最短距離で結びつける。

「ウオッカ」

 桐野さんの呟きとともに、タンブラーの中に、グラス1/4のウオッカが注がれた。右手のボトルがタンブラーから離れる前に、左手が風を切ってオレンジジュースのボトルをつかむ。

「ジュース」

 ウオッカの上に勢いよく、オレンジジュースが注がれた。再度右手が閃き、親指と中指がタンブラーをつまみ上げ、カウンターの上を滑る。

 すべては一瞬で終わった。小笠原さんの前に、タンブラーが置かれている。カクテルの表面はゆるやかに波打っていたが、グラスのエッジからは一滴もこぼれおちてはいない。まるで、手品か魔法のようだった。

 小笠原さんは大きく眼を見開いて、カクテルを見つめている。

「いかがでしたか?」
 桐野さんが訊ねると、小笠原さんは我にかえった。すかさず、腕時計のタイムを読み上げる。
「2秒85っ! マジかよっ!」

「これが、【3秒カクテル】……」と、私。

「小笠原様、飲むのは少しだけ待って下さい。グラスの中味がじっくりと馴染む時間が必要なのです」

 タンブラーの中では、透き通った酒と黄色いジュースが、不思議な動きを見せ始めていた。最初は黄色の液体が、透明の液体を侵食していく。やがて、透明の方が盛り返してきて、黄色を薄め始める。二つの液体が自然に混ざり合っていくのだ。

「ウオッカの上からオレンジジュースを注げば、時間とともに混ざり合い、グラスの中が均一の豊かな味わいになります」

「ええっ、どうしてですか?」

「オレンジジュースの比重の方が、ウオッカの比重より重いからですよ。バーテンダーが何も手を加えなくても、ごく自然に馴染んでいくのです」

 だからステアは不要だったのか、と私は納得した。
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