銀座のカクテルは秘め恋の味

坂本 光陽

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【3秒カクテル】Ⅱ⑦

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 桐野さんは、取っ手付きのプラスチック・ボトルをカウンターの上に置いた。

「特製のオレンジジュースです」

 補足するなら、新鮮なオレンジと数種類のフルーツをバー・ブレンダーに入れて作り上げたオリジナルジュースである。

 さらに、桐野さんは冷蔵庫から1本のボトルを取り出した。

「ベースのお酒には、無色無味無臭、〈生命の水〉の名をもつ世界で最もピュアな蒸留酒を使います。新天地を前に真っ白で無垢な方に、ふさわしい酒です」

 クリアな透明感で知られるロシアのウオッカだった。

 小笠原さんへの質問の意味が私にもわかった。ウオッカは小笠原さんの挙げたブラッディ・メアリー,パラライカ,ソルティ-・ドッグのベースになるお酒である。

「グラスにウオッカとオレンジジュースを注ぎ込み、ステアするだけという、シンプルな定番カクテルがあります」

 桐野さんは目の前にタンブラーをおき、右側にオレンジジュースのボトル、左側にウオッカを並べた。

「ミノリさん、ウオッカをジンに変えれば、先程、高森先生にお出ししたオレンジ・ブロッサムになります」

「そのカクテルとは」と、私。
「もしかすると」と、小笠原さん。

「はい、これから作るのは、高速スクリュー・ドライバーです」

 スクリュー・ドライバーなら、私も知っている。お世辞にも上品とは言えないカクテルだ。確か映画『ボディガード』や海外テレビドラマ『LOST』では、主人公が痛飲することで〈失意〉や〈苦悩〉のモチーフに使われていた。

 高速というのは、一瞬で完成させるからだろう。【3秒カクテル】と呼ばれる所以ゆえんだ。

 もう一つ、気づいたことがあった。

「桐野さん、氷は使わないんですか?」

 いつもなら手の届く範囲にあるはずのアイスペール、つまり氷入れが見当たらなかった。

「いいところに気付きましたね。高速スクリュー・ドライバーを作るためには、無駄を徹底的に省かねばなりません。オレンジジュースもウオッカもよく冷やしておきました。だから、氷は不要なのです」

 桐野さんは両手を閉じたり開いたりしているのは、たぶん、素早くカクテルを作るためのウォーミングアップだろうと思う。

 ウオッカのボトルの首をつまみあげ、タンブラーの近くに持っていっては注ぎ入れる振りをしてみせたのも、シミュレーションだろう。

「ウオッカで1秒」

 次に、左手でオレンジジュースのボトルを持ち上げ、タンブラーに向けて傾ける。

「オレンジジュースで1秒」

 最後に、小笠原さんに向かって、タンブラーを滑らせた。

「そして、小笠原様にお出しするための1秒」

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